呆然としている女と、同じく呆然としている私の視線が真っ直ぐにぶつかり合う。
そしてその一瞬、頭の中のどこかで、微かにだけど、
「――天女様だ…」
あの女が学園に来て、上級生が変わってしまった、今日までの数週間のことが思い出されて、少しだけ指の先が震えた。
「…!待って、ハチ…!!」
けど、ハチがクナイを右手にその女へと向かっていくのを見て、
「なに…するんだよ!やめろ!こっち来るな…!」
自分がこの世界へ来た時のことが頭を過って、慌てて声を上げた。
目を見開いた女の悲鳴と私の声が、かぶる。
「――そこまでじゃ」
――――ハチのクナイは、女を囲うようにして立ち並んだ、学園の先生達の一人によって、止められた。
その中心、女の前に立つ学園長先生が笑顔を見せる。
「八左ヱ門、また同じような者が現れた今の状況で、お前が取った行動は確かに分かる。じゃが、このお嬢さんは、また違う人じゃ」
恐怖からか、そして安心からなのか、女は小さくて高い悲鳴を力無く上げると、気を失ったらしい。
他の先生が、その女を受けとめた。
「――それから、名前」
すると学園長先生の、少し怒っているような、強めの声音に、私は少し顎を引いて学園長先生を見る。
「何やらお前は学園を出るだのなんだのと言っておったが――学園長であるわしの許可無く学園を出ることは、許されん」
「…それなら、許可を、下さい」
未だに私を抱きしめたままの腕に、力が入る。
嫌だ…!と三郎が言った。
「それはならん」
「…どうして、ですか…学園長先生も、分かっていますよね、私が学園に入った理由を…」
「確かにお前はもう十分に強い。じゃがしかし今、お前は怪我をしている」
「…………」
「その状態でお前を学園外に出すのは、教師としても、出来ないからのう」
学園長先生は、いつもの思いつきを言う時の、悪戯っ子のような笑顔を見せた。
「名前、お前の怪我が治るまでの間、このお嬢さんをお世話するのじゃ」
――これには、私も驚いて目を丸くしたし、三郎達もそうらしく、後ろから驚いた声が漏れていた。
「私が、その人、を…?」
「うむ、大丈夫じゃ、わしに人を見る目はある。それに幻術にかからなかったお前になら安心して、世話をさせられる。――学園を出ていく出ていかないは、まずお前の怪我が治ってからでも遅くはないじゃろう」
にっと笑う学園長先生に私はフッと身体の力を抜くと、ゆっくり、頷いた。
私を抱きしめたままのみんなが、私の名前を呼ぶ。
「さあ、学園に帰ろう。生徒達には上手く誤魔化しておいたからの、心配いらん」
そうして笑い声を上げると、学園長先生は、先頭を切って歩いていく。
「名前…」
「…自分で、歩けるよ」
戸惑いがちに名前を呼んで支えようとしてきた五人に、けれど私は顔を歪めながらそう言って、痛みとダルさに纏われる身体を引きずって、歩き出した。
――五人を傷つけてしまったかと思うと、自分まで心臓が痛んだ、だけど、やっぱりまだわだかまりがあって…。
それに、私は怪我が完治すれば学園を今度こそ、抜ける。
もう覚悟は決めたから、いいんだ、これで…もう覚悟は、決めたんだから…。
――学園に戻ると、結局私は、牢から逃げた女を捕まえに行った、ということになっていた。
そして私が戦場で受けた傷は、その女から受けた傷に変わっていて。
流石にあの女に私がここまで傷を受けたという設定には自分自身で目を丸くしたけど、女の幻術の件も作用してか、みんな多分、信じていた。
111203