舞台上の観客 | ナノ
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テーマ「推しとの恋」
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ーー雪が降っていた。
鉄の国近くにある森林の片隅で、夜の闇にじわりと赤色が灯っている。
そこには名前がいた。
静かに雪が落ちてくるなか、乾いた土に毛布を敷き、その上に腰を下ろしている。
質素な外套から出し焚き火にかざしている手と、そして鼻や頬が赤かった。
吐いた息が白い。


けれどその時名前の耳は物音を捉えて、素早くそして静かに名前は外套の中に右手を入れた。
ポーチからクナイを取り出し手に取る。


物音は近付いてくる。
足音がするーー人間だ。
そしてそれは一般人には真似の出来ない歩き方、忍か、場所からして侍だろうか。


けれどそこで名前は警戒を薄めた。
その人物は確かに近付いてはきているが、気配を隠さないのだ。
つまり奇襲ではない。


いったいどうしたのだろうか、そう様子を窺っていた名前は、林の影から姿を現した人物を見つけて眼を見開いた。


「シ……!」


思わず叫んで、けれど口を閉ざす。
可笑しな沈黙が流れて、名前は誤魔化そうと言葉を継いだ。


「シーー自然が、綺麗ですね……」


焚き火が燃える音が響く。
言われた人物は笑い、答えた。


「そうだな」










ーー木の葉の頭脳である奈良シカマルは、雪によって少しだけ濡れた肩を払うと名前に問いかける。


「実は人捜しをしてて、虱潰しにここら辺を歩いてたんだが、気付けばこんな時間になっちまってた。今から近くの宿を探すのもめんどくせえし、時間も時間でどうせ入れねえ。だから悪いんだが、一緒に火使ってもいいか」
「そうだったんだ……。もちろん、どうぞ」


にこっと笑った名前にシカマルは礼を言って、近くに腰を下ろす。
そんなシカマルを名前は眺めて、やがて目を逸らすと薄く笑みを浮かべた。


「けど、なんだっていったい、こんな寒いところで野宿なんかしてる」


シカマルの問いに、名前は苦笑する。


「私、色々な国や里を練り歩いてるんだ。今回はたまたま、気候が寒いところだけれど」
「いつも野宿してるのか。宿はーー金がねえのか?」
「ううん、宿代程度ならお金はあるよ。ただ私、野宿は慣れてるから。街の中はどこも活気があって、賑やかで楽しいけど」


名前は笑顔のまま目を落とす。


知り合いがいるかもしれない国や里に入っていくことは気が引けた。
自分を忘れてしまっているかつての仲間達と他人のようにすれ違うことが辛いと思った。
事実今、名前はシカマルと話せば話すほど、心臓が抉られていくような気分だった。


自分で選んだ道だと分かってる。
そして第四次忍界大戦の際、術を完成させたことを後悔はしていない。
もしこれが、罪を犯し、けれど償っていない罰ならばーー。


「一人の方が、気安いしね」


胸に積もっていく重みを受けとめて、名前は笑った。
シカマルはその笑顔をジッと見る。


「金はどこで手に入れてる」
「えっと、どうやって稼いでいるかってこと?」


頷くシカマルに、名前は自分の身なりを見回した。
確かに野宿に加え質素な外套、金がない、あるいはこうして旅人をわざと火でおびき寄せ金銭を奪う盗賊なんかに見えているかもしれない。


「私、忍……というか戦う術は持ってるから、警護だったり雇われ人をたまにしてるんだ」
「けど正規の依頼なら、忍び里に任務が下りる。……非合法の組織から下された仕事か」
「まあ、いかにも悪の親玉といった人の警護は、何度かしたことがあるかな」
「危険は」
「警護を必要とするくらいだからあったけど、特に大きなものじゃなかったよ」


深刻そうに眉根を寄せるシカマル。
名前は慌てて手を振った。


「大丈夫だよ。彼らは皆そう大きな組織じゃなかったし、木の葉に危険は訪れていないよ」


シカマルはうつむいて、組んだ手を握りしめる。
けれど名前は別のことに気が付いて、慌てて言葉を付け足した。


「えっと、額宛てをしていたから、木の葉の忍だって分かったんだ」


シカマルはちらりと笑う。


「……そうかよ」


それっきり会話は止んだ。

ーー沈黙は苦痛なものではなかったが、名前はどうにもそわそわすると、たまらず口を開き問いかける。


「人捜しって言ってたけど、任務……三人一組のはずだよね」
「いや、任務じゃねえんだ」


名前は驚きに眼を見開いた。


「任務じゃないって、それじゃあ私的に?けれどいったい、誰をーー」


そこまで言って、名前は口許に手をあてると言葉を止めた。
出過ぎた質問だった。


「……任務として、依頼できなかったんだ」


ぽつりと言ったシカマルを、名前が見る。


「人手がもっと足りてたら、ここまで時間がかかることはなかっただろうな。けど最近俺は里で、過労によるストレスを抱えて、ちっとばかし頭がヤバくなってんじゃねえかって思われてる。それでも周りの奴らは、俺になるべく力を貸そうと親身になってくれたけどな」


シカマルから語られる彼の現状に、名前は言葉を探して、けれど見つからない。


「任務として下そうかって六代目は言ってくれたけど、それは俺が断った。忘れちまってる周りの奴らと行動したら、後悔で押しつぶされそうだったからな。ーー名前、お前を捜すことだけに、集中したかった」


名前は眼を見開いた。
シカマルのことを凝視する。


「最近、色んなことがあってな。確かに過労って思われるくらい仕事には追われてたし、疲れてた。それにオビトの時空間についても調べるために身を置いた。あとは倉庫の中でヘマやらかして、巻物の中に埋もれることにもなった」


名前の震えが、息となって白に流れる。


「どれがきっかけだったかは自分でも分からねえ。疲れて本当に頭がおかしくなったのか、時空間に触れることで脳味噌に何かが起きたのか、それとも巻物の中に、時空眼に関するものがあったのか。まあ、三番目は多分ねえな。それにまったく別の理由から、記憶が戻った可能性もある。ただ一つ、言えることはーー」


名前、とシカマルはその名を呼んだ。


「俺はお前を、思い出した」















「ーー名字名前だ!本当に覚えてねえのか……!」


ーー数週間前。
木の葉のとある通りでそう声が上がり、その剣幕に辺りは一時しんと静まり返った。
シカマルに詰め寄られたチョウジは息をのみ、いのは不安げに辺りを見回す。
顔を寄せると遠慮がちに注意した。


「ちょっとシカマル!どうしたのよいきなり走ってきたかと思えば」
「いの!名前だ。思い出せよ、アカデミーの時から一緒だったんだぞ……!」
「だ、だから名字名前なんて子、知らないって。アカデミーにも……いた?チョウジ」
「いや、僕も知らないけど……シカマル、大丈夫?最近任務が詰まってるみたいだから、疲れてるんじゃ……」
「いや、平気だ。むしろスッキリしてるぜ。気分は最悪だけどな……」


シカマルは掴んでいたチョウジの胸元の服から手を離す。


「急に悪かったな」


言ってシカマルは歩き出した。
その背をチョウジといのが不安げに見送り、次いで二人は視線を交わす。


ーーシカマルも分かってはいた、他の者達が、名前のことを覚えてないことくらい。
自分が名前のことを思い出したのだって今日になってからだった。


シカマルは夢を見た。
アカデミーに一人の少女が転入してきて、共に学び、班は離れたが揃って中忍試験を受けた。
けれどその後少女は里を抜け、暁に入った。
敵として戦ったことさえあった。
しかし少女ーー名前が暁に入ったのは里や人々を滅ぼすためではなくむしろ逆、救うための行動だった。
そして名前は死者をよみがえらせる術を完成させ、その代償に歴史から姿を消した。


シカマルは目を覚まし、そしてそれがただの夢ではないことを悟った。
ーー確かに気分は最悪だった。


「おい、ナルト!覚えてねえのか。お前と同じ班だったんだぞ!アイツは……!」
「い、いきなりどうしたんだってばよシカマル。アイツって、誰のこと言ってんだ?」
「名前だ……!名字名前。お前、名前を絶対木の葉へ連れ帰るって、ずっと諦めないで頑張ってたじゃねえか!」


誰に訊いて回っても、名前のことを覚えている者はいない。
それでも何かにすがりつきたい気持ちで続ければ、体調を心配される。
果てには、シカマルが名前のことを訊いて回るよりも先に、シカマルが可笑しくなった、という噂が先回りしていた。


「ねえシカマル、いのから聞いたんだけど……あんた大丈夫?」
「サクラか……お前も、覚えてねえよな……分かってんだ」
「……あんた、カカシ先生が任務を下すよりも前に色々里の面倒事を引き受けてたじゃない。確かに今は戦争から復興する大事な時で、シカマルの頭があればスムーズに運ぶことも多いけど……ちょっと休みなさいよ。私も、いつでも診てあげるから」


シカマルは書庫を調べた。
数日前自分が埋もれた巻物の中に、時空眼について記した書物があるのではないかと考えて。
けれど結果は見つからず、その時になってやっとシカマルは思い出した。
その巻物は名前の手の中にあることを。


可笑しくなってはいないが、頭の回転は落ちているな、とシカマルは一人自嘲気味に笑った。
そして思った。
名前が時空眼を開眼して未来を視て、けれど誰にも何も打ち明けなかった理由はこれかもしれない、と。


名前は周りの人間に自分がどう思われているかを分かっていない。
だから里を抜けることも、迷惑はかけるが精神的な支障はきたさないと思ったのだろう。
ただ、それ以外にも理由はあるのではないか。
名前は時空眼を持っているが、それ以外に証拠といえるものは何一つ残っていない。
証明しようにも、無くした記憶は完成されていて、そこにいくら訴えようとも、今の自分のように空振りするだけだ。


「休暇を貰ってもいいスか。六代目」


手がかりはない。
ならば捜すまでだとシカマルは決意した。


許可を取りに行けば六代目火影であるはたけカカシは、最近の噂を耳にしているのか心配そうな面持ちで頷いてくれた。
そうしてシカマルは旅に出たがーーちっとも見つからない痕跡に、焦りと疲労ばかりが強くなっていく。
里を回り、国を回り、名前のことを覚えていない人々に心がやられる。


ーーけれどそんな時、木の葉から伝書が届いた。
シカマルの言っていた風貌をした女を、鉄の国周辺で見たという情報がある、と。
ーーそうしてシカマルは、やっと名前を見つけた。















名前の目から涙が零れた。
自分でも驚いたのか、名前は頬を伝う涙を呆然と拭い見やる。
シカマルはたまらずそんな名前を抱きしめた。


「名前。いったい今まで、何度泣いた?」
「……え……?」
「何度こんな寒いところで、夜を過ごした」
「シカマルーー」
「そのたびに傍にいてやれなくて……すまねえ……!」


名前が息をのむ。


「一人が気安いなんて言葉、いつから出るようになった?お前はずっと、他人想いで、皆が集まってる場所が好きだった。なのに……!」
「シカマルの、せいじゃない」


名前の声が震える。
抱きしめられながら首を横に振った。


「私が望んで、したことだから」
「違う。お前が望んだのは、周りの奴らが生きてることであって、記憶から消えちまったのはその代償。今の名前の状況を、お前が望んでいたわけじゃねえ」


名前、とシカマルは名を呼んだ。
真剣な眼差しには安堵と不安がない交ぜになっている。


「また一度だけ、お前の時空眼を使わせてくれ。お前の記憶を、よみがえらせる」
「ーー!」
「もちろん、文献や人の記憶すべてに巻き戻しの作用をかけて元に戻せなんて言わねえ。お前の体に、なるべく負担はかけないようにする」
「だけど、それならどうやって……」
「サスケかオビトの写輪眼に巻き戻しの作用をかけてくれ。写輪眼は時空眼に影響力があるって話だったよな。まあ、詳しい話は後だ。それに俺は瞳力使いでもねえから、成功するかは五分五分ってとこだな。それでも、してみる価値はある」
「……どうして」


名前がぽつりと呟く。


「どうしてここまで私に……里を抜けて暁に入ったことは、忘れちゃったの?」


シカマルは少し笑った。


「いや、覚えてる。けどその理由は、お前が記憶から消える前にオビトが話してたんだ」
「ーー!」
「だから頼む。木の葉に帰ってきてくれ。もう一人になんてさせねえ。必ず俺が、お前を幸せにする……!」


名前は眼を見開く。
シカマルはそんな名前の額と額を合わせて、呟いた。


「もうめんどくせえなんて、言わねえからよ」
「ーーシカマル」
「……信じられねえか?」


問いながらも、口許に笑みを浮かべているシカマル。
名前は笑ってーーやっと、その背に手を回した。




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