舞台上の観客 | ナノ
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一際強い風が巻き起こる。
それは名前の髪を靡かせ草を揺らし、離れたナルトらのところまでやってきた。
四人に届いたとき風は既に弱く、肌を優しく撫でるくらいのものだったが、身に浴びた途端に目眩がした。
脳裏に何かの光景がうつる。


「なんだったんだ……?」


どこか見覚えのあるその映像に目を見開くも、僅かに起こった吐き気に思わず首を振れば、さっぱりとそれらは消え去った。


するとサクラがハッと顔を上げる。
三人もつられて見れば、名前が、空気に翳した手とは反対の手で口を抑えている。
名前は大きく咳き込んだ。
白い手を血が濡らす。


「名前!」
「そんなに体調悪いのかってばよ……!」


サクラが名前を呼ぶも、名前の周りではまだ風が巻き起こっていて声は届かない。
苦しそうな顔をしながらも、術はかけ続けているのか、時空の歪みは小さなものへとなっていく。


息を詰めてその様子を見守る、名前の護衛たち。
ただ一人、サスケだけが呟いた。


「やめろ……」


ナルトがサスケを振り返る。
けれどサスケの視線は名前に注がれたまま。

息を荒くしているサスケのことをナルトが呼んだ。


「おい、サスケ。どうしたんだってばよ」
「あいつを、止めるべきだ」


うわごとのように呟かれたそれに、異変に気づいた他の二人も振り返る。


「サスケ君?」
「止めるって、だけど名前は、時空の歪みを消そうとしてくれてるんですよ?」


サスケの脳裏で、今の名前の姿が、かつての自分の兄とかぶる。
手を血に濡らし、震え、それでも伸ばすその姿。


「やめろ……!!」


サスケは走り出した。
このままでは死んでしまうと思った。
そしてその結末を本能が拒否したのだ。
ーー見知らぬ女。
それなのに名前に近づき、風を浴び、歪みに近づいていくほどその思いは強くなる。

また目眩がした。


「サスケ……!?どうして……!」


気づいた名前が振り返り声を上げる。
サスケと名前の目が合う。
瞬間、サスケの目眩がさらにひどいものになった。
頭を強く殴られたような衝撃が起こって、視界が歪む。
驚いた顔の名前と風に揺られる景色が消えて、一瞬うつったのは懐かしい里と、それを背景に笑う名前の姿。


「来ちゃ駄目だよ……!」


サスケに驚きと動揺が走る。
瞬けばうつるのは、歪みに向き直る名前と、急激に収束していく風。
不思議なまでにぴたりと風が止んだそのとき、サスケは名前の隣へと辿り着いた。


サスケは名前を見下ろす。
わき起こる胸の痛みは、名前の口や手が血に濡れているからではない気がした。

自分のなかで何かが訴えられているのに、それが何なのか分からない。
手かがりはーーここに辿り着くまでの風を受けていたときに見た何か。
けれどそれも、風がぴたりと止んでしまった今となっては、不思議と思い出そうとしても出てこない。

苛立ち、そして焦燥感がサスケを襲う。


「サスケ君!名前!」


するとサクラ達がやってきた。
視線をやった名前の目が、ふっと色を琥珀に変える。
サスケが驚いたのも束の間、名前は崩れ落ちるように地面へと座り込んだ。

サクラが駆け寄る。


「大丈夫?今、手当てするから」
「ありがとう……サクラ……」


息も絶え絶えに礼を言う名前を見下ろすサスケに、ナルトが声をかける。


「どうしたんだってばよ、サスケ。いきなり駆け出して」
「いや……」


サスケはそれきり何も言わない。


ナルトは怪訝そうな顔をしてサスケを見ていたが、やがて名前へと顔を向けた。


「大丈夫か、名前」
「うん、時空の歪みは無事一つ消したよ」
「ーー治ったわ、名前」


するとサクラが言って、治療を止める。
再び礼を言うと立ち上がった名前のことを、サクラは心配そうに見上げた。


「けど、治療したのは、今の術で傷ついた分だけ。まだちょっとしか看てないから、詳しくは分からないけど……あなたの体には、溜まりに溜まった、疲労を超えた何かが残ってる。木の葉へ戻って、ちゃんと治療したほうがいいわ」


名前は穏やかに首を振った。


「いいんだ。サクラの治療のおかげで、大分楽になったから、私はもう次に行かなきゃ」
「次……?」


眉を顰めるサスケに、ナルトが答える。


「今名前が消してくれたものは時空の歪みって言って、そんでそれは、まだ五個あるらしいんだ。ーーけど名前、もしかして一人で向かうつもりかってばよ」
「うん、六代目火影様から各里に話は通しておくと言ってもらったから、今度はスムーズに、各里から護衛の忍を出してくれると思うし」


言って名前は苦笑するように笑う。


「本当に、さっきは失礼なことをしてごめんね。けれど木の葉隠れの里が、一番すぐに手を貸してもらえると思ったんだ」
「確かに、いきなり雷影のおっちゃんに頼みにいっても、聞いてくれそうにねえな」


頷いて笑った名前は、空を仰いで目を閉じる。


「……次に強く感じるのは、水の国だね」


そして言うと四人に向き直った。
眩しそうに目を細めて笑うと、しっかりと順々に見渡していく。


「助けてくれて、本当にありがとう」
「ーー着いていく」


するとサスケが言った。
誰もが目を丸くする。


サスケは一歩、名前の方へと踏み出した。


「サクラの言葉もあるし、どう見てもお前の体調は万全じゃない。水の国へ向かう道中で何かあったとき、お前一人できちんと対処できるのか?戦争が終わったとは言え、治安はまだまだ悪い」
「確かに本調子じゃあないけれど、誰かに絡まれるなんてことはないよ。時間短縮のためにも、空を走って行こうと思っているし」
「名前って、空に立てるの?」


頷く名前に、サイが口を開く。


「でも移動の段階で忍術を使いチャクラを消費してしまったら、水の国に着いていざ時空の歪みを消そうってときに影響が出てくる可能性があるんじゃないかな。さっきの名前の様子を見るかぎり」
「それは……」
「そうなれば、短縮した時間が結局は無駄になるな」


サスケにも言われて、名前は頼りなさげに口を閉ざす。
サクラがその背に手をあてた。


「一緒に行くわ。名前の体は、私に任せて」
「時間が無いなら、ここに来たときのように僕の鳥に乗ればいいよ。僕は体も悪くないし、さっきの戦闘でも、まったく疲れていないしね」
「決まりだな」
「そうとなればさっそく、カカシ先生に連絡しねえとな!」


四人の言葉に、名前は慌てて口を開いた。


「だけどそう何度も危険な目に合わせるわけにはーーさっき、時空の歪みを巻き戻すときに起こった風を浴びたら、何か変な感じがしなかった?」
「ああ、そういや目眩がしたってばよ」
「やっぱり……いくら離れていてもらうと言えど、影響がある。だからーー」
「何言ってんだってばよ」


言った名前を、ナルトが止めた。


「俺達ってば、名前が木の葉に飛んでくる前既に、世界に起こってる地震についての任務を受けてたんだ。それにたとえ任務じゃなくても、世界を壊そうって奴がいるなら、俺はそいつを止めてえ。だから、一緒に行くってばよ!世界が懸かってんだ、危険は承知の上だってばよ」


笑うナルトの名を、名前が呟く。


「それにサクラちゃん達の言うとおり、お前を放っておけねえだろ。血まで吐いて」


うつむいて笑う名前に、ナルトは言った。


「いいか名前、覚えておけってばよ。ーー俺は火影になる男、うずまきナルトだ!だから俺は強ェんだ。心配すんな!」


ナルトはサスケの肩を組む。


「サスケは口が悪ぃけど、こいつも強さは折り紙付きだってばよ」
「くっつくな。鬱陶しい」
「サイも、読んでる本は変だし空気の読めねえ奴だけど、頼りになるんだ」
「褒められたのかけなされたのか、分からないね」
「そんでなんと言ってもサクラちゃん!医療忍術の腕はピカイチだし、怪力もーーあっ」
「だからその情報はいらないでしょうがぁっ!!」


ナルトがサクラに殴られ飛んでいく。
ふん、と鼻息荒く腕を組んだサクラの横で、サイが、放物線を描いて飛んでいくナルトを眺めた。


「ナルトが飛んでいった方角は、ちょうど水の国方面だね。僕達も追いかけようか」
「う、うん……」


にこりと笑って巻物を取り出すサイに言われ、名前は呆然としたまま呟く。


「行くぞ」


そうしてサスケにも先を促されーー名前は噛みしめるように頷くと笑って、その背を追った。













大国ともなればその距離は遠く、火の国から水の国へと着くのもおよそ一日はかかった。
けれど移動手段は空を飛べる鳥に乗ってなので、地上や海上を行くよりかはだいぶ早い。
それにいくら辺りへの警戒は怠らないようにしていても、基本的に移動時は休むことができる。


水の国に着けば話は既に通っていて、一行は、水影や上役への挨拶もそこそこに、名前の後に着いて、霧隠れの里の外れで任務を果たした。


終われば日はすっかり暮れており、ナルト達は水影の勧めもあって霧隠れの里で一泊することとなった。


「でもよかった。名前ったら昼夜問わず、国を駆け巡るのかと思ったわ」
「さすがにそこまで急ぎはしないよ。いいペースだし、何より着いてきてくれると言った皆のことをそこまで振り回したくない」
「労るべきは私達じゃなくて自分よ、名前」
「けれどサクラも、暇さえあれば私の体を治してくれているから」
「私は元気だからいいの。病人が医者のことを心配しない」
「……うん、ありがとう」


用意された宿屋の一室で、名前はサクラの治療を受けていた。

ナルトは大戦のときに仲良くなった奴らがいるから少し話してくると言い、サイはカカシへの任務報告をしてくると言い、二人はどちらも宿にいない。


すると部屋の扉が開かれた。
襖の引かれる音に、サクラと名前は揃って振り向く。


「サスケ君、どうしたの?なんだか疲れてるみたいだけど」
「しつこい連中に絡まれた」
「へえー、相変わらずサスケ君ってばモテるんだから……」
「ーー!?」


患部を縛っていた包帯に急に力が入れられて、名前は思わず息を呑んだ。
我に返ったサクラが慌てる。


「ご、ごめん名前、思わず……!」
「いや、平気だよ……ありがとう」
「そこはお礼じゃないだろ」


言ってサスケが二人の傍に腰を下ろした。


「ーーサクラ」
「何?サスケ君」
「……サクラ、治療はもう大丈夫だから、私はどこかへーー」
「待て、逃げるな」


立ち上がりかけた名前の腕をサスケが掴む。


「ちょ、ちょっとサスケ君?」
「サクラ、お前はこいつに、俺の話をしたか」
「サスケ君の話?別に、してないけど」
「……こいつは、俺のことを知っていた」
「え?」


サクラが驚いて名前を見る。
そこには緊張した顔の女がいて、サクラのなかで僅かな警戒心が顔を見せた。
けれど火の国から水の国まで二つの任務を共にこなした仲としては、疑念を払いたい気持ちの方がそれを勝る。


「そりゃあ、サスケ君は有名だもの。忍なら、たとえ木の葉の人間じゃなくったって知ってるわよ」
「う、うん。だってサスケ、この里で女の子達に絡まれたんでしょ?サスケはかっこいいから、だから私も知っていた」


焦ったように早口で言う名前は、目にも必死さが浮かんでいてーー明らかに嘘をついていた。
けれどそれが分かっても、サスケとサクラの警戒心は濃くならなかった。
それどころか暫し呆気にとられていた。


名前は怪しい。
急に木の葉へ侵入してくるし、サスケのことも知っていた。
けれど、取り入り中から何かを起こそうと狙うにしては演技が下手すぎる。
いっそ完璧に取り繕ってくれたほうが疑っていただろう。


サクラは名前を静かに呼んだ。


「名前が木の葉へ来たときは、時間がない、他にすべきことがあるから話せないことがたくさんあるって、そう言ってたわよね」


名前は頷く。


「今は、どう?時空の歪みはまだ四つも残っているけど、今夜はもうここに一泊するんだし、話をする時間はあるわ」
「……自分が怪しいことは、重々承知だよ。そんな私を護衛してくれて、治療をしてくれて、本当にありがたいと思ってる。でも」
「……言えない?」


眉根を寄せて、黙する名前。
正座した膝の上で握りしめられたその手に、サクラが触れた。


「まだ、話せるほど私達を信用できない?」
「違う……!」


すると名前は、二人が驚くほど、慌ててそれを否定した。
そして我に返ったように息を呑むと、目を落とす。


「言えないわけじゃ、ないんだ。ううんそれどころか、もしかしたら私は、言ってしまいたいのかもしれない。……私は嘘が下手らしいから、余計にね」


笑う名前に、サクラも話が分からないなりに笑んで応える。


「ただ……」
「ただ?」
「言っても、どうにもならないの。きっと分かってはもらえない。それは皆のせいじゃないんだけれど」


言葉が見つからず困惑するサクラの手を、名前が握り返した。
真摯な瞳が見つめてくる。


「嘘が嘘だと見抜かれるんなら、本音もまた、見抜いてくれるかな」
「名前ーー」
「私は確かに、サスケを知ってる」


名前の告白に、さっきの嘘で気づいていたと言えど、衝撃が走った。


「だけど、何かよからぬことをしようとか、そんなことはまったく考えてないよ。私は世界を救いたい。今はそれだけを望む、望まなきゃいけない」


強い決意をその目に滲ませる名前に、サクラは一瞬気圧された。
そして頷く。


「ーー分かった。信じる」


言うと、真剣な表情から一転して顔を輝かせた名前の笑顔に、サクラは思わず安堵の息を吐いた。
落ち着いて、気づく。
サスケが名前を掴んだ腕を離していない、と。


「サスケ君、もうーー」
「駄目だ」


名前を気遣うサクラに対して、サスケの声はにべもない。


「いったい何を隠している」


サスケの頭ではずっと引っかかっていることがあった。
ーー時空の歪みを消すときに起こる、目眩。
風が止めば消えてしまうからなのか、それとも元々大事なことだからなのか、サスケには、思い出せない何かがひどく重要なものに思えてならなかった。

水の国での任務のとき、確かめようと名前に近づこうとしたが、影響があるから危ないとサクラを筆頭に止められた。


「お前はーー何者だ」
「サスケ君、待って!」
「お前は引っ込んでろ、サクラ」


その言葉に顔色を変えたサクラが声を上げた。


「嫌よ!!」


その声の大きさとサクラの形相に、サスケだけでなく名前も目を丸くする。


「サスケ君はいつもそう。戦争が終わって、やっと分かってもらえたと思ったのに。私を除け者にしないで!」
「おい、サクラーー」
「いつまでも私がサスケ君の言うこと大人しく聞いてると思ったら大間違いよ!名前はまだ完治にはほど遠いんだから、そんな状態の患者に無理させることは許さないわ!名前は私が看てるんだから」
「お前はナルトと同じで、俺の言葉をあまり聞かないだろ……」
「それにーーそれにせっかく久しぶりに会えたんだから、名前とばかりじゃなくて私とも、喋ってくれたっていいじゃない……」
「ゲホッゲホッ、ゴホッ!」
「だ、大丈夫!?名前!」


突然咳をした名前にサクラが身を寄せる。
顔を赤くしながらも大丈夫だと笑い、手を振った名前にサクラは安堵の息を吐く。

そして名前の耳許に顔を寄せると囁いた。


「今のうちにサスケ君から逃げて、名前」


目を丸くした名前に、サクラは笑って片目をつぶる。


「私がサスケ君と話したいっていう言葉も、嘘じゃないんだけどね」


名前は笑うと頷いて、そそくさと立ち上がった。


「二人のお邪魔になるといけないから、私は少し出てくるよ!ご、ごゆっくり!ゲホッ」
「おい、待て!」
「サスケ君待って。せっかく名前が気を遣ってくれたんだから、その気持ちを汲みましょうよ」


言いながらもサクラは、今の名前の取り繕い方は上手だったなと考えていた。





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