「それは、本当なのか?郁、けれど、どうして」
――もう嫌だ、と…もとの世界に帰りたい、と泣いていた郁の姿が脳裏に浮かんだ。
それから経って郁は前よりも元気になってはくれたけど、やっぱり、出来ることならいち早く、もとの世界に帰してあげたかった。
だから郁から、帰れるかもしれないと聞いた今、私はとても嬉しくて思わず笑顔になっていて。
「あのね、今日、さっき、夢を見たの、でもね、夢らしくなくて…本当に、現実のことだ、って、目が覚めるまでは信じて疑いもしなかった」
興奮している郁に、促すことはせずに頷いていく。
「夢では、満月の夜で…私がこの世界に来たときに居た場所に居たの」
「郁が、現れた場所?」
「うんそうよ、林の中だけれど私、あの場所はよく覚えているの」
郁の言葉にまた頷く。
――私はもう、大分年月が経ったから…私がこの世界に来たときの場所を完璧に思い出せと言われても、それは出来ない。
ぼやけている部分を思いだそうとしても、そこには勝手に私の脳内補正がかかってしまうだろう。
けれど郁は、まだそこまで月日が経ってはいない。
それに、郁にとって、もちろん私にとってもだけど、この世界に来たときの心境も交えた光景は、印象的。
そんな場所をもう一度見たのなら、デジャヴのような不思議な感覚で、けれど完全に合致するのかもしれない。
「それで、私、夢のなかで光に包まれたの」
「…光に?」
「そう、光に。そして久しぶりに、もとの世界を見た」
郁は少し眉を下げる。
「もとの世界の光景は、でもあまり、思い出せなくて…それでも絶対に、あれはもとの世界だった」
けれど直ぐに、真っ直ぐな、強い意志を秘めた瞳で私を見上げる。
「希望的観測だって言われたら、それまでよ、でも、自分でも分からないけど、確かに私、帰れる気がした…!」
「郁」
「満月の夜に、帰れるかもしれないの…!」
郁の瞳を見つめ返した私は、そうして、夜空を見上げる。
星が散りばめられた夜空に、丸い月が大きく穴をあけていて。
満月だ、と言われればほとんどの者が肯定で返すくらい、欠けの無い月だ。
「けど今日はまだ、正確には満月じゃない。周期からいくと、満月の夜は――明後日」
「明後日…明後日が、満月の夜」
一人口の中で言う郁に、私も一人で、頷く。
すると郁が握りこぶしをつくった。
そしてそんな行動をたとえ郁が取っていなかったとしても、私には郁の気持ちが、分かっていた。
「名前さん、私、明後日の…満月の夜に、私がこの世界に来たときに現れた場所に、行くわ!」
私は郁の頭に手を置いて、にっこりと微笑んだ。
「うん、本当に、良かった…明後日の、満月の夜に…迎えに来るよ、郁。最後まで、郁の世話役をさせてくれよ、送りに行きたい」
けれど私とは逆に、郁はショックを受けたような顔をし、うつむいてしまった。
「郁?」
「…さんは…?」
「え?」
「名前さんは、もとの世界に、帰らないの…?」
郁の言葉に、心臓が重く跳ねる――と同時にどこか近くでガタッと音がしたから、驚いて振り返った。
けれど特に何も無く、そして誰も居なく、夜の空間が在るだけで。
私は数秒世界を眺めてから、郁に振り返る。
「郁…」
「だって、名前さんだってこの世界の人じゃないのよ?帰る可能性はあるわ!それに…そうよ、今日これから名前さんが、私と同じ夢を見るかもしれない!」
「あ…それは、どうだろう、その、諦めているとかじゃあなくて、ただ単純に、最近、眠れていないから…」
――まだ、近くを漂う血の匂いは、消えていないんだ。
これがいつまで続いていくのか、私自身にも分からないけど…多分まだ、深く眠ることは出来ない。
――今日の昼…合同任務から夜にかけてはずっと、深く、眠っていたけれど…。
その理由は、五人がそばに、居てくれたからなのかな…。
「好きなんだ、名前が!」
さっきの勘ちゃんや、そしてみんなの言葉を思い出して、思わず下唇を少し噛んで瞬きを数回する。
すると郁に首を傾げられたから、私は慌てて、なんでもない、と首を横に振った。
「それじゃあ夢のことは置いておくとして…名前さんは無いの?もとの世界に帰れるかもしれなかったこととか、そういう兆候とか…!」
「――さっき、夢の中で光に包まれた…って、郁、言ったよね」
頷く郁に、私はどんな顔をしたらいいのか分からなくて、とりあえず困って笑う。
「実はほんの、少し前…郁がこの世界に来たあの夜に、光に、包まれたんだ」
本当に?と意気込んだ郁は、嬉しそうだ。
「自分でもよく分からないけど、あの時確かに、私も、もとの世界に帰れるんだって、思ったよ。まあ、それから色々あってまだこの世界に、居るんだけどね」
笑う私に、郁は何になのか何度も頷く。
とても嬉しそうに。
「名前さん、一緒に、場所に行こうよ!一緒に、もとの世界に、帰ろうよ…!」
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