――うわ、私はじめて、「天女様」と話したよ。
…わたし、どうしてかな――やっぱり「天女様」は…あの女は、好きじゃない。
小松田さんに用事があったから事務室に行ったけど、天女様に会って……土井先生に呼ばれていて良かった。
「ひッ…ぅ、ふぇ…」
「うわああん…!」
「せんっ、せんぱい…!」
――?
誰かが、泣いてる…?
中庭のほうから聞こえた泣き声に、眉を寄せて、小走りで場所へと向かう。
縁側を伝い向かって、角を曲がれば見える、その場所に。
「――どうしたんだ…?」
泣いている下級生が、居た。
一年生はボロボロと泣いて、二年生は涙を浮かべながら必死に唇を噛みしめて…、三年生はそんな後輩を宥めている。
すると孫兵が私に気づいた。
「名前先輩…」
「いったいどうしたんだ?」
「…先輩たちが委員会に、来なくなってしまって……それで昨日、捜してみれば、どの委員会の上級生も、あの女の所に…」
「――委員会にも……来なくなったのか、みんなは…」
流石の事態に驚きを隠せないでいると、乱太郎がわたしの腰へと抱きついてきた。
「名前先輩っ…!伊作先輩が、委員会に来なくなっちゃいました…!」
「乱太郎……」
ぐしゃぐしゃに泣く乱太郎と目線を合わせるようにしゃがんで、そのフワフワとした栗色の頭に手を優しく置く。
「――名前!」
すると聞きなれた声がして――振り向けば、三郎、雷蔵、兵助、ハチ、勘ちゃんら五人の姿が。
そして五人に守られるように中心に居る、天女様。
――何か嫌な予感がする…。
「…なんだよ、みんな」
「なんだ、じゃないだろう」
「名前がこんなことするとは、思ってなかったよ!」
「…?なんの話を…」
「愛さんを、突き飛ばしたんだろう」
――まったく身に覚えのない言葉に、一瞬、固まる。
「愛さんから聞いたんだ」
「こんなに怖がってるんだよ、愛さん」
さっきから妙にびくびくしていた天女様を見やると、天女様は大袈裟に肩を揺らした。
その様子に三郎達が慌てて天女様へと言葉をかける。
わたしは少し、ムッと眉を寄せてから、笑った。
「天女様って、中々いい性格してるんだね。――有りもしないことを簡単に、造り上げるなんてさ」
「名前、お前…!愛さんが嘘ついてるって言ってんのかよ…?!」
「 そうだよ、ハチ」
「名前こそ、嘘つかないでよ!愛さんがこんなに震えてるのに、嘘なはず…!」
「これは驚いたよ、天女様は演技も上手いんだ」
――まだ、天女様が忍術学園に来たばかりのとき…私は、みんなが、五人が誰を好きになろうと、それは応援すべきことだった。
大事な友達の恋路は、誰だって応援してやりたいものだと、思うんだ。
でも私は、こんな嘘をつく女とみんなを――なんて、嫌だ、嫌だよ…!
「三郎たちは別に、その現場を、状況を、見ていたわけじゃないよね?なのにどうして、天女様の言うことだけを、涙だけを、信じるんだよ」
なあ、やっぱりみんな、最近おかしいよ。
天女様が来てから…おかしいよ、どうして――
「どうして五人とも、下級生が泣いていることに、気がつかないんだよ……?」
天女様だって、確かに今、泣いているよ。
でも、下級生だって何人も、確かに今、涙を流してる。
なあ……どうして…。
みんなはいつでも、後輩を大事にしてた、困ってる後輩が何人居たとしても、その全員の話を聞いていた。
なのに、どうして…どうして今は、天女様のことしか、見えてないんだ…――?
すると五人は、天女様を宥めていた手を止めて、驚いたように下級生を見た。
わたしは何故だか、五人の瞳に、色が戻っていくように見えた――。
「そんなにみんなを責めなくてもいいじゃない…!!」
――でも、天女様の言葉で、また、色を失っていくように、私には見えた。
「名前くん、私のことを突き飛ばして…ううん、それはまだいいわ!でも、三郎達のことまで責めて…!」
「――――黙れよ」
――わたしは、今聞こえた、低く冷たい声が、私の近く、つまり下級生の誰かから聞こえたから、目を丸くした。
でも、天女様はわたし以上に驚いているみたいだ。
「ま……まごへ、くん…?」
「黙れよ、気安く私の名前を呼ぶな」
その声の主は、どうやら孫兵だったらしい。
思わず、え、と言って振り返ると、孫兵はわたしを見あげてにっこりと笑った。
「――お前ら、何してる」
「 土井先生!」
すると右の方から、土井先生がきた。
うわ、土井先生ってばまさに救世主だよ、これ。
流石、だてに一年は組の担任をやってないな。
「 名前、私の部屋に来いと言っていただろう」
「そうでした、すいません」
「ったく……さあ、お前らももう戻れ」
土井先生の言葉で、私たちは散り散りになった。
111012