優しい世界で生きなさい | ナノ
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「ねえ名前さん、あのお店、見てもいい?」


町をぶらぶらりと巡ったところ、化粧道具や小物入れなど、いわゆる女物が集まった店を指差した郁に、頷く。
顔を輝かせると走って行く郁のあとに続きながら、私は右手にぶら下げた袋を見た。


女というものは大抵、買い物が好きなのかな。
団子に饅頭にせんべえに…まあ、これが全部、郁のためのものじゃなくて、学園長先生や食堂のおばちゃん、そして他の先生達へのお土産だっていうのが、微笑ましい。
そしてどれもこれもが食べ物だというのも、また面白い。


「どうしようかしら…」
「何が?」
「スゴく気に入った物があるのだけど…買おうかどうか」
「買いなよ、さっきから郁、自分のものを買っていないだろう?」
「うん、でも…似合わなかったら、もったいなくて…」


私は思わず笑った。


「そう気にする必要なんか無いのに」
「うーん…名前さん、お願い、見立てて!」
「私でいいなら…」


バッと両手を合わせて拝むように言ってきた郁に、また笑いながら頷こうとして――思わず、息をのんだ。

郁が手にしていたのは、桃色の、かんざしで。

――戦場での、忍者が握りしめていた、少し血に濡れた桃色のかんざしが一瞬うつる。


「っ…」
「名前、さん…?」
「あ…ああ、うん…すごく似合うと思うよ。郁は髪も栗色で、桃色も柔らかいから、合っている」
「…そう、かな…?」
「うん、それじゃあこれは、私がプレゼントするよ」
「えっ!い、いい!いい!」


慌てて手を横に振る郁に、私は笑って


「私はこう見えても結構稼いでいるんだよ。――あ、お姉さん、これ一つください」
「待って、名前さん、待ってぇえ…!」










「――アリガトウ、ゴザイマス…」
「どういたしまして、けど、気にしないでね」
「ハイ…」


結局買ってもらったかんざしが包まれた和紙(これもまた可愛い)を左手で握りながら、名前さんにお礼を言う。

名前さんは右手に学園の人達へのお土産を持ちながら、私の返事に笑う。
――けど、その目は直ぐに細められて、平成の世ではあまり見られなかった、建物も何も無く、地平線の先に満足そうに存在する夕日に移されるのだ。


「うーん…名前さん、お願い、見立てて!」
「私でいいなら…」


――名前さんの様子が少し変わったのは、このかんざしを見たときから。


「っ…」
「名前、さん…?」


顔を強張らせて、息をのんで…直ぐになんでもない風に取り繕ったけど…やっぱりおかしい。


私は、和紙に包まれたかんざしを少し握りしめて


「ねえ、名前さん…」
「ん、どうしたんだ?」
「あのね…買ってもらったかんざし、あるでしょう…?」


うん、と頷く名前さんの表情は、特に変わった様子は見られない。


「それを見たときの名前さん、なんだか変だったから…どうしたのかな…って」


でも、私の右手、そして名前さんの左手。
繋がれた手に、一瞬だけ、不自然に力が入った。


「き、気のせいだと思う」
「…名前さんって、ウソ、下手よね」


グッと焦ったように言葉を詰まらせた名前さんに、笑いながら、でもしっかりと首を横に振る。


「言いたくないことなら、言わないで、名前さん。私はただ、名前さんの様子が変で、それで少し…悲しそうだったから」


繋いだ手に力を入れて、にこっと笑った。


「でも、言うことで名前さんが辛くなるのなら、それこそおかしいもの。だから、気にしないで」
「――…郁は、とても優しい子だね」
「名前さん、その言い方、なんだか私がすごく子供みたい!歳、一つ下なだけよ」
「ああ、そうだった?それにしてはしっかりして…」
「今度は老けてるって言いたいの?名前さん」


ほ、褒めてるのになあ…と頭を掻いた名前さんは少し視線を下に向けると、薄く微笑んで


「少し、暗い話になるけど…大丈夫かな」


そのまま私を見た名前さんに、私は、うん、と頷いた。




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