「お姉ちゃんは、家族、居るの…?」
海を眺めていると、隣に座っているイナリ君がぽつりと小さく呟いた。
「分からないんだ」
「…分から、ない…?」
「うん。私もまだ子供だけれど、イナリ君は私よりも小さいよね。そんなイナリ君でも、あんまり覚えてないくらいの小さい時の記憶って、ないかな」
「……ある、よ…」
きっと、すごく小さな時。
1歳?…流石にないかな。
2歳?んん…どうだろう。
3歳か4歳なのかな。
それくらい。
ちょっとした一場面の出来事だけを覚えている。
そんな、記憶。
「その記憶も私は一人だったから、分からないんだ」
にこっと笑うと、イナリ君が少し目を見開いて、そして小さくごめんと言う。
「あ、謝る必要ないんだよ?私は何にも思ってないから」
「…何にも…?」
「うん。夜ご飯の時にも言ったけど、記憶になったっていうことはつまり、出来事があったってことだよね?私には家族との記憶が無いから、感情も特に生まれないの」
私をじっと見上げるイナリ君の頭を、笑顔を浮かべたままぽんぽんと撫でた。
「ナルトも、親を知らないんだって」
「……!」
「私が木の葉の里に住むようになったのは最近だから、よくは知らないんだけどね…?友達も、居なかった、って」
「…………」
「でもナルトは笑ってる。辛くない訳ないのに」
ナルトは強そうに見えて、意外と脆くて弱い。
そして弱そうに見えて、ちゃんと強くて、真っ直ぐだ。
「……ありがと…」
「おやすみ、イナリ君」
「…ん…」
イナリ君が家の中へと戻っていくと、見計らったようにカカシ先生が現れた。
いや、きっと見計らっていたというか、ずっと話を聞いていたんだろう。
先生はいつものような、何だかよく分からない顔で私の隣に腰を下ろす。
「…………」
「…………」
「…名前は家族が居なかったんだね」
「あ、やっぱりカカシ先生、聞いてたんですね」
「うん、ごめんね」
「あはは、全然悪いと思ってないでしょう?」
いやいや…と頭を掻くカカシ先生に笑う。
「探してみたけど、見つからなかったんです。色んな国を回ってみたけど、駄目だったんです。だから探すことを止めました。これ以上は意味が無いって」
「…意味が無い…?」
「はい。五年ほど探していたけれど見つからないってことは、家族は、まあもし居たのならですけど、私に見つかりたくないってことなのかなって」
「そんな…」
「それか、もう死んでるのかなって」
にこっと笑うと、カカシ先生は眉をぎゅっと寄せて、何故だか慌てて私の肩に触れた。
「?カカシ先生?」
「っ……あ、いや…」
「どうか…しました?」
「いや…ただ、何となく名前が消えちゃう気がして…はは…」
「ふふ、何を言っているんですか?」
首を傾げながら笑う。
カカシ先生はそんな私を見て、ほっと息を漏らした。
110425.