「お前の周りの人間はおそらく、昔から変わってはいないだろう」
「…?」
「きっとアイツらは昔から、お前のことを、大切に想っていた筈だ」
イタチさんの言葉に、何か言おうと口を開いて、けれど何も言霊となっては、出てこない。
「今までと変わったのは名前、お前だろう」
「私、が…」
「お前が変化したから、アイツらのお前への気持ちに、少しだが気付き始めている。その点でももしかしたら、里を抜け暁に入り、よかったのかもしれないな。お前へぶつけてくる言葉が里に居た時よりも、増えただろうから」
イタチさんが私を真っ直ぐに見る。
「名前、お前は、お前の周りにいる奴らのことを、どう思っている」
「そ、それはもちろん、素敵な人たちだと思ってます」
「それだけか?」
「い、いいえ!格好良くて、可愛くて、優しくて、それから、ええと、」
「それは素敵、という単語の構成要素だ」
イタチさんの言葉に頬を掻いて、そして首を傾げた。
イタチさんは少し息をつく。
「大切、や、大事、…という感情、想いはアイツらに対して、感じないか」
「…大…切…?」
「そうだ。…誰かを素敵だと思うことと、大切だと思うことは、違う」
少し冷たい風が吹いて、髪を左側に持っていかれる。
冷えた頬を、同じく冷えた髪の束が撫でる。
「誰かを素敵だと思うことは、どちらかと言えば一方的な想いだ。そして、大切、という感情は、素敵という想いと比べてどこか、お互いの気持ちが向き合っている」
「……」
「大切という感情は、無関係の人間に対しては絶対に、生まれないからな」
大切…大切という、感情。
…よく、分からない。
ナルト達のことは今でも、本当に…素敵、だと思ってる。
けれど…ナルト達の物語を見るのが幸せ、って…障害や、困難なら私が引き受けるからナルト達は、道を進んで、物語の先に行って、…って。
そう想像すると、心臓の辺りが、重くなる。
この感情は、寂しい。
そしてこの感情は、今までそんな想像をしても、生まれてなんてこなかったもの。
――するとイタチさんは少し空を見上げた。
けれど直ぐにまた私に視線をやると、優しく微笑む。
「名前、最初にも話したが、お前の言っていた幸せな未来の話…俺はお前にあの術を、使って欲しくはない」
「たとえお前がそう思っていたとしても、うずまきナルト…アイツらは、お前があの術を使うことを、望みはしないだろう…術の使用後に、自分達と、そしてお前の身に起こることを知ればな」
「名前、俺は心から、お前の幸せな未来を願っている」
イタチ、さん、と。
泣きそうになり震えた声は、風に揺れる、木の葉の撫で合う音をかぶせられた。
「さよならだ」
――イタチ、さん、…と。
また呼んだ私にイタチさんは特に答えることはせずに、こぼすように笑う。
「イタチさんは前に、サスケに殺されることが幸せ、だ、って…言ってましたよ、ね」
「ああ、そしてそれは今も、変わっていない」
――死ぬことが、…殺されることが幸せだなんて、私はきっと、違うよ、って、思うだろう。
イタチさんの事情を知っていても、何か解決策はないか、打開策はないかって考える。
けれど、その人の幸せは、その人が決めるもの。
…イタチさんの幸せな未来は、サスケに、…殺される、ことなんだ。
それなら私は、幸せが、好きだから。
「私も、イタチさんの幸せを、…本当に、心から…!…願っています…!」
「…ああ、ありがとう、名前、…ありがとう」
唇を噛んで、嗚咽を堪えて。
次から次へと流れてくる涙をぬぐうために、腕で目元をこする。
「名前、俺の目を見ろ」
するとやんわりと、その腕を取られて離される。
イタチさんの言葉に従い見上げたとき、…また、痛みはナシに、頭を強く殴られるような感覚に陥った。
足の裏の感覚がボヤけて、身体が傾く。
優しくイタチさんに抱きとめられたのは、分かった。
「今はただ、眠れ」
イタチさんの言葉が、耳を擽る。
頬にあたたかいものが、流れた。
120118