※本編では先祖の名前を「ーー」としていましたが、この話では先祖が夢主となるため名前変換を適用しております。ですのでデフォルトでは「名前」と表示されます。
死後の世界でも、時空眼を持つ者たちの記憶は人々の間に戻っていなかった。
一族の暮らしぶりは生前と変わらず、かつての仲間と他人のように接したり、或いはそれが辛いからと一人離れたところで生活をしている者が大半だった。
けれどそんな状況にあるとき変化が生じた。
時空眼を持つ一族の記憶が、人々に戻ったのだ。
人々は驚き、泣いて、勝手に記憶を消したことについて怒り、今まで思い出せなかったことを詫び、そうして抱き合い笑い合った。
名前はそんな人々を通りすぎて、よく知る懐かしい気配を感じるほうへと走っていった。
人々の横を通れば何やら口々に「名字一族の生き残りが」やら「うちはマダラが」やら言っているのが聞こえる。
名前は走って、やがて一つの人影を見つけた。
場所は木の葉隠れの火影岩の上ーー懐かしいあの崖の上によく似ているところだ。
「遅かったね、ーーマダラ」
ーー名前は死んでから、もう何度もその名を呼んでいた。
自分と同じ歳の友人が、けれどいつになってもやって来ない。
最初は見つけられないだけだと思っていた。
けれどうちは一族の子孫が次々やって来て、世代の移り変わりを実感して、ーーそれなのにマダラだけがやって来ない。
最近になって一度だけ、マダラの気配を感じたことがあった。
ついに来たかと名前はマダラを捜し回ったが、避けられていたのか見つからなくて、かと思えば歴戦の手練れたちと時を同じくして転生されたのかまた消えた。
「ーーマダラ」
友の名前、けれど呼んでも相手はそこにいなかった。
ただ名前の声だけが、哀しく行き場をなくしていた。
「やっと会えたね」
けれどそれも、もう違う。
呼べば振り返ってくれる、友の姿がそばにあるのだ。
眼下を見下ろしていたマダラの赤い瞳と目が合って、名前は泣きながら笑う。
「遅かったね。柱間とのハネムーンを、楽しんできたんだね」
「……だからそれは違うとーー」
笑ったマダラは、思わず唇を噛みしめると俯いた。
ーー少しの不安があった、恐怖があった。
自分は、自分を生かしてくれたこの友人の願いとは真逆のことをこれまでしてきた。
ーー名前は、俺を生かしたことを後悔してないだろうか。
ーー名前は、俺の友人であったことを後悔してないだろうか。
けれどその心配は無駄に終わった。
名前は自分との再会を、涙を流して喜んでくれているのだから。
「違うと……何度言っても、分からないようだな……名前」
マダラの声が震える。
顔を背けて目許を乱雑に拭えば、名前が笑って駆けてきた。
「冗談だよ!もう違うって、分かってる!」
そのままの勢いで抱きついてきた名前をマダラは抱き留める。
きつく抱きすくめれば、名前は軽やかな笑い声を上げた。
「会いたかった、マダラ……!久しぶりだね……!」
「ああ、俺もーー生き長らえてきた身で信じてもらえないかもしれないが……同じ気持ちだ」
言ってその存在を確かめ合うようにしていた二人の耳に、大きな声が届いた。
マダラの胸にうずめていた顔を上げて、そちらを向いた名前はぽかんと口を開ける。
「名前ー!!」
名前を呼んで、ものすごい勢いで走ってくるのは柱間だった。
名前は思わず声を上げる。
「う、うわああ!柱間だ!」
「幽霊でも見たような顔だな!名前よ!だが俺たちはもう死んでいるから、確かに幽霊といえば幽霊ぞ!」
「は、柱間が私のことを思い出した!」
マダラが笑って、名前を離すとその背を押した。
「ほら、行ってこい」
「ええっ、だけどミトとか家族やマダラを差し置いてそんなーーぐはっ……!」
言いかけた名前の声が、柱間に突撃されて途切れる。
あまりの勢いに名前の体は飛ばされかけたが、その腕を柱間が掴んで抱き寄せ、そのまま再会を祝うためにぐるぐると回った。
「会いたかったぞ、思い出したのだ!名前、本当に名前だな。勝手に俺の記憶から消えて、許さんぞ」
怒涛の展開にただ目を丸くしていた名前を覗き込んだ柱間は、顰めっ面から一転して頬を緩ませる。
「駄目だ。会えたら何か仕置きをしようと思っていたのに、嬉しくて嬉しくてそれどころではないぞ」
「柱間……」
「ーーならば仕置きはわしがしてやる」
え、と目を丸くした柱間と名前が声のしたほうを振り向けばそこには腕を組んだ扉間が立っていた。
扉間は二人を引き剥がすと名前を見下ろす。
そしてぽかんと見上げてきている名前に少しだけ笑みを浮かべた。
「相変わらずの間抜け面だな」
「うっ……扉間は相変わらず辛辣だね!」
「とりあえず、一発殴らせろ」
「え……!?」
ぎょっと目を剥く名前と、真顔でそれを見下ろす扉間。
柱間がなだめるように扉間の名を呼んだが、「兄者は黙っていろ」と一蹴されて地に沈む。
柱間がマダラに泣き言を口にしているそばで、名前は慌てて手を振った。
「し、辛辣とか言ってごめん!扉間は卑劣だとか姑息だとか言われなれてるし、打たれ強いタイプだと勝手に思ってたけど、そうだよね、傷つかないわけじゃないもんね……!」
「違う。今の話をしているのではない」
瞬く名前に、扉間は言う。
「昔お前に、勝手に消えるなと言ったはずだな」
目を見開いた名前に、扉間は続けて、
「消えては迷惑だと、伝えたはずだ」
「……う、うん……ごめん」
久しぶりの再会であるにも関わらず真面目に説教されて、名前は少なからず落ち込んだ。
けれどそれも自分が引き起こしたことであるため、ただその説教を受け入れ反省する。
扉間はそんな名前を見ていたかと思えばやがて大きく息を吐いた。
「……いい、わしの詰めも甘かった」
そして扉間は名前のことを抱きしめると、再び息を吐いてそのまま座り込んだ。
疲れたような、安堵したようなそのため息に名前は顔を上げて、同時に自分を抱きしめる扉間の手が微かに震えていることに気がつきはっとする。
名前はやがてその温もりに目を細めて微笑うと、その大きな背中に手を回し返した。
ーーそれからというもの、扉間と名前は常に一緒にいた。
家族の元へ行ってこい、そしてその光景を見せてくれ、と名前が言うのだが扉間はそばから離れない。
名前が寒いと言えば抱きしめ暖めてくれる、といったように、とにかく何をするにも一緒で、どんな簡単なことでも助けてくれる。
最初のうち、名前はそれを残念がっていた。
マダラと違い、扉間は他の者たちと同じように死後の世界にいたのだが、なにぶん記憶をなくしていたため名前は近づいていなかった。
だから千手一族らの様子を近くで見られることは楽しみだったのだ。
しかし扉間といることもまた楽しい。
名前は暫くするとその状況に慣れ、やがてはその状況が当たり前となっていった。
そんなことが続いたある日、扉間は突然名前の前から姿を消した。
名前が目を覚ますと、そこに扉間の姿はなかった。
いつもなら寝ても覚めても、とりあえず一番に見るのは扉間であったのに。
名前はわけも分からず慌て、扉間を捜した。
けれど人に訊いても、気配や音を頼りにしても、扉間は見つからない。
疲れた名前が途方に暮れて地面に座り込み何やら考え込んだとき、見計らっていたかのように、扉間が名前の前に降り立った。
名前が驚きの声を上げる。
「ーー扉間!やっと見つけたーーというより現れた!」
「わしのことを捜していたようだな」
「う、うん。それがね扉間、大変なんだ」
「どうした」
訊く扉間に、名前は真剣な表情で口を開いた。
「私、扉間がいないと生きていけなくなってしまったかもしれない。ーーいや、もう死んでるけど」
言った名前に、扉間は笑みを浮かべる。
「最高の口説き文句だな。ーーわしがいないと駄目なのか」
「最近扉間が隣にいるのが当たり前になってたからか、姿が見えないと何だかこう、居心地が悪くて……!おかしいよね、今までの大半は、扉間や皆がいない生活だったのに……!」
名前が言うと、扉間はちらりと口許で笑う。
「わしがいないと駄目ならば、望みどおり、そばにいてやる」
え、と目を丸くした名前の頬を、扉間が片手で掴んだ。
「その代わり、お前もいつものように余所見はするなよ。わしだけを見ていろ」
名前は瞬く。
「……迷惑だって、言われるのかと思ってた」
「ーーお前は馬鹿で、扱いやすいな」
「突然の罵り!……だって扉間って、頼られるのならともかく、一方的に寄りかかられるのは好まなそうだと思ってたから」
「確かに自立は当たり前のことだが、お前は放っておけば、あちこちを見てふらふら離れていくだろう。それではわしのものになったとしても、独占できん」
名前は扉間の言葉を呆然と咀嚼していたが、やがてその意味に気がつくと顔を赤くして声を上げた。
「ど、独占って……!」
「ようやく気づいたか。本当にお前は察しが悪いな」
「あ、ごめんーーってそうじゃなくて……!」
「お前と再会してから今日までのことは、すべてわしの計画通りだ。お前は、わしがいないと何もできない、それくらいでちょうどいい」
顔を赤くして何を言うでもなく口を開閉している名前の耳許に顔を寄せ、扉間は言った。
「昔、お前はわしから勝手に、人を愛するという強い想いを記憶と共に消し去った。その借りはこれから返してやる。ーー覚悟しておけ」
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