「……何なんだ、あれは」
「わ、分からないよ」
「名前の…物か?」
「…名前のじゃなくても問題だけどな」
「……とりあえず、名前と話そうよ」
名前の部屋で血濡れた黒忍服を見つけてしまった三郎、雷蔵、兵助、八左衛門、勘右衛門は、お馴染みの双忍の部屋に居た。
勘右衛門の言葉に、固い表情や泣きそうな表情で立ち上がる。
「――名前…、」
「お、みんな」
名前の部屋に再び行くと、至って普通な様子で名前は寛いでいた。
その代わりさっきと部屋の様子が違う。
血濡れた黒忍服など無くて、名前が着ているのは自分達と同じもの。
部屋に漂っていた血の匂いの代わりに、白梅の香りがする。
「この香…私達が贈ったものか?」
「ああ、そうだよ」
にっこりと心地好さそうに微笑む名前は、ぽんぽんと自分の隣を叩き、突っ立ったままの五人を促す。
何時もと違い静かな五人の中から、雷蔵が口を開いた。
「ね、ねえ…名前、」
「なんだい、雷蔵」
「名前、その…授業来なかったね」
「……今日の一限目って合同だったっけ」
「うん」
雷蔵の答えに名前は頬を掻いて、そして、見つめる五人の視線を物ともせず微笑んだ。
「寝過ごしたんだ」
――ガン!と鈍器で殴られるような衝撃が五人を襲った。
頭がぐわんぐわんと揺さぶられ、心がぎゅうっと潰される。
悲しみで満たされた黒い小宇宙が心を覆い、握り潰されしずくが滴る。
寝過ごした?
寝過ごした?
ならあの忍服は何?
血の匂いは何?
「あ…そ、そっか」
「った、たく名前は」
「はは、ごめん」
聞きたくても、口から出てくるのはありきたりな返事。
返事をした雷蔵と八左衛門以外は言葉も出せていない。
――こんなにも、自分達は虚な会話を、虚な生活を繰り返していたのか?
言葉。微笑み。態度。
その全てが何時もと同じ。
普段通り。
「…名前…」
――自分達は、今まで何を見ていたんだ?
「「「…」」」
就寝時間も過ぎた夜更け。
双忍の部屋に三人の忍びが集まっている。
蝋燭の灯りもともさず、襖をすり抜けて届いてくる月明かりしかない部屋。
――足音も立てず気配が近付いてきて、襖が開いた。
「……名前、居なかった」
「布団さえも、出されてなかったよ」
姿を現したのは、兵助と勘右衛門。
少し雑に襖を閉めると、座っていた三人にすがり付くように突進した。
「なんで…なんで…?!名前は何処に居るんだ…?!」
「うっ、うあああ…!」
涙を流す二人。
ろ組の三人も、唇を噛み締め震える二人を抱き締める。
――何時もそうだ。
名前は簡単に自分達を泣かせる。
心配で、悲しくて、――嬉しくて。
そして、自分達を笑顔にさせるのもまた名前なのだ。
一人でさえ欠けてはいけない。
代わりなど居ない。
埋まるものなど居ない。
「…雷蔵、兵助、ハチ、勘ちゃん。……私、気付いたんだ」
すると三郎がぽつりと言葉を溢した。
その手は握り締められていて白くなっている。
「私達、名前のこと…何も知らない」
―――ぼろ、り。
三郎の瞳から大粒の涙が流れたのを切っ掛けに、我慢していた雷蔵とハチの目からも涙が流れた。
「私、達、知らないんだ。名前の家族も、生まれも、何も知らない…知らない…!」
「私の家族?そうだなあ、みんなの家族は?」
「忘れた。なんてな、」
そうだ、そうだった。
五人は思った。
思えば何時も名前はのらりくらり、ふらふらふわふわ上手く誤魔化し自分のことを話さなかった。
「うああ…!名前…!」
なんで、。
110123.