鉄の国周辺、民宿にて。
静かに落ちてくるだけの雪はいつしか、止んでいた。
けれど寒さが変わることはなくて、目を見開いたり丸くしたりと一様なそれぞれの息を、白く空気中に現す。
「さっき言ったな…一族の中には、時空眼がもたらすものが辛く、そして重いものになっていくと感じる奴が少なくなかった。名前の親の内、一族の者は母親の方だったが、彼女はそれに当てはまった」
少し、昔話をしてやる。
そう、マダラは言った。
「自己犠牲の気も相まって、一族は皆一様に短命でな…各地にチラホラといた者達も皆消えて、残ったのは幼い名前と、その親のみ…そしてその両親さえもが、死ぬ時がやってきた」
「マダラさん、私と夫を、名前のところまで連れていってくれませんか?」
――時は、十年程遡る。
とある戦場で地面に倒れている、白緑色の瞳を持つ女からそう言われたマダラは、彼女と、そして彼女の隣に横たわる既に息のない夫を、自身の右目で吸い込んだ。
そして時空間忍術を使い、たどり着いた先は――人里離れた森の中。
先程までの戦場とは違う、穏やかな空気。
昼間の暖かい陽射しが、木々と、そして透き通っている川を輝かせる。
そんな森の中に在る、木で出来た一つの家。
屋根では小さな鳥が数羽、羽を休めている。
マダラは気配を探り、その家の中庭へと向かった。
同じく木で作られたブランコが見える中、目当ての人物――名前は、縁側で仰向けになりすやすやと眠っている。
「着いたぞ、名前だ」
「ゲホッ…ありがとうございます、マダラさん」
マダラは母親を優しく名前の隣に寝かせると、名前を挟んで反対側に、今度は父親を横たわらせる。
すると母親が、名前の腹の上に置かれた本を見て少し笑った。
「あら、名前、またその本を、読んでいたのね」
「…名前は、物語が好きらしいな」
マダラの言葉に、母親は、はい、とにっこり笑う。
「それになんと言ったってこの本は、夫の、そして、大切な人達のことを記した本ですもの。みんなはとても、素敵だから。名前が夢中になってしまうのも、無理ないわ」
笑う母親は、けれど直ぐに、息苦しさから咳き込む。
――咳がおさまった彼女は荒く息をしながら、土に汚れてしまった白い指で、名前の前髪をさらりと流した。
父親に似た琥珀色の瞳は、下ろされた瞼によって今は見られない。
「マダラ、さん。お願いが、あるんです」
白緑の瞳を持つ者の死に行く様を見るのも、これで何度目だろうな…。
マダラは、目立った外傷は見られない、けれど明らかにもう、喋ることすら辛くなってきている彼女を見ながら、そう思った。
「名前に、言伝てか…?」
けれど彼女は予想に反して、首を横に振る。
「寧ろその、逆なんです。――名前には何も、伝えないで下さい」
お願いします、と続けた彼女に、マダラは目を見開く。
「まさかお前、この術のことを、名前に伝えていなかったのか」
母親は、少し沈黙すると頷いて眉を寄せた。
「私達一族が、術のことを自分の子供に、必ず伝えるということは、知っています。だってそうじゃないと、親のことを忘れられてしまいますから、ね」
母親の細い指先が、名前の白い額を撫でる。
「でも私は、忘れて欲しいんです。時空眼の、ことを」
「…歴史の重みを、背負わせたくないということか」
「流石、マダラさん。鋭いですね」
笑った彼女は、けれど名前の向こうに横たわる夫を見ると、目に涙を浮かべた。
「いくらか前から、夫と、決めていたんです…もしもこの術の後に私が、生きられそうに、ないんなら…そしてその時まだ、名前が時空眼を開眼していないなら…名前に時空眼は、引き継がせないと」
過去の、夫との会話が、彼女の脳裏をよぎる。
横たわる彼女の目から、涙が流れた。
「それから、夫に…術の副作用はかけても、術の本当の能力は、かけていません」
「――!それじゃあ…」
「はい…名前にはこれから、父親と、そして母親の両方がいない人生を送ってもらうことに、なります」
120512