「と、いうわけで」
木の葉隠れの焼き肉屋と言ったらここ、と評判の焼肉Qの大部屋で、一人立ち上がっているナルトを見上げる。
部屋の中には網付きの掘りごたつが二つ。
一方には私達カカシ班が座り、その対面には、カカシ先生と早食いなのか大食いなのかとにかくいつものライバル勝負をするぞと意気込んだガイ先生率いるガイ班の面々が腰を下ろしている。
そして少しの距離を空けた隣のテーブルではアスマ班と紅班の人達が向かい合わせに座っている。
「サスケと名前が無事木の葉に帰ってきたことを祝してーー乾杯だってばよ!!」
ナルトの音頭に次いで、皆から乾杯の声が上がる。
祝福の声に包まれる。
「青春はーー爆発だァッ!!」
「押忍!ガイ先生!!」
「おい!グラスが割れるだろう……!」
「乾杯くらいで、どうしてここまで熱血になれるのかしらねえ。相変わらず、不思議だわ」
向かいではガイ先生とリーさんが、まるでグラスが割れてしまうんじゃないかというほどに盛り上がっていて、ネジさんに怒られ、テンテンさんには呆れたように笑われている。
「はぁ……僕もう限界」
「チョウジ、あんたもう飲んじゃったの?」
「空腹ならば、だからこそチビチビと飲んで食欲を紛らわすべきだった。何故なら、肉が運ばれてくるのにはまだ時間がかかる」
隣のテーブルでは、チョウジがもう早グラスを空けていて待ちきれないのかお腹をさすっている。
「紅先生、お体はいいんですか?」
「大丈夫よ。私は体が丈夫だからか、この子がいい子だからかなのか、具合が悪くなることはほとんど無いし」
「紅先生とアスマ先生の子、きっととても、可愛いと思います……!た、楽しみです……!」
「よかったら触ってみる?たまに蹴るのよ。元気なの、この子」
その向かいでは、だいぶ大きくなってきた紅先生のお腹を、ヒナタが期待と喜びを顔に浮かべながら遠慮がちに撫でている。
「ヘヘッ!今日は財布の心配せずに食べられるぜ!」
「だな。なんたって今日は、アスマの奢りなんだからよ」
「おいおい、いつも奢ってやってるだろ。……にしても、この人数はさすがにキツいな。後でカカシやガイと相談しねえと……」
ちなみにアスマ先生は心配そうに財布の中身を確認していた。
ーー私は隣を見る。
「へへん、どうだった?サスケ。俺ってば乾杯の音頭を見事にとれるくらい、成長したってばよ!」
「うるさいウスラトンカチ。お前は昔から、頼まれてもいないのに騒がしくしてた。こういうのは得意だっただろ」
「確かに言えてる。サスケ君の言うとおり」
「サ、サクラちゃんまで……」
「サスケ君。今日は私が、お肉焼いてあげるね」
「自分で食べれる。お前のそのお節介焼きも昔と変わってないな」
「サスケ君のそのクールさもね……」
席に戻ってきたナルトがサスケの肩を組む。
サスケはうるさそうに、鬱陶しそうにしたけれど、口許に浮かんだ笑みが嬉しさを表している。
「よかった……」
「ーー何が?」
思わず言葉を零せば、右隣に座るカカシ先生にそう尋ねられた。
私はずっと浮かべていた笑みを深める。
「嬉しいんです。サスケがまた、昔みたいに皆と仲良くしているところが見られて。ーー皆の笑顔が見られて」
暁に入ってからは、見られなかったから。
見ていたのは憎しみや悲しみに翻弄される皆と、そして私と対峙する時に見せた困惑と絶望。
「それに自分がこの輪の中にいられることも、本当に、夢みたいで」
こんな幸せな未来が起こるなんて、そう、夢にも思わなかったんだ。
私は死んでいるか、たとえ生きていたとしても、記憶から消えているはずだった。
「うん……夢じゃないよ、名前」
カカシ先生が優しく私の肩を引き寄せる。
「だって今、ちゃんと俺の隣に名前はいるんだから」
私は笑って頷いた。
「はーーいっ!?」
すると突然、左隣に座るサスケに頭を引き寄せられた。
けれど体自体はカカシ先生の方へと寄りかかっていたのでとても痛い。
首で変な音がした。
「……ちょっとサスケ、名前痛そうでしょ。離してあげなよ」
「だったらお前が離せばいいんじゃないのか?」
「どっちでもいいから早く名前を離してやれ!」
「ネ、ネジ師匠……!」
「だから師匠ではない……」
助け船を出してくれたネジさんに感謝の念を抱きつつ、私は考えを巡らせる。
サスケ、今カカシ先生から私を離そうとしたよな……ということはつまり、サスケもカカシ先生に甘えたい……!
それならばもちろん邪魔するつもりはないのだが、サスケと私が第七班の真ん中に座っているというこの席順は、私達二人が今日の会の主役であることや、皆のはからいが関係している。
だ、だから今は待ってくれ、サスケ……!
会も中盤に差し掛かった頃ならばきっと席移動もむしろ皆と交流を深めるためと認められるはず……!
「でも僕も名前と同じで、本当に幸せだよ」
「チョウジの場合は、焼き肉屋だから特に幸せなんでしょ」
「だって、皆でこうして集まって食べるのが焼き肉だなんて、最高じゃない」
笑うチョウジに、私も続いた。
「確かにそれはあるよね。私、焼き肉屋に来るのは初めてだから、皆と来られてとても嬉しい」
すると何故だか皆が固まった。
一斉に口を閉ざしたせいで部屋の中は静まり返る。
瞬きながら皆を見回せば、視線が自分に集まっていることに気づいて驚く。
「えっ、あのーー」
「そうだよな……」
するとナルトが呟いた。
先程までの楽しそうな様子はどこへやら、ナルトはテーブルに両肘をつくと手を組んだ。
何故なのか、どこか哀愁が漂っている。
「名前ってば小さい頃から家族が……俺もそうだったってばよ。食べるのはいつもカップラーメンばっかで……もちろん俺ってばラーメン好きだけど」
「そうよナルト、あんたは好き好んでカップラーメンばっかり食べてたんじゃない」
「だけど、だけど!本当に毎日食べたかったのは、一楽の味噌チャーシューだったってばよ!」
「なんにしても、栄養が偏ってるよ、ナルト君……ちゃんと野菜も食べなきゃ」
「ヒナタの言うとおりだぞ、ナルト。成長期にバランスよく食べておかなかったら、体調もーー」
言いかけて、カカシ先生はハッと私を振り返る。
「まさか、そのせいで……」
そして何やら呟くと私の背中に手をあてる。
そのまま一時うつむいていたかと思えば、先生は顔を上げてサクラを呼んだ。
「サクラ、なるべく早い内に、名前の体の検査日程を組んでくれ」
「分かってます!」
「それから栄養バランスが考えられた食生活の管理をーーあ、いや、それはサクラじゃなくていいや」
「ちょっとカカシ先生。それ、どういう意味です……?」
「落ち着けってばよ、サクラちゃん!だってサクラちゃんってば昔は鍋吹きこぼしたり魚丸焦げにしたりーーとにかくこれ以上名前の体に追い討ちをかけるような真似は……!」
「それは昔の話でしょうがーっ!!」
サクラの拳がナルトの鳩尾に直撃する。
ゲームであればウィナーという言葉と共にサクラがポーズを取っていたところだろう。
サクラはポーズの代わりに笑うと自分の腕を叩く。
「任せといて。私はもう、昔とは違うんだから」
「サ、サクラ……?」
私は恐る恐る、テーブルに付したナルトと、そしてサクラを交互に見やる。
サクラはその名の通り花が咲くような笑顔を見せた。
「だから安心して。名前も、それにサスケ君も」
「どうしてそこにサスケ君が入ってくるのよ!」
いのの声が飛んできた。
ーーいのの気持ちは分かる。
けれど私は逆に、どうしてそこに私が入っているのか、と思う。
サスケが入っているのは、サクラが望む将来のことを考えればそれは当たり前だから。
「熱血な青春は、まず健康な肉体から宿る!名前の体調管理はこの俺がーー」
「お前は駄目だよ、ガイ」
「何ぃっ!?何故だカカシよ!」
「お前って、料理一つでも暑苦しくて、火はとんでもなく使うし、そもそも作るのはカレーとかばっかでしょ。名前にはそんな刺激物じゃなくて、もっと優しいものから始めていかなきゃ」
「うーん、僕は食べること専門だし」
「俺は料理とかめんどくせーからやったことねえし」
交わされていく話に、私は苦笑しながら口を開く。
「気持ちはとても嬉しいんですけど、大丈夫ですよ。もう時空眼は使わないって皆と約束したから、これからは体調が悪くなることなんて無いです。普段の私はいたって健康体なんですから」
「つってもなあ……お前は昔っからよく咳してたしーーそうだ、紅に考えてもらうのはどうだ?今は妊娠もしてるし忙しいから作らせることは出来ねえが、こいつの飯は絶品だからな」
「アスマ……そうね……名前、私が考えるわ。あなたの力になりたいの。それに時間がある時は一緒に作りましょう」
「げっほぉ……!」
「名前!!」
「どこが健康体なんだってばよ!」
ナルトにつっこまれたが、だって今のは、今のは仕方ないだろう……!?
アスマ先生と紅先生、なんてお似合いなんだ……!
結婚しろ……!
いやもうしてたか。
「名前、遠慮すんなってばよ。それに今からだって十分間に合うぜ。俺ってばエロ仙人と修行の旅に出てから色々食うようになったけど、そのおかげでスゲー健康だし!ま、九喇嘛がいるから俺は昔から丈夫なんだけどよ」
「けど、名前がいたのは暁だ」
カカシ先生の言葉に皆が息を呑む。
「名前さん、暁にいた頃は、いったい何を食べていたんですか」
リーさんに問われる。
私は思いを過去へと馳せるが、脳裏によみがえる食事風景はあまり無い。
尾獣捕獲という任務のために二人一組で行動していた彼らだったけれど、それ以外の時には、気が付けばふらりと姿を消したり単独行動をしたりと、一線を踏み込ませないような人が多かった。
「お団子を食べました」
けれどそう、一度イタチさんと一緒に茶屋に寄ってお団子を食べた。
懐かしくてあたたかいその記憶に自然と頬が緩む。
向かいに座るテンテンさんも機嫌良さそうに頷いた。
「お団子かあ。美味しいわよね」
「はい、とっても」
「しかし甘味だけでは不十分だろう。他には何か無いのか」
今度はネジさんに問われる。
脳裏にうつるのは手のひらの舌ーーデイダラさんだ。
「そういえば土を食べてましたね」
「土……!?」
「はい、たまにですけれど」
どうしても粘土が必要なのに調達できない、そんな時デイダラさんは手のひらの口に土を食べさせることによって、そこから粘土を作っていた。
「あ、それにオイルとかも食べて、いや飲んで?ました」
「オイル……!?」
記憶は繋がっているという言葉が本当なのか、一つ思い出せばまた一つ、といったふうに過去がよみがえってくる。
これまた本当にたまに、だけれどサソリさんが傀儡を動かす燃料としてオイルを補給していた時があったのだ。
ーーするとその時お肉が届いた。
丸皿に並べられた赤いお肉をまじまじと見ていると、それらは次々と私の目の前に置かれていくことに気が付いた。
不思議に思って顔を上げれば、何故だかガイ先生とリーさんが泣いていてぎょっとする。
「青春真っ盛りの頃の女性にその仕打ち……暁、許せません!」
「諦めるなリー!青春はいつでも熱く輝くものだ!さあ焼こう!じゃんじゃん焼こう!食べろ、名前!」
「わ、私の分多くないですか?」
今日の主役だからと気を遣ってくれているのだろうか。
それにしたってこの量は一種の拷問になりうる。
「サスケも食べよう。ね?」
「いや、お前が食べるべきだ」
もう一人の主役に話を持ちかければ断られた。
「サスケのことは気にすんなよ、名前!こいつはうちは一族だぞ!?ボンボンだ!そりゃ小せえ頃はいいもん食ってただろうよ!それにアカデミーの時も女子から色々貰ってーー思い出したらムカついてきたぜ!」
「キ、キバ君落ち着いて……!」
「それにサスケってば大蛇丸の元にいたからな。あいつもサスケのことは可愛がってたし、そこらへんはきちんとしてたんじゃねえか?」
「おいナルト……!俺のことをガキみたいに扱うな……!」
再び始まった喧騒の中、カカシ先生が私に箸を渡してくれる。
周りを見回せば、言い争っている人を除くと全員が私のことを必死そうに見ている。
真顔やら笑顔やらと表情は様々だが、その熱意に押されるようにして私は手を合わせたのだった。
「イ、イタダキマース……」
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