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「この前、話をしたよね…この怪我を受けた、戦の話」


郁はしっかりと、少し固い面持ちで頷く。

だから私は笑って「リラックスリラックス」と、繋いだ左手をわざとブンブン振った。


「それで、朝方…なんとか意識もあって、感覚のあまり無い身体を引きずって歩いていたら…もう、死んでいたのかそれとも気絶していたのか…地面に倒れていた忍者につまずいて、転んだ」
「う、ん」
「そうして…見たんだ…その忍者がつかんだ、桃色の、かんざしを」


郁の手に、ビクリと力が入った。


「血まみれの忍者が握りしめていたかんざしは、ところどころ、血で赤かった」
「名前、さん」
「かんざしなんて、戦場じゃなんの武器にもならないから…あれはきっと、あの忍者の大切な女性のもの」


ギュウ、と握りしめられている手とは対照に、私は、息をついて空を見上げた。


「戦場で、それこそ、終わりごろの明け方…長い時間、戦に身をさらした私の頭にはもう、目の前のなにかを斬ることしか無くて…」


少し、自嘲気味に笑う。


「それこそ、同じだった。この世界に来たとき、私を殺そうとして…そして私が殺した、あの忍者と。――ホラ、そんなに力を入れていると郁が痛いよ」
「あ、ご、ごめんなさい!」


まるで強く握りしめたまま固まってしまったかのような繋がれた手に、笑って言った。


「それで、目の前の何かを斬ることしか考えていなかった私の頭に、突然、外の世界が飛び込んできた」
「外の、世界…」
「うん、妙な話だけど私はあの時、あの忍者がかんざしを握りしめているのを見てやっと、命を殺していたことを、実感した」


――ただ、斬るべき対象だった「何か」が、かんざしという、たった小さなものによって、その「何か」にも生活があり、人生があるんだと、実感した。


「私は、あの戦で、多くの命を奪った。そして、多くの人生を終わらせた。そして、その者に関わるすべての大切な人に、ツラさをもたらした」
「…そんな、こと」
「到底、背負いきれるものじゃない」


でも長い間、戦にさらされて感覚が麻痺して…人間を、斬るべき「何か」としてしか捉えられなくなっていたあの状態じゃないと…私はあんなに、誰かを斬れなかった。


「あの状態になっていなかったら、私はあの戦で、死んでいたんだ」










「――それでね、郁、学園に戻ってからなんだけど」


――急に話題を変えた私に、郁は少しぼうっと返事をしてから、我に返ったように慌ててもう一度返事をする。

私はそれに笑いながら


「前にも言ったように夜は私は任務があるから、学園に帰ったら色々と用意をしなくちゃいけないんだよね」


そこで空を見上げると、郁もつられて上を向く。
空の端はまだ夕日があるけれど、真上はもう、青暗くなってきている。


「だから学園に帰ったら…郁はお土産を配るの?」
「うん…そうね、そうしようかな。早いうちに配っておくわ」
「私がいなくても大丈夫?」
「もう、名前さんってばまた子供扱いして」
「いや、学園は結構広いからね」


そうして学園の門を開けてくぐり抜け――思わず足をとめた。


「名前さん…?」


私のあとに続いて門をくぐった郁は首を傾げて、けれど私の前に立つ人影を見上げて、小さく声を漏らした。


「本当に大切で大事な人が五人、いるんだ」


黒の忍服を来た、五つの人影に。





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