「どうして俺らが名前を見てるか、って、そんなの、名前が名前だからに決まってんじゃん」
カンクロウさんは頭をかきながら呆れた様子でそう言うと「なに当たり前のこと聞いてんだよ」と笑った。
私は微かに目を見張る。
「私が…私、だから…?」
「私もカンクロウに同意見だよ、名前。まったく、鈍感なんだから」
するとテマリさんも笑う。
そして我愛羅が、私の名前を呼んだ。
テマリさんから我愛羅に視線を移すと、我愛羅の真っ直ぐな眼差しと交わる。
「お前は昔、里の者皆に嫌われた俺の傍に、いてくれた。笑顔を、向けてくれていた」
「……」
「そして、木の葉での中忍試験の時…その時も、お前は変わらず、笑ってくれた。そして俺の為に、傷を負った」
テマリさんの治療のお陰か、大分呼吸が楽になってきた。
けれど私の心臓は、我愛羅の言葉の続きに対して緊張している。
「そうして俺はナルトの言葉を受け、思った。俺もいつか、誰かを信じられる強さが欲しい。そして、誰かに必要とされるような、誰かに信じてもらえるような存在になりたい、と」
暁に捕らえられた我愛羅を取り戻したナルト達、それに砂の忍達が草原で、我愛羅の生を喜び歓声を上げていた時のことを思い出して、目を細める。
「けれどお前は木の葉を抜け、暁に入った」
「……」
「俺はよ、名前。お前が我愛羅を捕らえに砂隠れまで来た時、正直もう、駄目かと思ったじゃん」
「戯言はよしてくださいよ、カンクロウさん」
「お前が完全に、変わっちまったと思った。…ったく、嘘が上手くなったじゃん」
カンクロウさんの言葉に、私は数個疑問符を浮かべる。
嘘が、上手く…?
我愛羅を捕らえに砂隠れまで行った時、私は何か、嘘をついたっけな。
第七班との最初の接触の時には、我愛羅はもう死んだ、と嘘をついたけど…カンクロウさんの前で、嘘、ついたっけな。
「だが名前、お前は、変わってなかった」
テマリさんを見る。
「お前は、尾獣を抜かれた我愛羅と、毒を盛られたチヨバアを助けてくれた」
「……」
「その事実が判明した時、まあ、この会談に来るまでの道中のことだったが…そのことに私達がどれほど」
目に涙を浮かべ、泣きそうに顔を歪めると言葉に詰まったテマリさんに、私は目を見開く。
「私達がどれほど、嬉しかったか!」
「…テマリ、さん」
「へへ、名前、お前は俺とテマリにとって、妹みたいなものじゃんよ」
「カンクロウさん…」
名前、と…我愛羅が私の名を呼ぶ。
「俺達には、お前を大切だと思わない理由が、無い」
――透明な壁が、割れた。
私のことを、見ている人達。
その先頭に今、テマリさんとカンクロウさん、そして我愛羅が、立っている。
優しい笑顔で。
私は、その透明な壁が割れ、無くなったことに…嬉しさを感じた。
そうして、明るい向こう側に向けて、手を伸ばす。
「――!」
けれどその時、さっき、吐血した時の血にまみれた手と、赤い雲…暁の装束が目に入り、私は息をのむとその手を止めた。
指の先から滴った血は手を止めたお陰で、幸い我愛羅には…向こう側には届かずに、地面に落ちる。
私が手を伸ばせば、向こう側に、血がつく。
血を、つかせない為には、どうしたら良い?
そんなこと…答えは、簡単だよね。
私はドンッと我愛羅の肩を押した。
それでもあまり我愛羅は動かなかったけれど、私は地面を蹴って無理矢理に、我愛羅の腕の中から抜ける。
答えは…私が手を伸ばさなければ、良いんだ。
距離を取って、着地する。
三人も立ち上がり、私を見る、名前を呼ぶ。
それに、離れた理由は、伸ばした手を戻した理由は、血だけじゃない。
私は、
「私は、――暁です」
黒地の布に、赤雲が浮かんだ装束を身に纏う者。
「私の、ことを」
大切だと言ってくれて
「大切だなんて、言わない方が良い」
ありがとう
「今この国の同じ建物の中には、他の影がいるんです」
凄く、凄く、嬉しいんだ。
私にはそれこそ、もったいない言葉だ。
そして私もこの、せっかく向けてくれた言葉を本当は、失いたくない。
「それに私は」
大切な人達からの、言葉だから
「大切だなんて、…思って、ないんですから」
けれど、今ここで、暁を裏切ることは出来ない。
たとえ今まで、暁を裏切っていたとしても…たとえこれから、暁を裏切っていくとしても。
裏切り者には、死を
裏切りが知られたら、死んでしまうから。
私にはまだ、生きて、そしてやらなきゃいけないことが…やりたいことが、あるから。
必死に言葉を絞り出して、歯を食いしばる。
涙が、零れてきそうで。
「…やっぱり、嘘、全然上手になってねえじゃん」
「…戯言は、よしてくださいよ。カンクロウさん」
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