舞台上の観客 | ナノ
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テーマ「推しとの恋」
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夕方、演習場で修行を終えた私は里の入口辺りで固まっている数人の男性に気付いた。
見かけない顔だ。


大きい声で何やら話しながらその場を広く占領しているので、言っては悪いが少しだけ迷惑だ。
親子連れなんかは子供を隠すようにして通り過ぎていくし、それ以外の人も自然と早足になっている。


私は立っていた木の枝を蹴ると、そんな彼らの前に着地する。


「木の葉に何かご用ですか?」


聞くと彼らは何故だか嬉しそうに声を上げた。
そして、首を傾けた私の顎を掴み上に向けさせる。


「いいじゃねーの、君!」
「はい?」
「はるばる木の葉まで来たかいがあった的な!」
「あの、ご用件が何か?」
「俺達が用があるのは、君だよ」


言われて私は疑問符を浮かべる。
里外から誰か使者が来るなんて、聞いてないけれどな。

だから次いで浮かんだのは知り合いという説。
記憶力、というか特に人の名前や顔などに関しては自信がある方だから、忘れているなんてことはないと思うけれど……。

それでも一抹の不安は拭えなくて、少しの申し訳なさを抱きながら問いかけた。


「すみません。私、あなた方とどこかでお会いしたことが……?」
「嫌だな忘れちゃったの?俺達のこと」


驚き慌てる私に、一人の男性が片目をつぶって笑った。


「前世では恋人だったでしょ?だから約束通り君を迎えに来た的な」


閃いた私は息をのんだ。
そうしてにっこりと笑う。


「なるほど。そういうことですか」
「いいねえ。君、理解早いじゃねーの」
「ありがとうございます」
「それじゃあ、誰にも邪魔されないところに行こうか」


彼らは左右から私の肩やら腰やらに手を回すと、無駄に大きい声で話しながら歩いていく。


ーー出会って直ぐに、誰にも邪魔されないところに行こう、という言葉は少し良くないんじゃないかな。
周りに人通りはなくて、いるのは初対面の異性だけ、なんてシチュエーション、警戒する女性も多いだろう。
それに両側から腰と肩に手を回されると歩きにくい。
二人三脚ほどの歩きにくさ、までとはいかないけれど、歩幅や歩く速さによっては転んだりもしてしまうんじゃないだろうか。


「ところで、名前はなんていうの?」
「名字名前です」
「名前ちゃんか。可愛い名前じゃねーの」


楽しそうな彼らを横目に、私は心の中からエールを送った。


ナンパ、上手くいくといいですね。




ーー初対面の私にあの言葉、これは絶対にナンパだろう。
けれど私相手にナンパなんてするわけがない。
おそらく彼らは木の葉に来たばかり。
それで獲物を狙ってーーいや、表現がちょっと悪いかなーー仲良くなりたい女の子に突撃する前に予行演習と決め込んだのだろう。


もちろん、ただのナンパだったら私も少し考えるところはあった。
当然ナンパだって出会いの場だけれど、彼らがこの後お近づきになる子達は、大事な里の仲間なわけだから。


けれど彼らーーと私は、勝手な同情心と少しの微笑ましさを覚えながら、楽しそうなその様子を眺める。


「やっぱり俺達ってついてるよな!」
「日頃の行いがいい的な?」
「今日はいい日になるじゃねーの!」


明らかに緊張している。
一人は、的な、を連呼しているし、じゃねーの、ばかり言っている人もいる。
上手く頭が働いてないんだろう。
それは言葉のチョイスにも現れていた。


前世で恋人云々っていう台詞はあまりにも……。


まあ私で緊張や何やらを慣らすといいさ!
恋愛に積極的なその態度は、応援したくなるものね。


「ここらへんでいいかな」


連れてこられたのは人気の無い林の中。


うん、夕日に照らされ風情があってグッド!
ただし今の時間帯までかもしれないね。
夜になったら少し怖くなるかもしれない。


すると肩を軽く押されて、木に背がついた。
顔の直ぐ横に手がつかれて、目を丸くする。


「名前ちゃん」


今流行りの壁ドンーーいやこの場合は林ドン?
まあそんなことはどうでもいい。
やっぱりナンパするだけあって、流行には敏感なんだな!
急なことで少しびっくりしたけれどーー。


「俺達とーーイイコトしない?」


……いや、やっぱり前途多難だな、この人達……。






「ーーイイコトっていうのがいったい何だか」


すると上からオビトさんの声がした。
見上げると同時に、木の枝からオビトさん、そしてカカシ先生が降りてくる。


驚きの声を上げる彼らに、カカシ先生がにっこり笑った。


「俺達にも、教えてもらおうか」

















「警戒心が薄すぎる」


ーー何故だか私はあれから二人にお説教を受けていた。
現れた二人はナンパの彼らを連れ瞬身で消えて、首を傾け混乱していた私の前に再び現れたかと思えば腕を組んでこの台詞。
その威圧感に私は思わず地面の上に正座していた。


「す、すみません」


事情も分からず、けれどそうしなければいけない気に駆られて謝罪の言葉を口にする。
見上げた先には、変わらず腕を組み仏頂面のオビトさん。
カカシ先生がため息を吐くと言った。


「あのさあ名前、実は俺達、最初から見てたんだよね」
「最初から、ですか?」
「そう。あいつらが名前にちょっかいを出し始めたところから」
「それじゃあ、お仕事はもう終わったんですね。お疲れ様です」
「いや、ちょっと用があって出てただけ」
「え?」
「俺はカカシの付き添いでな。そしたらお前と、あのクズ共を見かけたってわけだ」
「それじゃあまだ仕事が残って?そ、それにクズって」


さすがオビトさん、一途なだけある……!
ナンパはお気に召さないか。


というかカカシ先生、大丈夫なのかな。
まあ最近はとんと平和になったから、急を要することなんかはあまり無いし、それでなくても先生は昔と変わらずふらっと姿を消したりしているらしい。


どうしたものかと悩んでいると、カカシ先生が聞いてきた。


「名前、あいつらが何を狙って名前に話しかけてたのか、分かってる?」


私は勿論と頷いた。


「ナンパですよね」
「名前……!」
「分かってたのか……!?」


心底驚いたような反応をされ苦笑する。
けれど直ぐににっこり笑うと親指をグッと立てた。


「最近は鈍い鈍いと言われる私ですが、皆さんが思う以上に鋭いところもあるんですよ!私は」
「……驚いたよ」
「成長したな」


二人に頭を撫でられる。
嬉しくて笑みを深めれば、何故だか二人は揃ってぴたりと動きを止めた。


「待って名前。ナンパだと分かってて、着いていったのか?」
「はい。私には支障はありませんし」
「ーー!?な、何言ってるの?」
「ーー?カカシ先生こそ……それに私でよければ、と思ったんです。少しでも彼らの役に立てるなら、それを拒む理由はありませんでしたから」
「少しも改善されていないな」


オビトさんの言葉に私は首を傾け、カカシ先生は、だね、と頷く。


多くを語らずとも理解し合っている二人が嬉しくて、にこにこと頬を緩めながら見守る。

するとオビトさんは真っ直ぐに私を見た。
次いで顎に指をかけられ、目を丸くする。


名前、と呼ばれた。


「今からお前に、警戒心を叩き込む」






ーーオビトさんと見つめ合う。
いくつもの疑問符を浮かべて見上げる私に、オビトさんがどこか不機嫌そうに、そして何故だか気まずそうに眉を寄せた時、カカシ先生がのんびりと声を上げた。


「はい、アウト」
「アウト、ですか?」
「うん。名前、反応遅いよ。そんなんじゃまたさっきみたいに、相手のペースに持ち込まれるね」


変わって、と言うとカカシ先生は私と場所を入れ替えさせる。


「はいオビト。やって」
「……お前の顎を掴めと言うのか」
「名前に警戒心を教えるんでしょ」
「……仕方ない」



(ーー写 輪 眼 !!)



……いや、持ってない。
私が持っているのは時空眼だ。


けれど今なら、この光景を焼き付けようと目に力を入れすぎて充血し、果てには写輪眼になれるような気が……!


「いい?名前。まずは相手の腕を逆に掴み返す。たとえ一本でも、腕を封じられるのは結構大きいからね」


カカシ先生の言葉に首を傾けながらも反射的に返事をした私は、次いで目を見開く。
カカシ先生はオビトさんの空いた右の脇に自らの体を入れるとーー。


「お、おいカカシ!待て!」


それは見事な一本背負いを披露した。


オビトさんが地面に叩きつけられる重い音を聞きながら、私は呆然とする。
夕焼け空をカラスが鳴きながら飛んでいく中、私はひきつった笑顔を浮かべて問いかけた。


「ナ、ナンパへの対処法……ですよね?」


あっさり頷くカカシ先生に、私は心の中でツッコミを入れる。



ーーど、どこの世紀末ですか!


ナンパをされて、顎を掴まれ一本背負い。
戦争も終わり平和になった今の時代に、ここまでの警戒心が必要なのか……!



唖然とする私、そして地面に座り込み何だか黒いオーラを纏いながら沈黙しているオビトさんを放って、先生は次の行動に出た。


「次はーーっとそうだ、肩とか腰とか組まれてたでしょ。簡単に触らせちゃ駄目だよ、名前」
「カ、カカシ先生、あの」
「ーー駄目だな」


否定の言葉を口にしたのは、今度はオビトさんだった。
カカシ先生を睨むように見据えるオビトさんは私の腕を引くと場所を自分と入れ替わらせる。


「カカシ、組め」
「お前に?やだ」
「いいから組め!」


無理矢理に自分の肩に先生の手を回させたオビトさんは歩きながら、いいか、と言って私を振り返る。


「お前は相手に合わせすぎるきらいがあるが、必要なのは全く逆のことだ」
「逆のこと?」
「そうだ。足を止めてしまってもいい。とにかく相手のペースをわざと乱れさせろ」


オビトさんが急に足を止めた。
そのせいでカカシ先生は、オビトさんに回した手だけが後ろに引っ張られて、不安定な体勢で前に崩れていく。


「そこでがら空きになった顎に拳を……!」


息をのむ私の目の前でオビトさんはその拳を叩き込もうとする。


けれどカカシ先生は不安定な体勢ながらもう片方の手でそれを防いだ。


「おいカカシ!防ぐなよ……!」
「相手が強い可能性だってあるでしょ」
「さっきのクズ共は弱かっただろ!」
「あいつら以外にだって名前がナンパされる可能性はあるんだからね」


カカシ先生の言葉に何故だかオビトさんは納得した風を見せると、私に向き直った。


「そういえば、ここに来るまでの間に奴らはベラベラと喋っていたが、いったい何を話してたんだ?」
「えっと、名前を聞かれました」
「答えたの?」


頷けば二人は揃ってため息を吐く。
けれど私は、その反応に驚くよりも、息の合っている二人のことの方が嬉しくて笑った。


「いいか名前。もう昔とは違って、名字の名は皆に覚えられているんだ。お前のことを狙う奴らがいるかもしれない」
「けれどオビトさん、私はそんな人には負けません。今日だってしっかりと修行をしました」


言いよどむオビトさんに、カカシ先生が助け船を出す。


「ま、さっきのような奴らには名乗る必要はないな。名前よりも強い奴にのみ、名前を教えるっていうのは?」
「結構いますね」
「名前より強くても、俺が認めるわけじゃない」
「言われてみれば確かに、俺もそうだな。それじゃあ、俺とオビトよりも強かったら名乗るのは?」
「ああ。それでいい」
「そんな人、世界に何人といないと思いますけど……」


すると苦笑する私の肩を、カカシ先生が押す。
目を丸くしながら木に背をついた私の顔のすぐ横に手がつかれて理解した。


「名前」
「はい、カカシ先生」
「俺と、いいことしない……?」


甘くて低い声音に、私はにっこりと笑う。
やっぱりカカシ先生は素敵だ!


「もちろんです」


当然のごとく応じると、カカシ先生はうろたえ、オビトさんは衝撃を受けたような声を上げた。


「えっ、名前、い、いいの?」
「はい。カカシ先生とイイコト、ですよね?」


さっきのナンパの彼らは言い方に何やら怪しいものが含まれていた。
けれど相手はカカシ先生だ。
カカシ先生とイイコト……おそらく修行の相手や、一緒に茶屋などに行ってくれるんだろう!


頷いて見上げる私に、カカシ先生は頬を緩めると笑って抱きしめてきた。


「やっぱり名前って本当可愛い」
「先生は相変わらずご冗談が上手です」
「そしてやっぱり鈍いのね」
「というか離れろ、カカシ……!」


べりっと私達を引き剥がしたオビトさんはカカシ先生を指差し説教する。


「ミイラ取りがミイラになってどうするんだ!本当にお前はだらしないな」
「じゃあオビトがやってみれば?」
「ーー!お、俺が、名前にか」
「当たり前でしょ。肩組む時もそうだったけど、俺、お前と木に挟まれるなんて御免だから」


言われてオビトさんは私の顔の横に手をつく。
けれどそっぽを向いて、目を合わせてくれない。


「……名前」
「はい、オビトさん」
「あー、その、何だ。お、俺と、イイ……」
「しっかりしなよオビト。まったくお前は駄目なんだから」
「お前にだけは言われたくないんだよ!カカシ!」
「何でも言ってください、オビトさん」


振り返ったオビトさんのことを真っ直ぐに見上げる。


「私はオビトさんになら、たとえ火の中水の中、どんなところへだって、着いていきますから!」


オビトさんは顔を逸らすとポツリと言った。


「ま、まあいいか」
「やっぱりね」














けれど結局オビトさんは、やっぱり駄目だ、と奮起し、そうしてカカシ先生と二人で私に警戒心なるものを教えてくれた。


ーーすっかり空が暗くなった頃、一本背負いなど教えのすべてをこなした私は決め台詞を吐く。


「私の名が知りたいだと?百年早いわ!私、いや、オビトさんとカカシ先生よりも強くなってから出直しな!」


ーー困惑しながら、二人を見上げる。


「本当にこれで、いいんですか……?」
「もうバッチリ」
「完璧だ」





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