「三郎、雷蔵、兵助、ハチ、勘ちゃん…居るよね?」
郁が、え?と驚く。
後ろの方で、木が鳴る。
「ちゃんと、言いたいことがあるんだ、郁にも、五人にも…出てきて、くれないかな」
振り返って、真っ直ぐに言うと、程無くして歯を食いしばったような表情をした五人が、木の影から出てきた。
私はそんな五人に、目を細めて笑う。
「三郎、雷蔵、兵助、ハチ、勘ちゃん」
そして身体の向きを前に戻して、郁を見る。
「そして、郁…私は――ここに残るよ」
郁が驚きに目を見開く。
私の方にも来ようとする光の粒から離れるように、郁から距離を取る。
五人を見れば驚いたような、嬉しそうな、泣きそうな顔をしていて私は笑った。
「待って、名前さん残るって…ここに?」
「うん」
「この世界に、残るの?」
「そうだよ、郁。ここまでは、郁を送りに来たんだ」
信じられない、といった風な表情の郁に、私は頷く。
「確かに私は前に、この世界は私にとって辛かった、って…言ったよね」
郁が何度も頷く。
「けれど、想像したんだ。郁が、一緒に帰ろう、って言ってくれた時に…もとの世界に帰った時の、自分のことを」
「何か、ダメだったの…?」
「うん、何か、おかしかった、何かが、不自然だった…そしてそれは直ぐに、分かったんだ」
私は一度、五人を振り返る。
三郎の目から涙がこぼれ落ちたのが見えて、少し慌てた。
「もとの世界には、三郎も、雷蔵も、兵助も、ハチも、勘ちゃんも、居ない」
「名前…!」
泣いたまま私の名を呼んだ五人の声を背中で受けとめながら、にこっと郁に笑う。
――郁は少し悲しそうに私を見つめていたかと思うと、けれどうつむいて笑って…帯の間から、赤いかんざしを手に取った。
「それ、一緒に町に行ったときに買った…」
「そうよ、名前さんが買ってくれた、私の宝物」
そして私は気づいた。
郁の足元が光に包まれ、だんだんと消えていることに。
郁も気がついたらしく、少し慌てて、私を見上げる。
「名前さんが赤いかんざしに対する…トラウマみたいなものを教えてくれて、けれどやっぱりそう簡単に、身につけることは出来なかったわ」
「え、あ、ご、ごめん!」
「ううん、――ねえ、名前さん…悲しい記憶をね、悲しい出来事で消そうとしてもね、消えてくれないの」
「郁…」
「悲しみで悲しみは、消せない。積み重なっていくだけなのよ!」
腰の辺りまで、光が進む、郁が消える。
郁は涙を流したまま、私に必死に言葉をぶつけてくる。
「けど、楽しかったり、嬉しかったり…幸せな記憶はちゃんと、悲しい記憶を、塗りつぶしてくれるから…!」
私は歯を、食いしばる。
同じように、頬をあたたかいものが流れた。
郁が悪戯気に笑う。
「赤いかんざしに対する悲しい記憶は、私が、塗りつぶしてあげる、名前さん」
もう、胸の辺りまで消えかけながら郁は上げた手で、結わえた髪にかんざしを差した。
そして私を見上げると、綺麗に笑った。
「似合う?名前さん」
――天女様と呼ばれていた女は、闇にのみ込まれて、この場所から消えました。
――天女様などとは誰にも呼ばれずに、とてもよく笑う、至って普通の女の子は、けれど最後まで幸せそうに笑いながら、光の粒に包まれて、消えました。
「ありがとう、郁」
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