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「#年下攻め」のBL小説を読む
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――次の日の夕方、私は六年生の長屋へと向かっていた。

少しの緊張をおぼえながら歩いていると、庭の方から、バレーボールが転がってくる。
足下にきたそれを見て、顔を上げると、固まっている七松先輩の姿。


「あ、こ、これ、七松先輩ので、すか」
「あ、ああ、そうだ」


ギクシャクと、ともすれば舌を噛みそうになりながら、お互いに会話する。
縁側に座り本を膝に置いている長次先輩からも、少し緊迫したような雰囲気がにじみ出てきている、気がする。

私はバレーボールを拾うと、七松先輩へ向かって足を進める。
そうしてボールを差し出して、スウ、息を吸い込む。


「あの、」
「おい小平太、お前今日は壊すんじゃねえ…ぞ」
「名字、どどどどうして六年の長屋に居やがる」


――意を決して言おうとすれば部屋の襖が開いて、食満先輩と潮江先輩が現れた。
そしてその部屋の中には立花先輩と、伊作先輩の姿も見られる。


「す、すいません」
「い、いやちげえ!五年だって、六年の長屋に来るよな!ああそうだ」
「あ、ありがとうございます。あの、私、お願いしたいことがあって…前に、稽古をつけてくれましたよね」
「俺とコイツと、小平太とでやった時のことか?」


首をかしげる潮江先輩に、変わらず緊張しながら、少し固く、頷く。


「私、最近怪我であまり身体を動かしていなくて、だからもし良かったら、稽古…つけてくれませんか」


先輩たちが、目を見開く。
伊作先輩は部屋の中で薬の調合をしていたみたいなんだけれど、千切っていた薬草か何かを一気にツボの中に落としてしまっていた。

するとバレーボールが引っ張られて、身体ごと向きを変えられる。


「名字、ありがとう、名字、バレーをしよう!」


嬉しそうに…言ったら悪いかもしれないけど犬のようで、ブンブンと振られる尻尾が見えそうな七松先輩の言葉に、私も同じように顔を輝かせて頷く。


「はい、ありがとうございます、是非お願いします!」
「ま、待て、小平太とのバレーは下手すりゃ稽古よりも危険だ、が、名字」
「はい、潮江先輩」
「俺からも、稽古の約束、その、なんだ…頼む」


私はにこっと笑って頷いた。

口を尖らせる七松先輩に潮江先輩が怒る中ずっと、食満先輩は自分の顔を手でおさえたまま、もう片方の手で私の頭を撫でている。
すると潮江先輩が食満先輩の頭を殴って、いつものような犬猿の仲が見られた。


「――伊作先輩」


――縁側へと歩いていって伊作先輩に声をかけると、伊作先輩は少し肩を揺らす。


「ど、どうしたのかな」
「あの、み、右目の様子を、診てくれませんか…稽古の約束もしてもらいましたし、そろそろ、治ってきたかと思って…お願い、出来ますか」


口を開いたまま私をぼうっと見ていた伊作先輩は、我に返ったようになると、慌てて立ち上がりこっちへ来る。


「も、もちろんだよ、僕は保健委員だからね!ほら名前君、早く座って座って!」
「はい、ありがとうございます」
「治りかけの患者に不運を発揮するなよ、伊作」
「仙蔵!僕は治療やら何やらの時は大丈夫だって!」


フン、と明後日の方を向いた立花先輩を、私は恐る恐る、と呼ぶ。
すると目だけでこちらを向いた立花先輩に、包まれた団子を縁側に置き、差し出す。


「…何だこれは」
「今日町で買ってきました、団子です。あの、前に先輩と町に行ったときに、結局団子が食べられなくて、」
「いらん」


一言で切り捨てられて、思わず目を丸くする。

右目の包帯を解いてくれている伊作先輩が、咎めるように立花先輩の名を呼んだ。


「私だって稽古ではないが、約束に似たものをしただろう、名字、だがそれは、団子を買ってこいというものではない」

「また私と町に来い」

「まったく、私を食い意地のはった奴みたいにするな」


目を丸くする私と、明後日の方を向きながらブツブツと話す立花先輩。
その頬が少し、赤かった。


「ん?この団子、食べていいのか?名字」
「え、あ、はい、どうぞ」
「名字、これは私へと買ってきたんだろう!」
「え、でもさっきいらないって言って、」
「それとこれとは話が違う」
「仙ちゃん食い意地はってるなあ」
「小平太、そこに直れ」


何やら始まってしまった騒ぎに目を丸くしながら、私はハッと長次先輩を見やる。
けれど直ぐに伊作先輩に顔の向きを戻された。


「あの、長次先輩、これ、貰ってくれませんか」
「…これは、香、か?」
「はい、前に先輩に香を譲ってもらって、そのままだったので…よかったら」


――数秒後、手のひらから香の重みが無くなって、ありがとう、という言葉と共に頭を撫でられた。

嬉しくて頬が緩む。

と、ここ数日間ずっと右目の辺りにあった窮屈な縛りがすべて、解けられた。

――ゆっくりと、まぶたを上げる。


「どう?痛みはない?」
「はい…はい、大丈夫です…あの、ずっと変な意地を…」
「言わなくて、いい」


謝ろうとすると、長次先輩にそう言われて、見上げる。


「あいこにしてくれるのなら、俺達が、礼を言うほうだ」


微笑んだ長次先輩に、私はにっこりと笑った。





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