暗闇の中をゆっくりと落ちていく。
この感覚も体験も、もう慣れたものだ。
過去や未来を視る時、私はこうして暗闇の中を落ちていく。
そして音も無く着地する。
周りはすべて暗闇で、だから落ちていく底も無限に続いているように見えるのに、体が勝手に空間を感じ取る。
そして暗闇の中にはいくつかの光が現れる。
その光に飛び込めば私は、起こりうる未来の場所へと行くことが出来る。
未来がどんなに不幸なものでも、いつも選択肢は光となって現れる。
私は一つの光の中へと飛び込んだ。
「お前はお前だコノヤロー!逃げんな!お前こそこっちへ来い!!」
すると途端に聞こえた声に、息をのんで振り返る。
そこは戦場だった。
地面は割れて、空気は荒れている。
倒れている人、立っている人がいる。
共通しているのは皆ボロボロなことだ。
「オビト!!」
オビトさんと、ナルトを筆頭とした忍連合軍が対峙している。
風貌や雰囲気からして既にオビトさんは十尾の人柱力になってしまったらしい。
一人対大勢、なのに威圧感やらはオビトさんの方が上に感じる。
だけど連合軍の目に、恐怖や絶望はなかった。
十尾の人柱力を前にしても勇気を奮って、諦めずに力を合わせてオビトさんから尾獣たちを引き抜こうとしている。
「これは、九尾の力……」
未来へ飛んだ私の姿は誰にも見えないし、声は誰にも聞こえない。
変わらず戦い続ける彼らのことを見て、ナルトや連合軍を包んでいる光が九尾の力だと確信した。
「らしくねーな名前。ナルトを信じるじゃん。アイツはきっと、尾獣とでも、力を合わせることが出来る」
先のカンクロウさんの言葉が脳裏で響く。
ナルトは、成し遂げたんだ。
人柱力が尾獣と力を合わせている。
憎み、疎み合ってきた歴史が変わる。
「サ、サスケ……!?」
それにサスケが、ナルトらと協力して戦っている。
いったい何がこの未来までの間にあったのかは分からないけれど……こんな未来が訪れる可能性が、あるんだ……!
「いいからこっち来いってばよ、バカヤロー!!」
ナルトが、皆が、オビトさんの手を引っ張る。
オビトさんが、変わるかもしれない。
いや、戻るかもしれない。
昔のオビトさんに。
根から優しくて、愛情深くてーー火影を目指していた、オビトさんに。
戻ってほしい……!
「抜けたァー!!」
オビトさんから尾獣が抜けた。
ゆっくりと地に倒れるオビトさん。
歓声を上げる連合軍。
私もこの光景を見て、顔を輝かせた。
けれどサスケが刀を手に取り動き出す。
オビトさんにトドメをさすため。
「待って、サスケ!」
その場に存在していない私が止められるハズもないけれど、体が勝手に動いてサスケの前に飛び出す。
するとサスケが目を見開いて動きを止めた。
私を、いや私の奥ーーオビトさんの方を見ている。
「こいつはかつての友であり、仲間だったんだ」
その言葉に、私も振り返る。
倒れているオビトさん、その胸にーー。
「俺に任せてくれ」
カカシ先生の手にするクナイが、深々と突き刺さっていた。
呆然とする私の視界で、連合軍が勢いを増し別の敵がいるのかどこかへ大勢で駆けていく。
荒く息をする中で目の前が真っ暗になる。
そして感じる浮遊感。
一つの未来を視終えた私は、また同じ暗闇へと戻ってきた。
「なんて未来だ……」
思わず顔を手で覆う。
ナルトが尾獣と手を取り合って、オビトさんが昔の心を取り戻してーーそして、かつての仲間のカカシ先生に殺される。
それにおかしい。
オビトさんのあの姿……十尾の人柱力となっていたことは確かだけれど、あれは不完全だ。
げんにナルトの中に九尾は入ったままだった。
それなのにいったいどうして十尾の人柱力になれたんだ……?
私はグシャリと髪をかいた。
そして暗闇に浮かぶ他の光を真っ直ぐに見る。
絶対に、あんな未来は起こさせないーー。
手を握りしめると駆け出して、再び光の中へと飛び込んだ。
・
・
・
ーー時は夜。
私は結界から出ると、暁のアジト方面へと向かい木々を飛び移っていた。
昼間はあんなに鳴り響いていた爆音や悲鳴も今は聞こえない。
風が草木を鳴らす音、そして地上を包む大きな月が静かに空にあるだけだ。
オビトさんの音を探しながら、太い木の枝を蹴る。
ーー私はあれからいくつかの未来を視ていた。
オビトさんがカカシ先生に殺される未来……その次に視たものは、今度は完全なる十尾の人柱力となったオビトさんが無限月読を発動させていたものだった。
「この世界は、終わらせる!!」
私が未来に飛んだ時、そこには神樹の養分とされた連合軍の人達が地面に寝かせられていて、既に無限月読が発動させられた後だった。
次の未来では、オビトさんは再び昔の心を取り戻していた。
そしてカカシ先生がオビトさんの隣にいてくれた。
「長門がかつてなぜ俺を裏切ったのか、今なら分かる気もする……数珠繋ぎの重なった人の想い……それも強い力になるんだな」
けれどオビトさんはーー輪廻天生の術をかけた。
その後も何度か別の未来を視たけれど、目眩がした。
この右眼で視た未来にはどれも、一つの共通点があった。
それは、オビトさんが生きれば世界が終わり、オビトさんが命を落とせば世界が生きるーーということだ。
オビトさんが生きている未来の中で、彼は一人だった。
人々は死んでいるか、神樹の養分となっているか……何にしても世界は終わっていた。
逆にオビトさんが改心した未来では、改心したからこそなのか、やっとの平和へと向かう世界でオビトさんは輪廻天生の術をかけたり、ナルトやカカシ先生を庇って死んでしまう。
世界を平和を迎えたのに、けれどそこにオビトさんの姿はない。
「ハァ……」
オビトさんの幸せと、世界の幸せが共存しない。
オビトさんは世界の終わりを望んでいるから、それは当たり前のことなのかもしれないけれど……。
脳裏に、終わる世界の中で一人佇むオビトさんの背中がうつる。
孤独ーーそう感じた。
それは私の願望からくる思い違いなんだろうか。
……それにーーあれはいったい誰なんだろう。
いくつか視た未来の中で、たった一度しか出てこなかった人。
白眼を両目に宿し額にも一つの瞳ーー輪廻眼と写輪眼のようなーーを持つ長い白髪の女性。
ナルト、サスケ、サクラ、カカシ先生とそれにオビトさんと戦っていた。
敵……けれど覚えがない。
「カカシ、お前は当分こっちにいろ……すぐに来んじゃねーぞ」
そしてその未来では、オビトさんがカカシ先生を救い死に、世界に平和が訪れた。
するといくらか前の空間が歪み始めた。
探していた人物が現れて、私は声を上げる。
「オビトさん!」
「名前、今までどこにいた?」
「えっと、時空眼で作った結界の中にいました」
「だからか……戦争の途中からお前を感知出来なくなったから、心配していた」
「す、すいません……!」
「いや、いい。それよりどうして結界を?」
「誰にも邪魔されずに時空眼を使いたくて……だから感知されないために、です」
「人から離れた場所で一人その眼を使うということは、未来を視ていたのか?」
私は頷く。
「……それで明日のことなんですけど、オビトさんの元へサポートに行くのが少し遅れるかもしれません。もちろん、尾獣捕獲へは間に合うようにします」
「分かった、構わない。ーーそれより、あまり時空眼を多用するなよ。今は戦争中だ。いつお前のその眼が使われることになるか分からない。体への負担を考えながら使え」
優しい、どこか保護者のような言葉に眉を下げて笑いながら頷く。
けれどオビトさんは私の頭を撫でると時空間忍術で去ろうとする。
「オビトさん、もう、行っちゃうんですか」
「ああ。お前の無事が確かめられれば、それでいい」
やっぱりまだ避けられているらしい。
オビトさんが消えてしまったため誰もいなくなった場所を静かに見つめた。
一人となった世界で、オビトさんは幸せなんだろうか。
平和が訪れる世界を前に誰かを救って死ぬのが、オビトさんの幸せなんだろうか。
「俺は、俺が殺されることでサスケが、幸せな未来を歩んでくれることを、信じているから」
誰かの幸せはその人自身が決めることであって、私が決めていいことじゃない。
それでも……私はーー。
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