――また、場所に向かって歩き出すと、鹿が寄ってきた。
夜の穏やかな、けれどどこか緊迫したものが張り詰めているような世界の中で、不思議にたたずむ、鹿の瞳。
――二年前、キバと赤丸と、そしてシカマルと一緒に訪れた時と同じように、私はその瞳を、目を細めて見つめる。
そして、そう長くは経っていない間に、また、場所へと向かって歩き始めた。
鹿達も、鳴くことも、警戒して向かってくることも、しなかった。
「――…大丈夫か」
自分が地面を踏む音すらもしない、風が、木の葉どうしを擦らせる音やらだけが漂う中で、いつかのサソリさんの声が、記憶の中で響く。
「尾獣を狩る援護がはじめてだからか……お前、ここに来る前から震えてるぜ…」
「お前がはじめて尾獣を封印したときよりも震えてるが……まさか身体の調子が悪いわけじゃあねぇだろうな」
歩みを進めていると、見えてくる、開けた場所の中心にある、不自然な地面。
「今度の新入りは、どうやら空気が読めるようで良かった。だが別に今のは、読まなくてもいい、名前」
「名前、お前はただでさえ身体が弱い。特に時空眼を使った時の負担は、今しがたまで身をもって実感していただろう」
「そうあまり時空眼を多用するな」
記憶の中の角都さんの言葉。
つい三日前にだって、隣に居た、角都さんの言葉。
不自然な地面――飛段さんが埋まっている場所の近くに立って、地面を見下ろす。
「くぅ〜っ、ついに、ついに俺にも後輩が出来たってわけだ!俺は飛段だ、名前、だったか?よろしくな!」
「お前、ありがとなぁ、俺達の居る場所が雨だからって、二日で終わらせてくれてよぉ。おかげで今回は肩も凝らねぇし、万々歳だぜ」
「お前はこれから、違う奴らのとこに行くのか?」
「頑張れよぉ!」
――もう、頭を撫でてくれる大きな手は、ない。
「っ…」
力無く地面に膝をついて、座り込んで。
「っ、…っ、」
地面の土に軽くついた手の、甲に涙が落ちる。
深く関わるつもりは無いんだけれど
深く関わるつもりは、無かったし……今だって別に、暁の人達と、深く関わっていたとは思っていない…。
「――サソリさん」
「あ……?」
「、…っ、……、気をつけて下さい」
――それでも、私は。
――待ってます、なんて。
絶対に、言えなかった。
S級の犯罪者と言われるあの人達と……笑ってさよならなんて、出来なかった……!
っ…でも、彼らが死ぬ未来を止めることも、しなかった、出来なかった…!
それは最初…ずっと前に、決めていた筈なのに…。
暁に染まった犯罪者
暁は、木の葉や、砂や、みんなに危険を及ぼす存在…。
私は、そんな暁のメンバーが死ぬ未来を止める理由は、どこにも無かった。
「…っ、ぅ……っ」
なのに…今私は、確かに悲しんでいる…。
――悲しむはずなんて、無かったのに。
少し前方にある、不自然な地面を濡れた視界がとらえたその時、私の右手の指が微かに動いた。
――飛段さん。
と呼ぼうとして、けれど、唇が震えるだけにおさまる。
飛段さんは、この地面の下に居る。
多分、まだ三日か二日しか経っていない。
――でも、飛段さんを今から掘り起こしたとしたならば、飛段さんはきっと、シカマル達に復讐しに行く。
そうなったら、みんなが生きる未来を探して、暁の人達が死ぬ未来を止めなかった行動の、元も子もない。
――それでも、この二年間の記憶が頭の中を流れて――濡れた視界の中に、地面に向かって手を伸ばす、私の右腕がうつった。
「――やめろ、名前」
突然響いた声に、息をのむ、身体が揺れる。
そうして揺れた右腕を、誰かが掴んだ。
「――――シカ、マル」
111105