合同任務の、次の日。
一日の授業も終わって、夕飯までの、ほかの生徒は委員会活動をしている時間。
郁の世話役という私は一度食堂に赴いて、居なかったので郁の部屋に向かった。
――音もなく土の上を歩いていると、縁側に座って、うつむいている郁の姿が。
「もう、帰りたい…!」
郁は、泣いていた。
顔を手で覆って、肩を震わせて、涙を流していた。
「――は…?どこだ、ここ」
「おとうさん…?」
「おかあさん…!」
その姿が、数年前の自分とかぶる。
「郁」
「あ、名前、さん…!」
「大丈夫だよ、郁、大丈夫」
――数年前のあの時、そう、言って欲しかった言葉。
自分は誰をも知らなくて、そして誰も、自分を知る者がいないこの世界。
それはひどく、こわいこと。
「郁は、一人じゃないよ」
目を見開いた郁に、優しく笑って、その震えている身体を抱きしめる。
「私がいるから」
「――名前さんも、私と同じ…なんですか?」
心底驚いている、という表情の郁に、笑って頷く。
縁側に座る郁の隣に腰を下ろした私は、促されるような視線に口を開く。
「私は、小学校二年の時に、いきなりこの世界に来させられたんだ」
「小学校…二年…!」
「け、けどこんなの参考にならないから、ただの私の出来事として聞いてね」
サアッと青ざめた郁はきっと、小学二年からこの世界に居て、そしていまだに帰れないでいる私と、自分のこれからを重ねたんだと思う。
「そしてその時私が現れた場所は…戦場だったんだ」
「……」
「と言っても、戦が終わりかけた朝方のことだから、真っ只中に放りこまされることはどうにか避けられたよ」
もし戦の最中の場だったら、私は彼処で死んでいた。
言うと、郁が息をのむのが分かって、慌てて謝る。
「ごめん、郁を恐がらせたいわけじゃないんだ」
「う、うん、大丈夫よ。でも…それで…?どうやって名前さんは、生きてきたの?」
「うん、それで…それでもやっぱり場所は戦場だから、まだ忍やらが居た」
「なに…するんだよ!やめろ!こっち来るな…!」
「平和な世界からいきなり戦場へと連れてこられた私はもう、何が何だか分からなかった。けど、そんな私よりも自我を失っていたのが、その戦でボロボロになった忍で」
「今ではもう、その忍がどんな顔をしていたかなんて覚えていないよ。でも、目だけはまだ、覚えてるんだ」
動くもの全てに斬りかかろうとする、焦点の合っていない目。
「っ、いやだあああ!!」
「そうして殺されそうになって私は…何も考えていなかった、ただ、死にたくなくて」
「近くに落ちてあった血塗れの刀をその忍に向けた」
「殺す気なんて、なかった」
脳裏にうつる過去の情景を見ながら話していた私は、フッと顔を上げると郁を見て
「一番初めに、私は夜は居ないと言ったよね」
「う、ん」
「それは私がとある城の忍隊に所属しているからで――その忍隊の隊長が、その時その戦場に居て、その光景を見ていたんだ」
――私が光の粒から現れるところから見ていた、と言った彼は、何を知っているのか知らないのかは分からないけど、この世界で生きていくことを教えてくれた。
「いいか、子供よ。生きたければ力が必要だ」
「忍になるためではなく、生きるために、ここでは力が必要だ」
「そして私はここ…忍術学園に入った…生きる術を、身につける為に、ね」
「生きる、術…」
「うん、だから私は別に将来忍者になるとは思ってないんだ。その隊長も、今は学費のためにお世話になっているけど、将来は好きにしろと言ってくれているしね」
すると郁は、グッと唇を噛みしめたかと思うと、顔を逸らしてうつむいた。
「郁…?」
「それじゃあ名前さんは」
「うん…?」
「名前さんはその怪我が治ったら、学園を出ていってしまうの…?」
111204