「一昨日は、六年生」
「昨日は四年生、だったね」
――三郎と雷蔵の部屋、部屋の主二人と、兵助、八左衛門、勘右衛門が集まり、部屋の真ん中で円になって座っている。
「そして今夜は、満月。あの女と名前が、裏山へ行くと言っていた日だ」
兵助の言葉に、ほか四人は歯を食いしばる。
「けど、実際のところどう思う。名前は確かに迎えに行くとは言ったけどよ、送りに行くだけの可能性だってあるんじゃねえのか?」
「そうだとするなら名前の、この二日間の行動はどういう意味を持つの?」
首を傾げた八左衛門に、勘右衛門は人差し指を立てる。
「名前が、帰らないっていう選択肢を取ったとして、でも名前は、学園を抜けるって言ってるんだ。それなのに、関係を修復?」
「…じゃ、じゃあ、名前が、帰る、って道を選んだとしての、ここ二日間の行動の意味は?」
「心残りを残さない、っていうか、名前の性格から考えて…名前は、優しいから…自分のこともそうだけど、俺達のことも考えて、後腐れなく別れる、っていうか…」
言いながら勘右衛門の目には涙が浮かんできて、唇が震えて言葉が揺れた。
「でも私も、考えたんだ」
真顔で、青ざめたまま兵助が言う。
「名前が帰るにしても帰らないにしても、名前は学園から、居なくなる。――私達から、離れてしまう」
「…私もそれは、分かっていた。けれどそんなこと、堪えられるわけがない…!」
――けれど、とどこかを見ながら口角を上げる三郎の頬を、涙が流れる。
「けれど、言うだろう?好きな者の幸せを、考えろって」
四人が唇を噛みしめる。
「名前にとっての幸せが、帰ることや、学園を出ることなら私達は、黙って、身を引い…」
そこから先は、言葉が続かなかった、続けられなかった。
――名前が自分達から離れていってしまうことを言葉にして、肯定してしまうことは、とても、出来なかった。
「――名前さんはよかったの?学園長先生や、他の人達に挨拶しなくて」
「うん、私は郁より先に、事情を説明しに行っていたからね」
「え、そうだったの?」
首をかしげる郁に頷く。
秋も深まってきた今日の夜、少し冷たい風が、つながれた手にあたる。
――郁は昨日、一昨日と続けて例の夢を見たらしく、もう郁のなかで帰れることは、確定しているらしい。
もちろん私だって、そうあって欲しいと思っている。
――郁は学園の先生達に昼間挨拶を済ませた。
生徒達に伝えてしまうと、特に五年生なんかは私の対応について問題になるから、生徒達には伝えないで。
私は後ろを振り返った。
「名前さん?どうかした?」
「ううん、何でもないよ」
けど、郁は天女様じゃない。
事務も、食堂のおばちゃんの手伝いもちゃんとした、普通の女の子だ。
伝えないで居なくなったとしても、もちろん悲しむ人は多く居るだろうけど…大丈夫。
「――さあて、着いたね」
「わあ、名前さん、ここ、綺麗ね」
郁の言葉に、にっこりと笑って頷く。
目的の場所は少し開けていて、空を隠す木が無い。
だから満月の夜の今日、林の中でこの場所だけが、スポットライトのように、優しい光に包まれている。
「名前さん、あの光…!」
けれど月の白い光の中でも一際輝く、光の粒が現れた。
郁が嬉しそうに、そして戸惑いがちに近づいていくとそれは、雪が柔らかい風に吹かれるように舞って、郁の身体にだんだんと、ついていく。
「ほら、名前さんも」
差し出された郁の手。
私はにっこりと笑った。
111229