私、寝ていた…。
血の匂いが鼻をかすめて、睡眠薬でも寝れなくて…それなのに勘ちゃんの背中で、夜まで寝ていた。
勘ちゃんもきっと、私に気を使ってくれていたとは思う…けどやっぱりどうしても、歩く振動は、背負われていた私にもきたはず。
それなのに、ぐっすり…か。
ため息に似た息をついて、後ろを振り向く。
そこには月明かりと共にある木々と、そして獣道があって――今夜の任務も、先に帰っていてと言ったけど…この道の先に五人が待っていることは予想がついた。
「――よお、名前」
「こんばんは、鎌足さん」
――すると後ろで足音が聞こえたから振り返ればそこには、手をひらひらと振る鎌足さんの姿。
私は少し礼をしてから、懐にある巻物を取り出す。
「巻物の回収か…良かったな、今回の任務は」
――前回の任務で私は、命を殺した。
今回の任務は、巻物の回収。
そりゃあどちらがいいかと言われれば、後者。
だけど私は、忍者で――
「ツラくていいんだよ」
すると言われた言葉に、疑問符を浮かべて鎌足さんを見上げる。
「お前、前の任務のときに俺が、命を殺す任務がキツい任務だって言ったら、忍者だからって言っただろ」
「は、い…?」
「あの時はよお、また随分と割りきった考え方するガキだとも思ったけど、ちげえよな…お前は全然、割りきれてなんかねえ」
眉を寄せてうつむくと、鎌足さんは髪をかきあげて息を吐く。
「だから、ツラくていいんだって言っただろうが」
「…?だけど私は、忍者で」
「忍者である前に一人の、人間だろ…お前は」
困惑気味に鎌足さんを見上げれば、鎌足さんも真っ直ぐに私を見下ろす。
「それに忍者にだって、悲しんだり、ツラくなったりする権利はあるだろ…人間だ」
「…そう、思いますか…?」
「――命を自分の手で殺しても、何の感情も抱かねえ、負の感情を抱かねえ…それが忍者だってんなら、忍者に向いてる人間になんか、ならなくていい」
ハッと息をのむ。
「辛いことは嫌だ、それに、苦しい…けどよ、命ってのは重いもんだ」
「は、い」
「――俺達が命を殺すとき…その対象には色んな奴が居て、何も世間的に悪いやつらばかりじゃない…同じ忍者や、侍や…戦うことで生きている奴らも居る」
鎌足さんは巻物を持った手…指がひとつ足りない手を見下ろす。
「ソイツらを殺して、自分が生き延びて…けれど自分がなんの感情も抱かねえとしたらそれは、自分が殺した命を軽んじていることにもなる」
――すると巻物を懐にしまった鎌足さんは私の頭を撫でると、髪を引っ張って、私に、上を向かせて
「おいガキ、ツラさを、無視してやるなよ」
「鎌足さん…」
「受けとめて、そして強さにして――生きていけ」
――じゃあな、と言って、鎌足さんが鼻歌でも歌いそうな足取りで去っていく。
私も、月明かりに照らされるその黒い背中を、見送ることはしなかった。
自分から、自分の足で振り返って、歩いていかなきゃいけない、と…そう思ったから。
111221