「やばい、やばいぞ」
部屋の中で一人ぐるぐると歩き回る。
一年は組で実技でもしているのか明るい掛け声が聞こえててとても平和な何時もの学園そのもの。
けど私は焦っていた。
任務が何時もより長引いて、今帰ってきた。
既に一限目が始まっている中誰にも見つかることなく自室に帰ってこれた、けど、
「ああー…私の馬鹿…」
任務が終わった後に何時も焚いていた香が切れていた。
血濡れた黒の忍服も学園近くの川で洗って、今は何時もの忍服に着替えてる。
けど微かに香る血の臭いが神経を研ぎ澄ませて、任務中の意識から切り替えることをさせてくれない。
「……買いに行こう!」
無理だな、うん、無理だ。
このままの感覚で授業を受けれるわけもないし、実技なんてあったら尚更だ。
静かに戸を開けて廊下に出る。
鳥のさえずり、下級生の掛け声、風に揺られる木々のざわめき。
研ぎ澄まされた聴覚が拾ってしまうのは夜任務をしている時とは全然違うものばかり。
――ぎしっ…
「!」
すると床が鳴る音がして、思わず私はその場から飛び退いた。
クナイを構え出してしまったことに着地してから気付いてやばい…と顔がひきつる。
その表情のまま、私は床が鳴った原因の人と目が合った。
「長次先輩…」
「……名字…」
や、やばい。
つい癖で…というか条件反射でやってしまった。
「あ、あのー、すいませんでした」
「………」
「私いま任務終わって帰ってきて、でも香が…あ、何時も焚いてる香があるんですけど」
「………」
「それが切れてて…」
「………」
「………」
無言な長次先輩に、訳も無いけど忙しなく説明するも、無言で見つめられて黙った。
すると長次先輩は歩いてきたかと思うと、静かに私の手を取った。
「…長次先輩?」
名前を呼ぶも、長次先輩はそのまま歩いていく。
首を傾げながらもされるがままに、とりあえずクナイをしまう。
――着いたのは、中在家、七松と書かれた札がかけられた部屋だった。
手を離して自室に入っていった長次先輩は、戻ってくると私の手の平に優しく何かを置いた。
ふわりと香る、慣れた香り。
「…これ、」
「…前に、雷蔵から貰った。…前にお前から、白梅の香りがしたから…同じ物だと思った」
そうだ。
この香だ。
前の誕生日に三郎達から貰った香。
「でも、これは長次先輩ので…」
優しく頭に手が乗って見上げれば、長次先輩は薄く口元を上げた。
「気にするな…仙蔵達から貰ったのがある…」
「!じゃあ…ありがとうございます」
微笑むと、優しく頭を撫でられた。
「―――…なんだ…これ…」
とある部屋の中に、五人の男が立ち尽くしていた。
薄緑色の畳の上には血濡れた黒い忍服。
部屋中に充満する、嗅ぎ慣れた血の匂い。
「名前……」
部屋を出た横には、名字と書かれた札があった。
110121.