complex | ナノ
 廊下にスリッパを引きずる音が響く。僕の足は教室へと向かっていた。
 教室にはなまえがいる。さっき中庭で一服していた時に、窓からほんのすこしだけ顔が見えた。
 手を小さく振ってみたけど、なまえは僕に気付かなかった。
 どこか遠くを見ていたのだろうか? だとしたら、どこを見ていたのだろう。
 僕は気になってしょうがなかった。
 ‥‥がらり
 ドアを開く音で気付いたはずだが、なまえはこちらに目を向けなかった。
 やはり窓際‥‥机だったが、そこに腰掛けたなまえは陽の傾いたグラウンドを見下ろしていた。
 髪の外側が陽によって輝き、投げ出された脚は無防備そのものだった。
 珍しくアンニュイな表情をしたなまえを意外に思ったが、儚げな雰囲気に飲み込まれそうになる。
 ──もしも、なまえをここから連れ去ったらどうなるのだろう。
 不意に、そんな考えが浮かぶ。
 それは少女の終わり、僕の終わり、なまえの終わりにたり得るだろうか。
 なまえの精神世界に邪魔をしたら、僕はその中で僕を知覚できるのだろうか‥‥。
 なまえの飴玉のようなその瞳が精神世界のすべてなのだろう。
 少女の1人にも背部があり、そこには少女ならば、少女ゆえに多種多様の羽根が生えている。真っ白に弾けた頭の中のような滑らかな肌と、自我の薄い蕾のような唇。その下にある骨の硬さは、少女を表すように柔らかいのかもしれない。けれど少女というのは束の間の生きものだ。だからこそ、だからこそ‥‥‥‥。
「こんにちは、先生」
 なまえは微笑む。スーツを着た教育実習生である僕に向かって。
 一瞬、錯覚してしまうほどの自然なふうだった。
 だが、いつまで経っても何も言わない僕に仕方なく声を掛けたのかもしれない。
 近付くとなまえが猫のように鼻をひくつかせた。
「ん‥‥先生、煙草吸ってたんですか?」
「‥‥ああ、ついさっきね‥‥ところでなまえ、机に座るのは行儀が悪いんじゃないのかい?」
 なまえは立ち上がる素振りも見せずに、僕を見上げてさらに唇を歪ませた。
 それどころか、挑発するように引き締まった脚を揺らす。
 ‥‥悪いコだ。罰さなければ。罰を与えなれば。
 その脚を持ち上げる。下着を足首から脱がす。下着は少女から離れれば、ただの布切れだ。
 なまえは人形のようにされるがままだ。僕は遠慮なく、そこを覗き込んだ。
 足の間の、閉じた少女性を表すような、子が宿る場所。
 生唾を飲み込んでしまうほどの、生々しくて、神秘的な光景だった。
 食い入るように見つめていると、そこがひくついて、とろりと淫蜜が溢れ出す。
 見られて感じているのかい? なまえ。
 顔を近付けると、鼻先に恥毛が当たった。
 湿った熱気を頬に感じて、メスの匂いを吸い込む。
 青々しい若い匂いと、濃密な甘酸っぱい匂いで鼻腔が満たされて、頭が痺れるようだった。
 つい、太腿を掴む手に力が入ってしまう。だが肌も負けじと吸い付くように僕の掌を押し返した。
 舌を伸ばすと、淫蜜がぬるりと絡み付いた。
 酸っぱい甘味は、しばらく舌の上に残りそうなほど刺激的な味だった。
 下からゆっくりと撫で上げると、なまえが小さく喘ぎ声を漏らす。
 舌を転がすと熟れていない媚肉に気が遠くなりそうになる。きめ細やかな桜色の肉は舌触りがいい。
 なまえは頬を上気させながら僕の耳の上を撫でた。
「‥‥先生、今、わたしにフェラチオしてるんですね」
 それはあまり聞きたくない言葉だった。
「‥‥萎えるようなことを言わないでくれ」
「ふふ、そうですか?すみません‥‥あっ、ぅん…」
 なまえの沁みひとつない内腿が、痙攣するように震える。くしゃりと僕の髪を掴んだ。
 皺を寄せて、眉尻が下がっている。今にも涙が溢れてしまいそうだった。
 少女の羽化が、目の前にある‥‥。
「ねえ‥‥先生。舌で掬って、見せてください‥‥‥‥」
 なまえは吐息をもらしながら、真意の測りかねることを言う。
 けど、言われた通りに掬い取り、舌の表面をなまえに向けた。
「‥‥うふふ、よかったですね。わたしのスペルマですよ」
 ごくんと喉を鳴らす。
 甘酸っぱいような苦い味だ。喉に染み込むような、そんな味だ。
 はやくなまえの中に入りたくってしょうがなかった。
 はやくこの少女の中に入りたくってしょうがなかった。
 さっきから自分の心臓がうるさい。肉竿があり得ないくらい屹立して、破裂してしまいそうだった。
 強い力で脚を引き寄せると、なまえがカカカと大きな声で笑って、机の上に倒れた。広がった前髪が額を露わにさせる。
 ズボンから取り出し、涎を垂らしながら若々しい花を貫こうとした時だった。
 窓から風が入り込み、カーテンが大きく揺れた。
 思わず顔を上げると、雑木林の中でひときわ高い一本の立木が見えた。
 天使様の樹。
 七不思議のうちの1つだ。‥‥誰に教わったのだっけ?
 そもそも、初めから窓なんか開いていただろうか‥‥。
「思い出したい?」
「え?」
「先生、思い出したいですか?」
 ──アルカイック・スマイル。
 そんな言葉が頭をよぎる。
 だが、目の前のなまえは微笑んでもいない。
 机を覆う少女の肢体と、乱れた髪が赤光を照り返している。
 その目に引き込まれそうになる。
「  様が教えてくれましたよね」
 なんだ? 上手く聞き取れない。
「‥‥で、天まで届いたら」
 なまえ、キミは今なんと言っているんだ?
「だから、その樹の上で‥‥」
 ねえったら!
「  たちを見守り続けているというお話でしたよね」
 恐ろしくて息ができないとは? 死にたいのか?
 冷や汗が止まらない。胃が痙攣し始める。
 息をする度に空気が胃に届いてさらに気持ち悪くなる。
 胸元を押さえて何度も荒く呼吸をする。
 何を言っていたかもわからないのに、なぜ僕はこんなに怯えているんだ?
 天使様の樹、なまえについて、夕暮れ時の狭間‥‥。
 頭の中が渦巻いている。僕の中の僕が知覚できなくなる‥‥。
「あ‥‥」
 吐瀉物がなまえの内腿を汚した。その間の僕の肉竿にも降り掛かる。繋がろうとしていた部分に、落ちていく。
 最悪だ。それなのに胃がひっくり返るのを止まってくれない。手で押さえても指の間から溢れてくる。
 鼻腔が悪臭で満たされる。口周りの不快な温度に感情が追いつかない。明らかに未消化であるものも混ざっていた。
 心はもう完全に萎えていた。誰だって、血の気が失せるだろう。
 それなのに、僕の陰茎は未だ勃起していた。みっともなさ過ぎて喉を掻きむしりたくなる。
 ようやく勢いが収まってくると、喉に焼き付くような痛みがし始めた。
 口から手を離すと、吐瀉物が掌からも落ちて床を汚した。
 なまえには、申し訳ないとかそんなレベルの話ではなかった。
 白を汚してしまった。黒でもないものが。
「ご、ごめ‥‥」
 僕は教え子になんてことをしてしまったんだろう。そもそも、股座に顔を突っ込んで挿れようとしたことも。
 なまえは無表情で、もしくは何かを思案するように自分の脚を見下ろしていた。
 無言で脚を広げるとにちゃりと音を立てて、糸を引いた。その音にさらに罪悪感がこみ上げる。
 次の言葉をビクビクと罪人のように待つ。
 比喩ではなく、僕は次のなまえの言葉で何かが決まる。
 なまえはゆっくりと上体を起こした。意図的に目を合わせると、力を抜くように肩を揺らして微笑んだ。
 途端に陰茎に刺激が走った。
 全身が粟立つ。今、なまえは一体何をした?
「や、やめてくれ‥‥」
 形容し難いおぞましい感触に、腰が引けて泣きそうになる。
 僕から目を離さずに、意地の悪い笑顔を浮かべている。炎が必要かい。
 なまえは汚れてしまった脚を閉じた。それを上下に揺さぶったのだ。
 一瞬でも、陰茎に吐瀉物が擦り付けられて気持ち悪いどころではなかった。
「や、やめ‥‥」
 僕の顔を見つめたまま、なまえはさらに脚を動かした。
 ざらついた感触、さらさらとした胃液‥‥決して言語化したくない嫌悪感に胃が暴れ出した。
 咄嗟に手を押さえる。首を横に振るが、なまえはただ笑っただけだった。
 やめてくれ。でないと僕はまたなまえを‥‥。
 なぜ、キミはそう僕に意地悪なんだ‥‥。
 残滓が喉奥から押し出される。もう言葉にならないほど最悪だった。
 ふらついてなまえに向かって倒れ込みそうになり、なんとか机をつかんで支えると、会陰部周辺がひくついた。
 あまりのことに驚愕する。冗談だろう?
 僕にそんな趣味はない! 断じてないのだ!
 熱液がなまえの腹一直線に飛び出した。見事に、一文字だった。
 僅かばかりの開放感に腰を震わせると、異臭が鼻に付いて、自己嫌悪で視界が歪んだ。
 最悪だ。僕の陰茎は刺激があればなんでもいいのか。少女の脚であれば‥‥。
 ブレザーベストに視線を落とす。その線は黄ばんでいた。情けなさに涙ぐみそうになっていると、なまえが耳元で囁いた。
「でも先生、気持ちよかったでしょう?」
 なまえの胸ぐらを思いきり掴んで引き寄せた。その瞳は僕の次の動きを見つめていた。

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