「名前先輩!」
「…お、滝夜叉丸、戦輪の練習か?」
「はい!っ、あ、あの、名前先輩」
「どうしたの?」
「も、もしよろしかったら、私の戦輪使いを見ていただけないでしょうか…!」
「え、私でいいのか?」
「名前先輩がいいんです!」
「そっか、滝夜叉丸の戦輪使いは綺麗だから見るの好きなんだよ。私こそありがとう」
「……!」
――滝夜叉丸の指から放たれた戦輪は、綺麗な放物線を描き葉を数枚切って戻る。
次に投げた戦輪は不規則に回転して、葉を細かく刻む。
「いやあ本当、凄いよな。私だったら戻ってきた時に指切りそうだよ」
「す…凄いですか…?!」
「うん、凄いよな」
少し頬を赤くして、凄く嬉しそうに笑う滝夜叉丸に、私も笑顔になる。
「滝夜叉丸、おいで」
ぽんぽん、と自分の隣を叩いて滝夜叉丸を見る。
頬を少し赤く染めて戸惑うように視線を泳がせる滝夜叉丸に再度促せば、遠慮がちに座った。
私は艶のある滝夜叉丸の頭をふわふわと撫でた。
「…名前、先輩…」
「んー?」
「あのっ、な、何を…」
「滝夜叉丸は綺麗な顔立ちだから、照れてる時の可愛さが際立つよなあ」
「なっ…名前先輩!」
「あはは、照れろ照れろ」
すると後ろから足音が聞こえてきて、名前を呼ばれた。
「――ああ、喜八郎」
「こっち来てください」
…まさかまた塹壕に落とそうって魂胆か。
滝夜叉丸から手を離して、喜八郎の前に歩いていく。
土を踏み締める感触。
…?
落とすつもりじゃ…?
土がいつもみたいに、掘った後のようじゃない。
と、喜八郎がお馴染みの鋤で地面をとんと叩いた。
――瞬間、
「うわっ!」
やられた!
ざっと足元が無くなる感覚。
「喜八郎!」という滝夜叉丸の怒ったような焦ったような声が聞こえる。
見上げると、ひょっこりと顔を出した喜八郎と、少し遅れて滝夜叉丸の心配そうな顔。
「名前先輩、大丈夫ですか?!喜八郎、お前という奴は…!」
「滝夜叉丸、私は大丈夫だよ。…喜八郎、塹壕掘るの上手くなったな」
「名前先輩、今回のターコちゃんは三段階なんです」
「…?」
「まずは衝撃が無いと落ちないようになってる事、それといつもより深いこと。もう一段階は」
すると喜八郎が飛んだ。
思わず口を開いて見上げている間に――
「分かりましたー?」
「…よーく」
喜八郎は私の上に、落ちてきた。
あはは…喜八郎くん。
いくら喜八郎がふにゃんふにゃんしているからといって、流石に上から落ちてこられるとキツイです。
ていうか喜八郎、三段階目がこれだって思って掘るならもう少し広く…。
狭くないかな、これ。
きゅうと首に手を巻き付かれ頬を寄せられる。
ああでも、うん、やっぱり可愛いよな。
狭いけど。
「何 し て る ?」
…おいおい、何だその地獄から這い出るかのような声は。
顔が怖いよ、三郎。
雷蔵の顔を借りてるんだから笑顔で…って、あれ?雷蔵?笑顔なのに目が笑っていないよどうしたの。
え、なに、二人共怒ってる?よな?なんで?
「ハチ、兵助、勘ちゃん」
「お、名前見っけたのかー…、……」
「ハチ?どうし……」
「?………ああ、…」
え、ちょっと何その反応。
あと勘ちゃん久しぶり、昨日居なかったけど学園長のお使いにでも行ってたの?
「綾部、今すぐ名前から離れろ」
「ちょっと三郎怖いよー、僕達先輩なんだから…優しくしないと」
いや、三郎も雷蔵も怖い。
「名前…」
「兵助耐えろ。毒虫は俺が捕まえてやるから」
「ほら兵助、そんな顔しないで?」
ちょっとハチ、毒虫って誰のことだ。
虫取り網なんか出して何するつもりだよ。
……いや、やっぱり聞かない方がいいかな。
「名前先輩」
「、ん?」
「怖いです」
ぎゅうっと首元に顔を埋めてくる喜八郎。
その頭に手を置くと、上から声が飛んできた。
「あああああ!名前!」
「名前!騙されないで!」
「そいつ笑ってる!」
「名前から離れろよ!」
「うわああああー!」
なんだこれ。
五人共どうしたの。
「名前先輩」
「ん?」
「先輩って美味しそうですよね」
「…えっと…?」
何言って…?
喜八郎の唐突さには馴れたけど、美味しそう?
私、一応君と同じ人間だよ?
……はっ、まさか人食…なんて、まさかそんな
――がぷり
「っ?!」
「あ、あああああ…!」
「名前が、名前の、が、首に…!」
「―――っ!」
「なっにやってんだテメエえええ!」
「あああわわ、あわああ」
がぷりと首を食べられて思わず体が揺れた。
そして息をのんだ。
ま、まさか本当に食人…?!
って、うわ、
「喜八ろ、くすぐった」
「んー」
「ちょ、き、はちろ」
食べられる…!
まずは舐めて味見ってやつか…!
と、しゅるりと縄が喜八郎に勢いよく巻き付いた。
ぐんっと引っ張られていった喜八郎。
「す、すいませんでしたぁあああ!」
遠ざかっていく滝夜叉丸の声と見えなくなる喜八郎の姿に、納得。
ありがとう滝夜叉丸…ていうかさ、
「「「「「名前」」」」」」
ああもうどうしたんだよ。
――…私、知らなかったよ。
「〜〜〜っ…」
まさかこいつらまで食人だったなんて…!
三郎と雷蔵の部屋。
指を絡められ腕を絡められ足を絡められて。
そして、首元に顔を埋められて好き勝手に噛んだり舐めたりされている。
「…なあ皆、そろそろ止めてくれな」
「「「「「やだ」」」」」
即答だよ。
タイミングばっちりだよ。
って、いうか、
「くすぐった、っ…」
私の首なんか舐めたりして何がいいんだ。
しょ、食人だからか……よし、ここは夜ご飯で釣る作戦を実行しよう。
「夜ご飯食べに行こう!」
「「「「「やだ」」」」」
「…皆、いくら食人だからって野菜とか魚とかも食べなきゃ栄養が」
「は?食人?」
「ふふ、何言ってんの名前」
「え」
「私は豆腐が好きだ」
「兵助、俺は?」
「勿論ハチも大好きだ」
「へへ、俺も」
「兵助、兵助っ、私は?」
「勘ちゃんも好き」
「ふへ、私もー」
うわあ、私何処かに行きたい。
こんな五人がラブラブな所になんで私が居るんだ。
ていうか食人じゃないのか?
「ならなんで私の首なんか舐めてるんだよ」
「美味いから」
「や、やっぱり食人…!」
「こら三郎。紛らわしい言い方しないの」
「私達は消毒してるんだ」
「ま、美味いっていうのは合ってるけどな」
「ハチ、名前また勘違いしちゃうよー?」
消毒?美味い?
ああもう訳が分からない。
まあとりあえず、機嫌が治ってよかったよ。
10/08/27.