第四次忍界大戦が集結した日、名前は木ノ葉の里へと運ばれた。
戦場で応急処置をし何とか命を繋ぎ止め、ようやく安心できるようになった頃に運ばれ、それでも病院に着くと治療は再開された。
しかしそれもつい先ほど終わり、名前は厳重に警備された個室へと移される。
サスケは自分の病室を出ると、そんな名前の元を訪れた。
部屋の前に立つ忍が、サスケのことをちらりと見ると扉の前から退ける。
付近には、その忍以外にも三つの気配を感じた。
そのうちの一つはサスケ自身についているものだ。
サスケは部屋のなかに入る。
開けられた窓からは春の陽気を含んだ風が入ってきて、白のカーテンを揺らしている。
ーー名前は未だ、その目を開いていない。
サスケは名前の頬に触れた。
陽射しを浴びている名前はほんのりと暖かい。
ーーあたたかいと、サスケは思った。
サスケはかつて、繋がりをすべて断ち切った、ーー断ち切ろうとしていた。
繋がりとは邪魔なものであり、憎しみでさえあった。
それでもサスケが今ここにいるのは、ナルトが、サクラが、カカシが、自分のことを諦めずに繋がりを手繰り寄せてくれたから。
名前は、自分との繋がりをどうこうしようとは思っていなかったように感じる。
ただ名前は、サスケと周りの者たちの繋がりを守ろうとしてくれた。
サスケは昔、里を抜けたときのことを思い返す。
名前はそのとき既に時空眼を開眼しーーオビトの話によるとどうやら、自分が里を抜けることを知っていた。
それでも止めなかった、止めたならばそれは自分の幸せに繋がらないから。
サスケを里から送り出すとき、そういえば名前は泣きそうな、下手くそな顔で笑ってた。
きっとイタチを死に行かせるときも同じ、いやそれ以上に自分の願いを押し殺していたんだろうと、サスケは思う。
「ーーウスラトンカチ」
言って、けれどサスケはちらりと笑う。
自分の願いを二の次にするこの仲間は、今まで苦しんできただろう。
けれどこれからは違う、きっとーー幸せが交わる。
だから名前が、これからも変わらず自分のことを考えないとしても、いいんだ。
すると廊下から気配を感じて、サスケは振り返った。
扉が開かれると、そこにはサクラが立っている。
サクラは目を丸くしたかと思えば笑って、部屋に足を踏み入れた。
「サスケ君、ここにいたんだ」
言ってサクラは、足を止めると暫しその光景に見惚れた。
ーー長く闇の中にいた二人。
復讐に囚われ、暁に身を置いていた二人が、今は木ノ葉の里にいて、明るい陽射しの下にいる。
夢にまで見た光景が現実となった。
眩しくて、サクラは目を細める。
涙が上がってくるのを感じて、首を振ると、二人に近づいていって笑ってみせた。
「勝手に病室抜けるのはいいけど、何か言ってってよ、サスケ君。もう会いに行ったらもぬけの殻、なんて勘弁してほしいもの」
「……ああ、悪い」
あまり悪びれてないような声にサクラはさらに笑って、そうしてサスケを見ると首を傾げた。
「どうしたの?サスケ君」
「何だ」
「だって何ていうか、楽しそうに見えるから」
「楽しそう……?」
「いつもと変わらないようにも見えるんだけど……うん、嬉しそうっていうよりも、やっぱり楽しそう」
楽しそう、と再び呟いたサスケはやや考えてから少しだけ笑みを見せる。
「いや……こいつはもう、逃げられないだろうと考えていただけだ」
ーーサスケはかつて、周りのことばかり考える名前のことを、ならば自分が守ろうと心に決めた。
名前のことを名前自身が守らないのなら、自分が守ろうとサスケは思ったのだ。
名前はひょっとしたら今でも、自分のことを考えないことは変わってないのかもしれない。
それでも、名前の周りには、名前を想う人々がいるーーサスケと同じように。
だから大丈夫だと、サスケはそう思えたし、同時に、「私のことはかまわないでいいんだよ」と言っていた名前の意図と反した未来となったことがおかしかった。
人々が名前にも想いを向けることは、当然のことであったのに。
「うん……もう名前から、目は離せないわよね」
ああ、と言ったサスケに、サクラは片目を瞑って笑ってみせる。
「もちろん、サスケ君もよ」
そしてサクラは、サスケのことをひどく優しい目で見つめた。
視線を名前に移して静かに言う。
「名前って、不思議よね」
「不思議……?」
「うん。ーー私ね、名前のこと、すっごく頼りにしてるけど、心配でもあるの」
サクラは懐かしむように目を細める。
「名前は私よりもずっと強いから、大丈夫だろうって思ってた。助けてもらうことも多くあってーーサスケ君とナルトに対してはね、置いていかれちゃうっていう、焦る気持ちのほうが強かったんだけど、名前に助けてもらうと、それよりも、安心する気持ちのほうが大きかったの。名前はすごいなって、思ってた」
でも、とサクラは声を落とす。
「同時にとても、心配だった。体が弱いのに、無理しちゃ駄目だ、って。それなのに名前は、自分のことをちっとも気に留めないんだもん。だからナルトとサスケ君には追いつきたい、隣に並びたいって思ってたけど、名前のことは守りたい、だから強くなりたいって思うようになったの。……だからといって、名前のことを下に見てるわけじゃないんだけど」
「俺やナルトは、自分の身は自分で守るが名前はそうじゃない。だからだろう」
かな、とサクラは笑う。
「だからね、名前って不思議だなって思うの。お姉ちゃんみたいなのに、妹のようでもある、っていうか」
「確かに!妹っていうのは、俺もすげー分かるってばよ」
言いながら入ってきたのはナルトだ。
サクラが振り返り、呆れたようにその名を呼ぶ。
「ナルト、ーーもう、二人とも、絶対安静っていう言葉の意味分かってる?」
「俺ってばもうぴんぴんしてるってばよ、サクラちゃん」
「あんた、その回復力、相変わらずねえ」
「まあな!九喇痲のおかげだ!」
するとサスケが鼻を鳴らして笑う。
ナルトが眉を寄せて噛みついた。
「何笑ってんだってばよ、サスケ」
「お前が誰かの兄とはな」
「んだぁ!?何か文句でもあんのかってばよ!」
「私もサスケ君に同感。あんた昔、名前の手のひらで転がされてたこと忘れたの?もちろん名前にそんなつもりはなかっただろうけど、あんたがミスしたら名前が挽回して、怒ったら宥めて、調子に乗ったらさらに煽ててたじゃない」
「名前をナルトの傍につけとけばやりやすいと気づいたカカシが、途中から、わざとお前らをくっつけてたな」
「え!?そうなの!?……そういえば確かに、俺と名前の班編成が増えたときがあったような。あー、もう、カカシ先生ーっ!」
「ーー呼んだ?」
窓の外からぬっと現れ出たカカシに、ナルトとサクラが驚いて声を上げる。
カカシは窓から軽々部屋に入ってくると、眠る名前を確認して、視線を三人に移した。
「何盛り上がってたの?お前たち。病院なんだから静かにね」
「ナルトが、名前のことを妹みたいだって思ってたって」
サクラの言葉を聞いて、カカシは瞬く。
「妹?……姉じゃなくて?」
「だーっ、もう!カカシ先生までーっ!俺ってば昔から、名前のことも守る気満々だったってばよ!体弱ぇし、分からず屋だし、自分のことにはすっげー抜けてるし」
「馬鹿さ加減で言ったらお前のほうがよっぽどだけどな、ナルト」
「んだとぉ!?サスケェ!お前だってーー」
「サスケ君は昔から頭がよかったでしょ。ナンバーワンルーキーだったもの」
「それにサクラは、成績優秀だったしね」
カカシにまで言われ、ナルトはがくりと肩を落とすと、けれどすぐに笑ってしまった。
一度は失いかけてた繋がりが、今はすぐ傍にあるーーとても満ち足りた気分だった。
すると病室の扉が勢いよく開けられる。
「青春の空気を感じるぞ!リーよ!」
「はい!ガイ先生!ガイ先生の言ったとおり、青春真っ盛りです!ナルト君たちが熱い再会を楽しんでいます!」
扉を開けたのは、リーに車椅子を押されたガイだった。
ナルトとサクラがげんなりとした顔になる。
カカシが呆れたように言った。
「ガイ、お前も重病人じゃなかったの?」
「そうですよ!ガイ先生まで、本当にもう!」
「止めないであげてください、サクラさん!ガイ先生はたとえ車椅子に乗っていたとしても、その熱血さは止まるところを知らないんです!」
「ごめんねサクラ、カカシ先生。ガイ先生を連れてきたらうるさくなっちゃうってことは分かってたんだけど、どうしても名前の顔が見たいって言うから」
「まだ目は覚めていないようだな」
ネジがベッドの傍までやってくると、名前の髪を撫でながら言う。
そうそう、とカカシが声を上げた。
「そのことについて、伝えに来たんだった。ーー名前なんだけど、あと一日くらいは起きないって」
「どういうことだってばよ、カカシ先生」
「オビトから聞いたんだが、あの術を使うと、いくら時空眼を持つ者といえど、その扱う時空の膨大さに体が混乱するらしい」
「つまり今は、体を休め、慣らす調整期間というわけか」
ネジの言葉に、カカシは、そのようだね、と頷いた。
ナルトが首を傾げてカカシに訊く。
「オビトは見舞いに、来ねえのかってばよ」
「ま、そう簡単に出歩ける立場じゃないからね、ーーまだ。とは言っても、色々なことをうちはマダラに仕組まれていたことや、火影様たちが気持ちを汲んでくれたこともあって、名前に会いに来るくらいの外出なら許されてるんだけど、オビト自身がそれを拒んでね。……会いたいだろうに」
「そうか……ならば俺がオビトに、名前の熱を届けよう。まずは名前とハグをし、その後オビトともハグをすれば万事解決だ」
「ガイ先生、ナイスアイディアです!」
「いやおじさん同士のハグを見せられる私たちの気持ちにもなってください!ガイ先生ーっ!」
「というか、名前が目を覚まさないことを良いことに勝手な真似をするな……!」
熱血ガイ班のコントが繰り広げられていたとき、またしても扉が開かれた。
入ってきたのは紅班の面々だ。
「こりゃまた皆さんお揃いーー過ぎだろ!うるせーんだよ、お前ら!」
「カカシ、ガイ、外まで声が響いてたわよ」
「お前たちは静かにするべきだ。何故ならここは病室で、名前は病人なのだから」
「て、ていうか、ナルト君たちも、病人のはずだよね……!?」
特別に用意された個室といえど、こうも大人が揃っていれば狭いというか暑苦しいーー主にガイとリーのせいで。
テンテンとネジがその二人を、半ば追い出すようにして連れていき、部屋には入れ替わるようにして紅班が残った。
「つうか治ってんだったらお前たちも働けよ、ナルト、サスケ。大戦の後片付けが色々あんだからよ。まあ大したことねえ仕事ばっかだから、気乗りしねえのは分かるけど」
「大事な仕事よ、腐らないできちんとやりなさい、キバ」
「紅先生の言うとおりだ。何故ならキバ、お前の言うつまらない仕事とは、危険のない仕事のこと。これは大戦が終わったという平和を表している」
「ーーそ、そういえばナルト君」
ん、と振り返るナルトに、ヒナタは一つのポーチを渡した。
「名前ちゃんのポーチなの。調べが終わったから、返していいって。……あの、それでね、名前ちゃんに返す前に、まずナルト君たちに渡そうと思って」
「サンキュー。けど、何でだ?」
「それは見てのお楽しみってやつだな!」
笑うキバに、ナルトが首を傾げてポーチを開けようとしたが、それを紅が制す。
「アスマたちも見舞いに来るって言ってたから、ポーチの中身を見るのは後にしておいたほうがいい。あまり泣き顔を晒したくないでしょ?」
「泣き顔ーーってヒナタ、なんでお前が泣きそうになってんだってばよ!?」
「ご、ごめんね何ていうか、思い出しちゃって」
目許を拭ったヒナタの背に手をあてて、紅たちが部屋を後にする。
ーーすると言っていたようにアスマ班がやってきた。
「よう、カカシ。どうだ、調子は」
「名前なら、あと一日は起きられないけど、ま、順調だよ。それ以外の奴らが元気すぎるけどね」
「まだ目が覚めないんだね……やっぱりいのの言うとおり、花でよかったんだね」
「チョウジ、あんたは果物を自分も食べたかっただけでしょ?」
「何にしても、めんどくせー奴らと鉢合わせなくてよかったぜ」
いのがサクラへ寄ってくると、その顔を覗き込てじっくり眺める。
サクラはむっと眉を寄せた。
「何よ、いの。人の顔じろじろ見て」
「サクラあんた、肌荒れてるんじゃない?」
「ほっといて。余計なお世話ーー」
「そんな顔で名前を迎える気?待ちきれないのも分かるけど、少し気分転換したら?何か甘いものでも奢ってあげるから」
「ーーって、あ、ありがとう」
思い掛けない気遣いに、戸惑いながらも礼をしたサクラはややあってはっとする。
「っていの、あんたサスケ君がいるからっていい子ぶってるわね!」
「おーっほっほ!勘が鈍ったんじゃないの?サクラ。ぼんやりしてたら、追いてっちゃうわよ」
「いやーモテる男は辛いね、サスケ」
「……おい、馬鹿にしてるだろ、カカシ」
「まさか」
「その笑顔が胡散臭いんだよ……!」
サスケが声を上げたところに、また扉が開く。
立っていたのは風影とその護衛役の二人。
振り返ったシカマルが驚いたように目を丸くした。
「おい、クマ、すげぇな。ちゃんと寝てんのか?」
「俺は元からだ」
「俺は描いてるだけじゃん」
「私はーー大したことない」
砂の三姉弟が下から順に言っていき、最後のテマリにナルトが転ける。
「いやいや、お前らが漫才するなんて、おかしくなってる証拠だってばよ!」
「漫才なんかしてねえじゃん。影とその側近は忙しいんだよ」
「心配するな、仕事に支障はきたしていない」
ベッドの傍までやってきた我愛羅が、名前の手を優しく取った。
そうしてその甲に、縋るように額をあてる。
名前、と呟けば脳裏に、最後に見た名前の笑顔が浮かんだ。
「私もう、これだけでずっと幸せに、生きていけるよ」
そう言った名前の気持ちを思うと、ひどく胸が痛い。
ーー名前は我愛羅に、愛していると言った。
そして我愛羅もまた、名前のことを愛している。
お互いの気持ちが通じ合っていることが分かったのに、その後自分だけが想いを抱えて生きていくことはひどくおそろしい。
気持ちを拒絶されることと、いったいどちらが辛いのだろうと、我愛羅は思う。
我愛羅は昔、想いを、願いを拒絶されたことがあるが、それは血の出ない心の痛みを彼に負わせた。
しかし繋がっていた想いが突如断ち切られることも、想像しただけで胸が苦しい。
ーー幸せに生きていける。
名前は言ったが、つまりそれは、想いがそれほど大きいということだ。
そんな想いを一人で抱えて、苦しまないわけがない。
それでも名前は、言葉にしてくれた。
「……俺もだ、名前」
我愛羅は言う。
眠る名前は、術の副作用が起こらなかったことを知らないはずだーー自分の記憶が世界から消えたと思っている。
「早く目を、覚ましてくれ」
自分の、周りの者たちの愛情で包んでやりたいと、我愛羅は思う。
術の副作用は起こっていないーー愛情は、消えてなどいないのだから。
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