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「ねえ、名前さん!」
「お、おお、どうしたんだ」


休日、郁の部屋へと向かうと、庭をグルグルとせわしなく歩いていた郁はどうやら私を待っていたらしく、私に気がついた瞬間顔を輝かせた。


「あのね、私、危機感っていうか、そういうので責められるかもしれないけど、あのね、私…町に行ってみたい!」


ポカン、と目を丸くする。


「この前ね、食堂のおばちゃんが、よく働いてくれるご褒美にって、町で評判の甘味処のお饅頭をくれたの。それがすっごく美味しくて!」
「そうか、それはよかった。確かに町には郁にとって色々気になるものもあるだろうし、楽しめると思うよ。行ってみようか!」


わっと顔を輝かせた郁は、けれど直ぐに照れくさそうに縮こまって


「ごめんなさい、のんきで」
「どうして?私は嬉しいよ、郁が元気になってくれて」


すると郁は嬉しそうに笑う。


「私がこうして少し楽になったのは、名前さんのおかげだからね」
「私の?」
「そうだよ、昨日、一人じゃない、って…同じだって、教えてくれたでしょ?」


にこっと笑みを深めた郁に、私もにっこりと笑み返した。


「――それじゃあ、着替えようかな」


休日ながらも、特に用事は入れていなかったし、どうせ夜に任務があるからと忍服だった私は自分の格好を見て、そして悪戯げに郁を見る。


「少し待っていてよ」


うん、と頷いた郁は、けれど直ぐに首を傾げる。

私が部屋に戻るわけでもなく、ただ、木の方へと歩いていったから。
――けれど、木の裏を通りすぎた時には私の服装は、楽な着物に変わっていて。


「ええーっ!」
「はは!そう素直に反応してくれると嬉しいね」
「何、今の…名前さん!忍者…スゴい!」
「とは言っても、私のこれも三郎のを」


はた、と止まる。


「あ…もしかして、五人の、誰かのこと…?」
「ああ、うん、そう…変装名人で、あんまり変装を教えてくれないんだけど…いつも見てたら、何となくだけど…」
「名前さん…」
「はは、あはは、うん、だからその…三郎の真似っこだからね、まだまだだよ」


フウ、と何かを拭い去るように息を吐いた私は、ニッと笑った。


「さて、行こうか、郁!」
「…うん、名前さん!」










「――ねえ、名前さん」
「ん?」
「名前さんは別に最初から、私、だったわけじゃあ、ないのよね?」
「ああ、一人称のこと?」


うん、と頷いた郁に、私は笑う。


「そうなんだよ、最初は、俺、だったんだ。でも昨日言ったように、私がこの世界に来てから関わった人は、忍隊長や城の人でね。大体みんな言葉遣いが丁寧で、私は必死にそれを真似したんだ」


なるほど…と興味深げに腕を組む郁に、また笑う。
――するとそんな郁の身体が傾いて、咄嗟に支えた。


「大丈夫?」
「ご、ごめんなさい名前さん、まだ草履になれてなくて…石につまずいたわ」
「確かに、それに学園よりもさらに歩きにくいしね」


平成とは違って、整備なんてされていないここの道。

私は足元に転がる少し大きな石ころを軽く蹴ると、笑顔で郁に手を差し出した。


「えっと、名前、さん…?」
「私の手につかまりなよ」
「…名前さん、モテるでしょ、平成でもモテたでしょ」





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