「名字……ってお前、本物の馬鹿かよ!?」
キョトンと目を丸くする少女にマダラは続ける。
「お前の気配の隠し方は一般人にしちゃ上手すぎる。お前、忍だろ」
「うん、そうだよ」
「にっこりのん気に笑ってる場合か!忍だったら姓は簡単に名乗らない。常識だろうが!」
「大丈夫だよ。だってマダラも柱間も、私の姓に聞き覚えはないでしょう?」
言われて二人は、はたと止まり脳内検索をかける。
「確かに名字なんて一族、聞いたことがねえな」
「ーーの一族は、あまり名が知られていないんだな」
「今の時代、弱い方がいいこともある。強くて名が知られてる一族に生まれれば戦には勝てるが、その分怨みも買っちまう」
真剣な表情で考え込むマダラと柱間を少女はジッと見つめる。
そうして何故だかその頬を赤く染めると踵を返した。
「さてと、私はそろそろ行くよ。これ以上二人の邪魔は出来ないからね」
「さっきからちょっと思ってたんだが、別に邪魔じゃないぞ。むしろ今の時代、自分と同じような年頃の奴に会えるのは貴重だ。だから俺は、ーーに会えて嬉しいぞ」
「は、柱間……!そんなことを言っちゃいけないよ!」
「なんでだ?俺、可笑しなことを言ったつもりはないぞ?」
「柱間……確かに柱間のその広い心やいい笑顔はとても素敵だと私は思うよ」
「い、いきなり褒められると照れるぞ」
「だけど、だけど今ここには、マダラがいるんだから!」
少女の言葉に柱間が疑問符を浮かべながらマダラを見る。
そして当のマダラも目を丸くして首を傾げた。
「マダラがどうかしたのか?」
「俺がどうかしたのかよ」
「だってマダラ、今はこうだけどさっきまで、すごい私のこと睨んでたんだよ?こんな顔で!」
言うと眉を出来るかぎりに寄せてそのまま目を細める名前にマダラは思わず吹き出す。
「お前、女がそんな顔」
「それは仕方ないことぞ。マダラの目つきは最悪だからな。許してやってくれ、ーー」
「って柱間!お前はどっちの味方だ!」
大体、とマダラは少女に向き直る。
けれど直ぐに目を逸らした。
かすかにだが頬が赤い。
「俺はお前を睨んでなんかいねえよ。確かにお前はまだどこか胡散臭い、つうか変な奴だと思ってるけど……俺だって、同じ年頃の奴に会えることは嫌なことじゃない」
「マ、マダラ、そんな……!」
「ハッ、別に礼はいら……」
「そんな無理しなくていいんだよ!」
「……は?」
再び眉を寄せるマダラに、けれど少女はにっこり笑って片目をつぶる。
「隠さなくても、私はもう分かってるから。それに偏見なんてものも無いよ。男同士や女同士で愛し合うことだって、とっても素敵なことだよね!」
グッと右手の親指を立てる少女。
唖然とするマダラと柱間。
三人の頭上、空をカラスが鳴きながら飛んでいった。
「だから無理して私を誘ってカモフラージュしようとしなくても大丈夫!私はちゃんと気がついているし、くわえて偏見もないから、邪魔しないようもう立ち去るから!」
「いや、お前……何も大丈夫じゃねえだろうが!ちゃんと気がついてるって何にだよ!?お前の勘違いだ!」
「ハッ……!そ、そうだったんだ……」
「ハァ……間違いが分かったかよ」
「うん!確かに同性での恋愛は時代を先取りしてる感は否めないもんね。大っぴらにして、事情をよく知らない人から何か言われるのも悲しいことだし……二人の仲は秘密なんだね!分かったよ!」
「何も分かってねえ!」
「秘密の恋愛……燃えるね!これもまた素敵だ!」
「お前ちょっとは人の話聞け!!」
「あっははははは!ーー、お前は本当に面白い奴ぞ」
「おい柱間!笑ってないでお前も誤解を……!」
「確かに俺とマダラはそういう関係ではないな。だけどーーの考えは俺は好きぞ。どんな者のことも受け入れる。それはとても大事なことだ」
柱間の言葉に少女は嬉しそうに頷いた。
「うん。だから、はやく平和な世界にしたいな。生きることを望むんじゃなくて、生きられることは当たり前、だから望むのは幸せに生きていくこと、そんな世界に。それに今は酸いも甘いもを知らずに、いや、辛さは皆知ってるかもしれないけど……とにかく若くして死んでしまう命が多すぎる……」
「それに、生まれてくる命が少なくなるかもしれない」
柱間に視線が集まる。
彼は静かに流れる川を見たまま続けた。
「この前、俺の知り合いの女の人で、自分は子供なんか産みたくない……そう言ってる人がいた。せっかく産んだ大切な我が子を、戦に取られるからって」
柱間は真っ直ぐに少女を見る。
「ーーは本当に、そんな時代が来ると思うか。子供が安全に、そして平和に生きることが出来て、一族がずっとずっと続いていく……そんな時代が」
少女の答えは早かった。
「うん、来るよ。それは絶対に」
言い切った彼女はにっこりと笑う。
「だって世界には確かに不幸があるけれど、幸せもちゃんとあるから。今は少し不幸が続いているけれど、次にはきっと、幸せが来るよ!」
ーーそれからマダラ、柱間、少女の三人は河原や森の中、崖の上など場所は違えど特訓や未来についての話を続けた。
最初は「二人の邪魔になる!」と断固拒否していた少女だったがマダラに怒られ柱間に説得され、結局は「なるほど!分かったよ!二人のことは私が守れるようになるね!」といういささかズレたところで話はおさまった。
「ハァ、ハァ……響遁なんて、聞いたことねえ。本当、お前って変な奴だよな」
「だがーーも結構強いぞ。これで本当に名の知られてない一族なのか?能ある鷹は何とやら、とかじゃないのか」
「そこには色々と事情があってね……。それに結構、じゃなくてもっと強くなれるよ、私は!だから安心してね。きっと二人を守れるくらい、強くなるから!」
「まだ言ってんのかよ、それ。俺は自分の身は自分で守れる。つうか、自分以外のもんを守んなくちゃいけないのは、お前じゃなくて俺の方だ。俺は今度こそ絶対に、弟を守る……!」
「ああ、それは俺も同じぞ。……しかしーー、もっと強くなれるとは、また大きく出たな」
「うん。私の一族にとって響遁はいわばサポート、後から編み出していったものなんだ。私達の本当の戦い方は、眼にあるの」
眼?と柱間は首を傾げ、マダラはピクリと眉を寄せる。
「……俺達だから良いものの、ーー、他の奴らの前で、あんまりペラペラと自分の情報を話すんじゃねえぞ。それに眼って、瞳術だろ?知れば狙う奴も出てくるぞ」
「そうだね……確かに狙われた一族の人達もいるって話を聞いたことがあるし、あれから少し経ったしなあ」
「あれから……?それに、聞いたことがあるって、ーーは一族の者達と暮らしてないのか?」
「私の一族は皆各地に転々としてるんだ。ここら一帯にいたのは私とそれに両親だけだから、他の人達の話は、両親からの話でしか聞いたことがないんだよね」
各々木に寄りかかり、時節水を飲んだりして修行の疲れを癒やす三人。
汗を拭う少女の琥珀色の瞳をジッと見定めていたマダラが口を開いた。
「その眼は、もう開眼しているのか」
「ううん、まだだよ。開眼したら、白緑色になるから。……だけど開眼するには、ある特定の人に開眼してもらうか、危険な状態……極限までチャクラが減る等の状態になるか、のどちらかなんだよね」
「後者は危ないぞ!前者がいい。けど、特定の人っていったい誰ぞ?」
「普通は一族の人かな。でも周りに一族はいないし、両親ももう死んでしまったから、となれば後者になるんだけれど……自分だけじゃチャクラを修行で減らしても、それを体は危険な状態とはみなしてくれないのか開眼出来なくて……困ってるんだよね」
腕を組むと唸る少女の言葉で聞き流せないことがあって、マダラと柱間は思わず立ち上がる。
「お前、今両親はもう死んだって言ったのか!?」
「だけどここら一帯にはーーとその両親しか住んでいない、とも言ってたぞ!」
「うん、そうだよ?だから最近は一人で暮らしてる」
マダラと柱間は怒りに似たものを感じた。
この少女は自分のことには鈍すぎる、というか蔑ろにし過ぎる。
自分達の家族が死んだという話をした時少女は、自分のことではないのに泣きそうになっていた。
けれど一族でもない、よく知らない自分が涙を流すのは駄目だ、と必死にそれを堪えていた。
なのに自分の両親が死んだと話す今の方がよっぽど普通に見える。
「一人で暮らしてるってお前、大丈夫なのかよ!?」
「大丈夫だよ。私達の一族は結構短命らしくてね。だから小さくても自立して生きていけるよう、生活に必要なことは早い内から叩き込まれているし」
「生活のこともそうだが心は……!両親をなくして、それに一人きりなど寂しいぞ!」
マダラと柱間は少女を、自分の一族と一緒に暮らさないかと提案しようとした。
そう思うほどに三人は仲良くなっていた。
けれど自分達はまだ子供で、だから自分の一存で少女を一族の元で暮らさせることは出来なかった。
自分は良しと思っても、他の者がどう思うかは分からない。
それがたとえ、同じ一族の者であっても。
だからマダラと柱間は、その言葉が言えなかった。
「確かに最初は辛かったな。急なことだったしね。だけど二人が死んでしまって胸に抱いた悲しみを無視すれば、二人といた時の幸せ……それも無視してしまうことのように思えたんだ。だから、受けとめた」
にっこり笑う少女に二人も笑う、優しく。
「お前の眼の能力がどんなものかは知らねえが、いや、言うなよ。教えなくていい。みだりに情報を人に晒すな。……まあとにかく、お前がこれからどんな眼を開眼しようとも」
「ーーの強さは、その心ぞ!」
「っておい柱間!俺の言葉を取るんじゃねえよ!……まあ、そういうことだ」
少女は楽しそうに笑い声を上げた。
そして二人に礼を言う。
「ありがとう、マダラ、柱間。心の方も大丈夫。だって今私、とっても幸せだから」
少女の脳裏に、森の中を歩いて抜けた先、穏やかな河原でマダラと柱間、二人に初めて会った時のことがよみがえる。
「両親の死の悲しみを抱いて歩いていたら、二人に会えた。幸せに会えた。だからこの世界って、素敵だよね……!」
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