結局、昨日はあまり寝られなかったな…血の匂いが消えなくて、ずっと、薄くだけど気が張ってて…眠りに落ちたかと思えば、夢見は最悪…。
そして起きて、また浅い眠りに入って…結局、寝ることが疲れたから起きることにしたけど…。
「――名前さん」
「ああ、郁…お疲れさま」
――郁のお世話役という名の私は、郁の部屋の前の縁側に座っていた。
その間、郁は昼ごはんの手伝いをしていて。
――そうして戻ってきた郁がおにぎりを乗せた皿を持っているのを見ると、郁は私の視線に、その皿を差し出してきた。
「はい、これ、名前さんの」
「私の?」
「うん、お昼ごはん…食べてないわよね…?」
皿を置くと、それを挟んで隣に座った郁に、私は苦笑いに似たふうに笑う。
「郁はよく見ているね」
「うーん、まあ名前さんが来なかったら、気づくわ。ほかの誰かが来なかったとしても、同じように気づく確証はないけど」
「そういうものなの?」
「そういうものなの」
よく分からないけど、胸を張って答えた郁に、笑う。
でも少し、眉を下げた。
「ごめんね、郁、けれど今私、食べられなくて…」
「えっ、ど、どこか具合でも悪いの?それならお粥でも作ってくるけど」
「いや、違う違う…あの、手がね…使えないというか、使いたくないというか」
血の匂いが消えないのと同じように、たまに手を濡らす、赤い液体が見えることも変化はなくて。
そんな状態でご飯を食べることは、出来ない。
「手…怪我?どこか痛くて、上手く動かないの?」
「うん、まあ…そんな感じ」
――昨日の五人の反応もそうだったけど…郁にも、無駄な心配はかけたくない。
「じゃあ私が食べさせてあげるわ!おにぎりで良かった」
「え、い、いや大丈夫だよ郁、わざわざ…」
「ダメよ名前さん、ちゃんと食べなきゃ」
郁は私より歳が一つ下にも関わらず、時たま母親のようにも思えるよ…。
言ったら、この前みたいに老けてるやら何やらとなりそうだから、止しておくけど…。
クス、と少し笑ってから、はい、と私に向かっておにぎりを差し出す郁の手元に、顔を寄せた。
「――美味しい」
「本当?よかった」
「これ、郁が作ったの?」
「うん、そうよ」
「そっか…ありがとう、本当はお腹空いてたんだ」
「――フワア…眠い」
「名前さん、少し隈が出来てるわよ。昨日、寝れなかったの?」
――郁の作ってくれたおにぎりを食べ終えると、眠気が身体を襲ってくる。
フウ…と息をついてから、柱に左肩を預けた。
「そう、昨日、任務があって…よく、眠れなくて…」
じわじわと身体を侵食する太陽の光があたたかくて、眩しくて、瞼を下ろす。
「昨日は、本当に眠れなくて…香も、効かないし…」
「香?」
「うん、五人からもらった、凄く落ち着く香りの…」
「――…ねえ、名前さんは…その五人に、自分が、この世界の人間じゃない、ってことは…」
「もう知られているよ」
フワ…とまた欠伸をする。
「それって、やっぱり、名前さんが自分から?」
「ううん、ほとんど事故みたいなもので知られたよ」
「…自分からは、言わなかったの?」
ボヤけている郁の言葉を、ゆっくりと咀嚼して。
「五人と仲が良くなって、五人が大切になってから、言いたくなった…でも大切になったからこそ、拒絶されたり、畏怖されるのがこわくて、言えなくなって…」
そこで私はバッと身体を起こした。
はっきりとした瞬きを繰り返すと、私と同じように少し目を丸くしている郁を見て
「寝惚けていた」
「え…え?」
「今私、何か喋っていた?」
ぼうっとした意識の中、何かもごもごと喋っていたような…と言うと郁は笑った。
「本心が聞けた気がするわ」
私はそんな郁の言葉に、首を傾げた。
111214