complex | ナノ
「なまえはええ女やね」

なまえに対し、直哉は半ば吐き捨てるように言った。跪いて、胯座に惜しげもなく乳房を押し付け奉仕するなまえは表情を微塵も動かさず、ただ亀頭を吸い上げる音を響かせた。髪は柔らかく揺れ、白魚のような指で乳房を支えて擦り上げる。唇は先走り汁や唾液のせいでぬらぬらと妖しく光っていた。
なまえはその細い身体に、男を魅惑する大きな胸と尻を実らせている。時には女も思わず見惚れてしまうほどであった。何より体躯ばかりでなく、顔も美しかった。平行な眉、長い睫毛に囲われた黒目がちの瞳、筋の通った高い鼻先、唇は重たげであったがどこか覇気のない、白痴のそれと同じ魔性を帯びていた。肌はどこもかしこも均一な白である。色付いているのは、桜色の唇と乳頭と性器だけではないかという白さだった。乳房はさながら牛のように膨らんでおり、直哉に牛乳うしちちと揶揄われても気にした様子はなかった。
なまえは常に無表情であった。後ろから犯されていた時、尻の穴を撫でられても全く意に介さなかった。(いきなり突っ込んでもなんも言わんちゃうか)と彼は少しばかり驚いた。彼女が表情を動かすのは性行為の時のみで、といっても目を虚ろにさせ、口を小さく開ける些細なもので、首を絞めてもほんの少し眉根を寄せるだけであった。直哉は彼女の表情を変化させることに執着していたが、ついぞそれには気付かなかった。

「……ほんま、上手なったなあ…」

なまえが直哉の元へ嫁いだ時は未通女であったが、具合は格段に良かった。陰茎を奥へ引きずり込むように締め付け、亀頭から根元まで粒状の膣壁が絡み付いた。彼はその時、ぶわっと鳥肌が立つのを感じた。それなのに破瓜の血が散っていた。全ては天性のものだ。顔も乳房も具合も申し分なく、そして女としての弁えをちゃんと理解している。従順であり、三歩後ろを言われずとも歩いた。よく出来た女であった。よく出来た嫁であった。(コイツは俺のために産まれてきたんか)と本気で直哉は思った。
口淫も教えてやれば上達していった。少し前まで未通女だとは考えられないほどに淫靡に舌を動かした。なまえは求められればいつでも身体を開いた。今も、予定より早く戻った直哉に夜中に叩き起こされても胸と口で奉仕している。「むしろお出迎えできずに申し訳ありません」と言ったくらいであった。直哉はそれを面白くも、面白くないとも思った。彼自身よく分かっていない苛立ちに、腹いせに乳頭を摘んでもさしたる変化はなかった。
吐き出された精液がなまえの上顎に当たる。舌の上を通り過ぎるそれは随分と青臭い筈だが、無表情で口を窄めて嚥下していった。彼は伏せた目と唇の動きを見つめていた。そしてなまえは唇を開いて舌を見せる。全て飲み干しましたという証だ。そう教育したのは直哉だが、何度見ても唆るものがあった。胸の中の陰茎はまだまだ硬く、なまえは直哉を見上げた。

「次は……膣でご奉仕致しましょうか…?」

彼は彼女の声、そして敬語の響きを好ましく思っていた。「ほなそうしてもらおか」と言うと彼女は立ち上がり、手で陰茎に触れて宛てがい、腰を落とした。途端に引きずり込むように吸い付き、彼は(魔性の女やわ)と思い、雄としての性がぐらつくのを感じた。
肉のぶつかる音が暗い部屋に響く。なまえは無表情であっても、膣は搾り取ろうと蠢いていた。直哉の太腿を掴み、仰け反るようにして腰を揺さぶると胸は重たく揺れ、彼の視界を楽しませた。次第に目付きが危うくなっていき、口も小さく開けた。今夜はどこか笑っているように見えた。
いきなりなまえを押し倒し、小さく開けた口に舌を捻じ込んだ。唾液は甘く、舌を動かしながら何度も味わった。陰茎の全てを飲み込ませ、ぎりぎりまで引き抜いては腰を突き出した。唾液の混ざる音は頭蓋にまで響き、頭が沸騰していくのは彼自身も感じていた。膣は先ほどからぶるぶると震え、入口は金魚の口のように絶えず締まった。唇を離すと糸が名残惜しそうに途切れる。なまえは息を上げていた。目は完全に虚ろだが、しっかりと直哉を見つめていた。

「かいらしなあ」

頬を撫でるとその瞳は一度下ろされた。前髪はすでに汗で額に張り付いており、睫毛でさえも濡れている。珍しいことだった。横に流れた胸の尖は血を含んだかのようにぽってりと膨れ、噛んでやれば高い声を上げた。腰を浮かせ、がくがくと上下に揺らす。直哉は(ほんまに珍し)とさらに歯を立てた。
なまえは奉仕している間に股を濡らせるよう調教されたが、善がるようなことはなかった。目を虚ろにさせても、腰を揺らしたり声を上げたりなどはしなかった。直哉は(今までの調教の賜物やな)と口角を上げ、両胸を掴み、反動で腰を動かせば中はよく締まった。気の良くした彼は子宮口を抉り上げる。亀頭にごりっと当たる感触がすると彼女は大袈裟に声を漏らし、そして潮を噴いた。腹に掛かった潮にしばし呆然とする。なまえは謝罪したが全く聞く耳を持たず腰を振り続け、やがて射精した。
背筋を震わせながら腰骨を掴んで引き寄せる。なまえの子宮を満たすは彼のみの精液である。この先も。そのことにとてつもない征服感を感じながら、最後の一滴まで奥へ注いだ。引き抜くと膣からはとろりと精液が逆流し、彼の神経を捩れさせた。なまえは上体を起こして汚れた陰茎を口に含む。「ええ女やね」と今度は笑うように言った。










「ええ、あなたさまはわたしの夫ですから、わたしの身体全てをご覧になる権利がございます」

初夜の時、なまえはそう言って着物を脱いだ。直哉は露わになっていく肌を凝視していると、その白さ、体付きに驚いた。なまえの乳房は位置は低くともつんと上向きで、下にいけばいくほどたっぷりとした重量感があり、肋骨は少し浮いて、細すぎるくびれのせいで今にも乳房が零れ落ちてしまいそうだった。臍は小さく丸く初々しいかたちをしていて、太腿は白く光って無防備な線を描いている。目の覚めるような体付きに直哉は生唾を飲み込み、陰茎を硬くさせた。

「お気に召していただけましたか?全てはあなたさまのものにございます」

そんな殺し文句を言われたら一溜まりもなく、直哉はなまえを押し倒した。今から処女を散らされるというのにどこか他人事のような顔をするのも気に入った。そしてあの名器だったのだから直哉はもう、彼女を手放さなかった。










なまえは出張などで直哉が居ない時は窓の向こうを眺めており、部屋から出ることはなかった。趣味らしい趣味もなく、散歩すらもしなかった。運ばれてきた食事を摂り、女中にそっと身体を盗み見られる日々。なまえはいつもどこか遠い目をしていた。ただ直哉の帰る日になると朝から襖の前で正座をして、姿を表すと三つ指をついて出迎える。食事も風呂も必ず準備が整っており、なまえを選んでもいつでも彼を満足させた。直哉は他の女を抱くことはなくなった。というのもなまえの具合が良過ぎるからだ。顔も、乳房も、尻も、膣も、全ては彼の官能を刺激した。それに普段無表情のくせに性行為の際は目を虚ろにさせたりするのをいやらしく思っていた。なまえは華奢な身体をしているのに連日抱いたとしても疲れた様子はなかった。直哉にとって、女としての何もかもを兼ね備えた女であった。
次第に彼女がずっと無表情であることをつまらなく思い、よく贈り物をするようになった。だが花や菓子や宝石類を贈っても礼は言うがにこりともしなかった。苛立ちを募らせたが贈られた花は花瓶に挿して毎日水を換え、菓子は残さず口にし、宝石は小物入れにしまって二人で出かける時に身に付けた。無機質で情も感じられないが、乱暴には扱わないので彼は(つまらん)とは思いつつ、溜飲を下げた。

「直哉さま」

あなたさまから直哉さまと呼ばせ、甘く透き通った声は彼の耳を心地良くさせた。一度も口にしたことはなかったが、彼は名前を呼ばれることが好きであった。
使用人たちもなまえの美しさに、部屋から滅多に出ないがたまに姿を表すと、遠目からでもちらりと窺った。何もしなくともなまえは誰からも手放されなかった。 遠くからじっとりと愛でられているのだ。彼女は気付いていないが、直哉は気付いており自慢気に思っていた。
そして彼は、表情を変えてみたくて情事の最中に首を絞めたことがある。苦しそうな顔はほとんどしなかったが、膣はよく締まり、胸は突かれるたびに揺れた。下の方に肉が集まった形状は、普通のものより扇情的で気に入っていた。思い付きでその胸に向かって射精をし、白濁に汚した。途端に栗の花の匂いをさせる彼女に興奮して、再度挿入した。膣はしなやかに締め上げ、完全に彼のかたちを覚えていた。










「おかえりなさいませ。直哉さま」

直哉が襖を開けるとやはり三つ指をついて出迎えたなまえに口角を上げる。羽織りを預かろうとした彼女が後ろに回ったところで、嗅いだことのないにおいに鼻をひくつかせた。彼女はいつも無臭で微かに甘い匂いをさせているが、その中に嗅ぎ慣れないものがあった。

「……なんやこの臭いは」

直哉はなまえの胸倉を掴んだ。黙ったままでいるのが気に障り、畳に投げ捨てた。頬を強く擦り、髪を乱して横になったなまえを冷たい目で見下ろす。彼女も見つめるが、瞳はどこか遠い。普段なら何も思わないが、何も考えていなさそうな顔に腹を立てた。

「酒くっさいわ、男の臭いがするわ……なんやお前。他の男に股開きよったんか」
「いえ…廊下を歩いていましたら酔った殿方に絡まれまして……」
「はあ?滅多に出歩かんくせにホンマかいな」

乱れた胸元から小さな赤いものが見えた。よく見るとそれは鬱血痕であった。彼は反射的になまえを蹴飛ばした。畳の上を転がった彼女は背中を丸めて咳き込んだ。

「なんっやそれはぁあ…!?お前、嘘ついてるやろ。あり得へんやろ。オイ、そないなことしてええと思ってるのか」
「…部屋に引きずり込まれ、胸元を吸われたのです。すぐに逃げましたが……嘘ではありません」

淡々と告げるなまえに直哉は青筋を立てた。なまえに落ち度はないが、彼はそう解釈しない。

「……お前は誰のモンか、言うてみいや」
「はい。直哉さまのものです」
「お前は俺の所有物に許可なく触らせたんや。分かるか?」
「申し訳ございません」

頭を下げようとしたなまえをさらに蹴飛ばす。彼にとって求めているのはそんなものではなかった。(そもそも時期当主の嫁に手ぇ出すとか酔っててもどんだけ命知らずやねん)と大きな舌打ちをした。

「さっさと股開け。こっちに尻向けろや」

なまえは黙って背を向け這いつくばり、着物の裾を上げていった。下着は一切身に付けていないので途端に脚と性器が露わになる。尻だけ突き出す様はさながら肉人形のようで、彼はほんの少し激情が収まった。陰茎を取り出し、なまえの性器を執拗に擦り、漏れ出てきた愛液に「淫売」と罵って、腰骨を掴んで無理矢理挿入した。奥底に押し付けると、なまえは声を上げた。甲高い声に苛立ちを覚えて尻を叩く。すると竿全体を痛いほどに締め上げ、尻を一瞬で真っ赤にした。叩かれた箇所は痛々しく、ミミズ腫れ寸前に腫れ上がった。

「ちょうどええわ。仕置きやな」

なまえの臍下に亀頭の熱が食い込む。腹を突き破る勢いでそこばかりを苛め、苦しそうに喘ぐたびに尻を叩いてばちんと乾いた音が響いた。白い肌はさらに赤くなり、背中を震わせる彼女に舌なめずりをした。その震えを眺めながら、何度も叩いていると陰茎に向かって血潮が集まった。なまえは悶え、愛液はもうすり潰すような音を響かせている。ふっくらと肥えた尻の膨らみに爪を立ててやるとびくっと腰を上げ、声にならない声を喉から絞り出しながら背筋に針金を通したようにぴんとさせた。背中には玉のような汗を掻き、髪が儚げに散り散りに覆って、より惨めで美しい女にさせていた。髪を根元から掴むと彼女は痛みに喘いだ。そのまま腰を動かせば奥底からどろりと愛液が溢れ出す。中は痙攣ばかり起こしていて、そろそろ(鬱陶しいわ)と考えていた彼は、思い切り尻を叩いた。

「ぁ、ああっ!?…ん、ふっ、ぁ…うぁぅ……!」

膣をきゅうきゅうと締め上げ、尻穴まで窄み、震えた。脱力したように脚が徐々に広がっていく。だが髪は掴まれたままで、彼女は仰け反った姿勢で奈落まで達した。火のように立ち上った甘い香りは破滅とよく似ている。
なまえが喘ぎながら絶頂するのは初めてのことだった。顔が見たくなり、仰向けにさせると普段の彼女とは全くかけ離れた表情をしていた。眉は下がり、目は完全に何も映しておらず、口をだらしなく開け、色付いた舌が見えた。呼吸をするたびに胸が上下して、夢を見ているような表情なのに淫靡であった。直哉は吸い寄せられるように顔を近付け、そして目に入る。胸元の鬱血痕を。はらわたが煮えくり返り、そこに唾を吐いて親指で擦った。消えるはずもなく、さらに苛立った。腰を動かすとなまえは意識が弾け、あっと声を漏らした。腰骨を掴み、何も考えずにただただ貫いた。奥へ当たっているのか浅く抉っているのかも彼にはよく分かっていなかった。なまえの声と膣の動きで(気持ちええのか)と他人事のように思うだけであった。目の前の彼女の顔は、モルヒネでも与えられたかのように蕩けきっている。

「……逃げれんかったらそないな顔晒してたってことになんのかあ。どんな気分や?俺の気持ち分かるか?」

快楽の中を彷徨っているのか何も答えないなまえに、かつて首を絞めたことを思い出して両手で包み込んだ。無骨な手と華奢な首が重なり(ホンマに折れてしまいそ)と彼は思ったが手加減無しに絞めた。もう彼はただ目の前のなまえを蹂躙したくてたまらなかった。気狂いのように。苦しめることを心の底から望み、手には筋が浮いた。最初はいつも通りにわずかに眉を寄せただけであったが、徐々に逃げるように首を横に揺らした。酸素が足りないのか口をはくはくと動かす。肩が震え、二、三度、仰け反った。涙を流し、口の端に唾液が溜まった顔は白痴を連想させた。ここまで苦しむなまえを見るのは初めてだったが、抵抗らしい抵抗もしないまま、彼女は死にかけていた。

「そうやね。浮気する女は死んだらええねや。オラ、さっさと死ねや」

手のひらに首の骨の感触がした。なまえは目を向き、切羽詰まった息を撒き散らして膣内が怯えるように締まる。じっとりと汗を掻き、甘い匂いを濃くさせた。だけどどこか恍惚とした顔をした。口元が緩み切っているのだ。魔性のそれがあり、直哉はぞっとして思わず手を離した。なまえは咳き込んで涙を落とす。

「…………今はええか。俺も時期に当主になる男や。そしたら誰にも触られへんわ」
「ごほっ、げほ……!…ぁ、あッ、お"ぁ…は、あっ……!」
「お前なんかさっさと身篭ったらええねん。孕めや、はようガキ作れ…!」

子宮口を何度も執拗に抉る。なまえは正気の沙汰ではない淵までいっていた。それをじっと見据える。直哉は彼女も彼女の心も引きずり回したかった。殴り、犯し、刻んで、潰して、壊し尽くして、どうにかしたかった。

「なっ、直哉さ、ま……っ!も、申し訳、ありまぜん……っのようなことは、二度と……」

なまえは縋るような顔で謝罪した。いつもの機械的なものとは違う、血の通ったものだった。

「……ハッ、今更かいな」

子宮を捉えながら、乱れた裾から零れた胸を掴む。汗のせいでぬめり、じっとりとした熱を持っていた。なまえは少しふっくらとしてきて肋骨も浮くほどではなくなり、乳房も尻も重くなった。以前よりも健康的で彼はこちらの方を好んでいるが、今はどうでもいいことだ。
乳頭に親指をぐぐっと奥へ差し込む。乳房が大きいせいでどこまでも入り、なまえにじわじわと追い詰めるような快楽を齎す。そのまま抉るように掻き混ぜるように責め立てると、喘ぎ声が一段低くなった。呻く声は苦痛と快楽に塗れていて、彼女はとうとう腕で顔を隠した。彼は泣いているような姿に唇の端を吊り上げ、子宮に向かって射精した。
なまえは自身も中も震わせる。意識はもうここには無かった。臓器を押し上げられる角度に、男の象徴に、完膚なきまでにその身体は屈服した。乳房から梅雨のような汗が流れ、陰茎は断末魔のような痙攣を浴び、味わった。征服感と達成感が胸の内に流れ込む。彼は少し、なまえを許せそうだった。頬を叩くと意識を取り戻したようで、慌てて上体を起こしたのを床に押さえ付けた。

「別にええよ。これからもっかい犯すし」

腰を引けば陰茎にぬるりと精液と愛液が絡み付き、掻き出された白濁を見ると、自分のものであるのに他の男と重なった。

「……ああ、そうやわ。貞操帯付けよか。ほんなら何の心配もいらんね」

その後、酔った男がどうなったのかは言うまでもない。
それからなまえは、直哉が彼女の元を離れる際は貞操帯を付けることとなった。鍵は必ず彼が持ち出し、戻ったら錠を外して性器の匂いを嗅ぐことを好んだ。普段無臭のなまえからする性臭と汗の匂いは彼にとってはとてつもなく興奮した。なまえは抵抗しなかったが、次第に頬を赤らめていったのは隠し切れなかった。
なまえを立たせ、膣に中指を侵入させると、ざりざりと陰茎で味わった通りの感触が押し返す。なまえの身体は子宮口と臍下を抉られることをよく好んだ。肩を抱いて、臍には届かなくとも、陰核の後ろを叩くように苛めてやれば彼女は腰をかくっとふらつかせた。締め付けが増して、愛液も溢れ出て滑りを帯びる。なまえは吐息を漏らし、直哉がその顔を見つめると伏せるように目を逸らした。抵抗らしい抵抗に、彼はなんとも言い難い感情が湧き起こった。陰核を親指の腹で押しつぶすように擦る。なまえは内股をひくつかせるが、腰を落としたのはどこかわざとらしかった。首筋には汗の匂いがし始め、彼は舌でべろりと舐めて吸い付く。その首は胸元まで噛み跡や鬱血痕で彩られていた。膣は恥ずかしげに締め付けるばかりで直哉は太腿に硬くなった陰茎を押し当てる。なまえは少し先の未来を想像してか、絶頂を迎えた。
唇を噛んで声を押し殺すが、とろとろと愛液を流して彼の指をさらに濡らした。凝縮する膣は、異物を粒状の突起で抱き締める。追い出すような逃さないような断続的な痙攣が途切れた後、指を抜いた。糸を引いて、てらてらと指先が光る。(コイツ、いつもこれ舐めてんよなあ)と思った彼は深く考えず口にした。途端になまえは「だ、だめです…!直哉さま!」と顔を真っ赤にしながら言った。初めてした反発に彼は驚いたが、にんまりと口角を上げた。
閉じた脚の間を開き、身体を割り入れる。媚肉は桜色の貝と花が合わさったような形状で、息をするようにひくつかせた。顔を近付けると先ほどの絶頂と汗のせいで茹だるような熱気を持っていた。指で広げると陰核はすでに充血している。全体のかたちを舐め上げると、排出されたばかりの愛液が舌に纏わり付いた。なまえの太腿を掴み、膣内に舌を挿れた。舌が締め付けられる感覚は中々に新鮮で(この俺が女の股舐めることあるなんてなあ)と彼は思った。

「……んぅう、んんっ……!あっ、だめ…!なおやさっ……!」

嫌がる言葉に気を良くする。なまえはいやいやと首を振り、期待や戸惑いで腰をびくつかせるが、それは嗜虐心を煽るだけだった。さらに直哉は手を猫のように丸め、陰毛を指の間で挟んでぎちぎちと引っ張る。なまえに、刺すような痛みを与えた。

「ひっ、ぁ!い、うぅ…あ、ぁぁあ……」

いまだかつて経験したことない痛みに悶える。だが恥骨、陰核周辺を刺激されて苦痛だけではなかった。舌や唇が触れるたびにぬるくて柔らかい快楽が、芽を出すように下半身を覆う。陰毛を引っ張られる力も強弱をつけられ、陰核が痙攣を引き起こした。びりびりと恥骨までに届く痺れ、刺すような痛み、蕩けるような舌の愛撫になまえはもうよく分からなくなっていた。どれも刺激が重たく、膣の奥底がぐずぐずと焦げるように、むず痒い。

「い……いっ、く……な、なおやさ……わ、たし……ぃ……っ……」

先ほど絶頂したばかりの身体には耐えられずもなく、なまえは潮を噴いて仰け反った。喉に流れ込む体液、匂い立つ香りに彼は瞳孔を開いた。背筋が震え、粟立つような肌の感覚。意識が捩れていきそうだった。顔が汚れていくというのに、そこから口を離さなかった。

「ふ、ぅ……ひぁ…うぅうう……だ、めぇ……」

なまえは自分の愛液が嚥下されているのを唇の動きで分かっていたが、焦がされていくような絶頂感には何も出来なかった。目の後ろが不自然に明滅し、胸の奥底を深く押されるようなどろどろした興奮の中に引き摺り込まれる。肉悦による充足感。だらけ切った舌と熱に浮かされた瞳を見ればそれを全身で感じていることが分かる。体温、粘膜の蠢き、内腿の痙攣、淡い息遣い、全ては彼女を淫らな女にさせていた。
愛液の勢いが弱まり、直哉は唇を離した。なまえは彼と目が合うと、羞恥のあまり瞳のかたちをひしゃげた。

「なまえ、舐めえや。いつもと同じやろ」
「はい…直哉さま……」

目線の高さを合わせ、腰をひくつかせながら、顔に飛び散った自身の愛液を舐め取った。恥ずかしいのか瞼を下ろしているが、彼はにやつきながら眺めていた。犬のような痴態に舌の感触、頬に感じる熱っぽい吐息。直哉はぞくぞくと身体の中心から這い上がるものを感じていた。

「き、綺麗になりましたか…?直哉さま……」

額まで舐め取ったなまえは、うっとりとした顔をしていた。彼は口角を上げたまま、耳元で囁いた。

「女に奉仕するんは疲れるなあ。なあ、風呂沸かしてえや。ほんで背中流してや」
「はい…すぐに沸かしてまいります……」










檜風呂の湯の表面が何度も波打つ。ばちゃばちゃと子供が遊ぶような音を立てながらなまえと直哉は抱き合っていた。飛び散る湯が腰を濡らし、茹だる熱気は二人を包み、声や吐息がよく響いた。直哉はなまえの肋骨を掴む手を強め、親指で円を描くように、撫でるように押した。風呂の縁に手を置き、片脚を持ち上げられたなまえはどろりとした濁りを瞳の中に下ろした。肋骨への刺激は彼女にとって甘痺れる感覚で声が上擦る。乳房は重く揺れ、何度も彼の手に当たって楽しませた。肌は照明と水滴のせいで人魚の鱗のように艶かしく光り、彼の鼻腔には檜よりも彼女の匂いしか届いていなかった。なまえの表情は幸せそうに歪む。

「ぁ、ひっ、んう…んっ…!んっ、うっ、あ、ぁっ……!」

その表情は雄の本能を火を付けた。彼は思わず肩を噛み、低く呻いた。さながら獣の交尾のように鋭く腰を動かした。子宮口を突き上げながら張り詰めていく陰茎を腹の中で抱いて、彼女は煮湯を注ぎ込まれたように腹の奥底が熱くなった。子宮が傾くようなぐらついていくような感覚で、その息苦しさえも味わった。
薄い身体では歯は容易に骨まで届き、なまえは子犬のように鳴いた。彼は歯に当たるなまえの柔い肌と奥にある硬い骨に、興奮のあまり皮膚を食い破る勢いでぐいぐいと押し込む。骨と皮一枚までの距離へ来た時、彼女は激痛と共に多幸感が胸を占めた。胸も、膣も、骨ですら、彼女のために存在しているのではない。彼を喜ばすためにあるものだ。身体の至るところに圧迫感を感じ始めても彼女に出来ることは何一つ無く、そもそも彼女は何もしない。

「な、なぉ、やさっ……!なおやさま…っ!」

譫言のように名前を繰り返し呼んで、そのたびに膣を締め付けた。彼はいじらしく思いながら、彼女を壊したいという欲求が高まっていった。
なまえの首から胸元にかけての噛み跡や鬱血痕はあの一件以降によるものだ。憎たらしい男も事故に見せかけて殺し「今度浮気したら目ぇくり抜く」と彼は本気で脅した。その気持ちは今も変わらない。以前よりも彼女と過ごす時間を増やした。あの部屋にずっと閉じ込めていられるように。つまり、性行為ばかりしていた。
中を抉りながら、肋骨が軋むほどの力を込めていく。なまえの身体は痙攣し、その痙攣で壊れていってしまいそうだった。ただ意識だけははっきりとある。彼女も貪婪に求めているのだ。彼から与えられるもの全てを、肋骨が軋んでいくのを、歯の鈍い愛撫を、射精の瞬間を、……壊れていくのを。彼女が何も考えていなくとも。
危うい身体は、焚き付けるような甘い匂いを濃くさせた。特に首筋が強く香って彼を惑わせる。彼女が汗を掻き、もうすぐ果てるという匂いだ。子宮も亀頭の先に吸い付き、強請るばかりだ。入り口も輪ゴムのようで狭苦しい。彼は一際大きく腰を振り、なまえを引き寄せた。

「んあ、ぁ"、あ"ぁッ…!ひ…ぁ、ん、ん…ぁああ……」

気をやった彼女は、耐えきれなくなったようで腕を折りたたむようにしてゆっくりと床に倒れ込んだ。彼もそれに連れられて、齧り付いたまま覆い被さる。肩からは一筋の血が流れていた。お互い快感に跳ねたまま、まだらになった精液と愛液に湯の中に広がった。揺蕩うように広がるそれは海の泡に似ていた。なまえは頭に手を回し、直哉は抱き寄せた。頭上から熱っぽい幸福感を纏った吐息が聞こえ、彼は胸を痺れさせた。
もうすぐ渋谷事変が起こる。彼の父親であり禪院家当主でもある禪院直毘人が呼び出されるほどの依頼だ。東京は荒れに荒れるだろう。(それで上手いこと死んで、俺が当主になったらなまえは俺のモンや)と彼は思った。彼は早く、彼女の何もかもを自分の物にしたかった。










直哉は音を立てながら半ば走るように廊下を歩いていた。彼は果てしなく苛立っており、床を踏む音が鈍かった。使用人は全て無視して、ただ自分の部屋へと向かっていた。
彼は結局当主にはなれなかった。自分を差し置いて当主となった伏黒恵という少年を殺しに東京へ向かったが、結局伏黒恵とは出会えないまま全く違う者に致命傷を負わされ、何も出来ずに戻って来るという結果になってしまった。それが彼のプライドを甚しく傷付け、苛立ちの要因だった。
勢いよく襖を開けるとなまえはちょうど花瓶の水を換えようとしていて、少し驚いたように振り返った。

「直哉さま。お早いお帰りだったのですね──きゃっ」
「抱かせろや」

肩を痛いほど掴まれ、彼女は手を滑らせてしまい花瓶が脚元で割れて花が散った。幸い脚は傷付くことなく、破片は横に散らばった。機嫌が悪い時に手酷く抱かれたこともあったが、いつもより鋭く冷たい様子に彼女は気圧された。

「はい…もちろんでございます。ですが、花瓶を片付けてしまわないと危ないかと……」
「っるさいのお、口答えすんなや」

そのまま唇を重ね、舌を割り入れる。ほとんど暴力的なほど舐り、着物の襟にも手を差し込み、上だけを脱がして乳房を露出させた。右胸を掴んで押し上げるように手のひらで弄ぶ。なまえは唾液を溢れさせ、何度も当たる唇や舌の動きにすでに恍惚としていた。彼女は首に手を回してお互いの距離が近付き、頭に響く音も大きくなった。
直哉は衽に手を掛けて、片脚を持ち上げた。唇を離し、もどかしげな手付きで陰茎を取り出すと捩じ込むように挿入した。

「んひ…っ!ふ、っ…ひっ、い"、ぃ……!」

二人の唾液で濡れた舌をぴんと伸ばして背中を丸める。舌を出しているせいでいつもより頼りない声は腫れっぽい。彼はそのまま腰を動かし始め、なまえの声はさらに婀娜めいた。
先ほどの愛撫だけでも膣は濡れそぼっていて、粒状の膣壁が絡み付く。彼は尻を掴み、彼女を揺さぶった。指に食い込む尻肉は白玉を連想して、いつだったか彼女と出かけた喫茶店で白玉を舌の上で転がした時を思い出した。実の詰まった尻肉を蹂躙するだけでさらに陰茎が張り詰めていき、膣に沈ませるように深く打ち付けた。
なまえはだらしない顔をさせながら何度も身を寄せては胸板に乳房を押し付けた。彼は甘える仕草にあいくるしさと乳房の柔らかさに心地良さを感じた。しばらくして彼女は動きを止め、無言で彼を見上げる。数秒後、片方の乳房を持ち上げて見せ付けるように乳頭を吸った。そして咥えながら言う。

「いじめて……なおやさま…」

頭を殴られたような衝撃が走った。なまえの膿んだ目付きはどこまでも直哉を求めていた。下がった眉はいやらしく、唇は蠱惑的に震えた気さえした。瞳だけが戦慄させるただならぬ欲望を秘めていた。彼こそが、彼女を作り変えたのである。
引き寄せられるように片方の乳房に手を伸ばす。乳頭を指の腹で摘んで、それから爪弾いた。彼女は吐息と共に肩を震わせ、乳頭は芯を浮き上がらせた。なまえの期待するかのような瞳が止まず、彼をずっと見上げている。ちゅう……と自身の乳頭を咥えた唇を窄めた。彼女は何もせず、ただ雄を誘っていた。
乳房を握りつぶす勢いで掴み、先ほどよりも強く腰を突き動かした。なまえは嬌声を上げ、肉欲が満ち足りた顔をした。二人はもう止まれなかった。
亀頭は子宮口を小突き回し、陰核の裏側を擦り、時たま臍下に押し込んだ。膣はもはやミキサーのように蠢き、深くまで締め付けることに没頭している。拷問のような獣のような空気は濃く、お互いの欲望をぶつけているだけなのに、それが一等気持ち良かった。掴まれた乳房はじんじんと疼き、彼女は持ち上げられた片脚を腰の後ろに回した。口を離してしまい、落ちるように震えた乳房は汗を散らす。彼はそれも掴み上げる。指の間からは肉が溢れ、唆られるかたちをした。乳頭はぷっくりと充血してあの時のように親指を差し込んだ。

「く、ふっ…んぅ……っ!ぁあ、あ…」

なまえは目の前で自分の乳頭に親指が埋もれていくのを見つめていた。視覚と快楽が繋がり、太腿がきゅっとひくつかせるように力が入る。爪を立てられたまま入っていき、柔い鋭さに身体が火照っていく。指が前後に動き出して、自分の乳頭から出し入れされる様子に目が離せないようだった。彼は手になまえの吐息を感じながら愛撫して、追い詰めるような手付きをした。彼女は低くくぐもった声をさせて頬を両手で包んで瞳孔を開いた。
なまえはもう腰が落ちそうになっているが、掴まれた乳房と腰に回した脚のおかげで、かろうじてそのままでいられた。仮に倒れて散らばった破片で身体が傷付いたとしても、終わるまで行為は止めないだろう。心中のように、二人はしばらく離れない。

「ぅ、くっ……ふ、ぁは………ぅ、ぅぁ…」

さらさらと涙を流して頬を濡らす。意識は覚束なくなり、皮膚の下の骨が浮かぶほどに身体をくねらせた。彼から見ても果てるまでもうすぐそこだった。

「噛んで欲しいか?なまえ」
「は、ぃ……なおやさま……」

ほとんど譫言のような返しで、いっそ哀れに思うほどだった。どこまでも従順な女に、彼は歯を立てた。
脈打って精液が押し出されるたびに彼は苦痛を感じた。痛いほどの射精で徐々に落ち着きを取り戻し、ほんの少し罪悪感に襲われた。自分がそんなことを考えるとは思わずやや戸惑うが、素直に謝るにはプライドが邪魔をした。肩に顔を押し付け、首筋に鼻を寄せた。なまえは微かに笑って彼の髪に指を通した。
その後、夜まで抱き合い二人は快楽を貪った。布団の上で裸のまま横になった直哉はなまえの太腿に頭を預けていた。彼女の手は優しく髪を撫で、彼は黙って受け入れていた。

「直哉さま……なまえは、直哉さまの傍にずっと居りますからね……」










なまえは夥しい血の中、ほとんど損壊した屋敷の中を駆ける。廊下や庭にまで死体が転がり、まさに地獄絵図と化していた。血で滑りそうになりがらも彼女は直哉の姿を探していた。
走り続けると襖の外れた座敷を見かけ、恐る恐る中を覗き込むとそこには直哉と女性が倒れていた。なまえは言葉にならなかった。女性はうつ伏せに倒れている直哉の背中を包丁で刺しており、引き剥がそうとその肩を掴むとすでに事切れていたようで腕をだらりと伸ばした。何が起こっているのかよく分からないまま彼女は直哉に呼び掛ける。しばらくして眠たげに反応し、顔を上げた彼に悲鳴を上げた。

「なまえか……さっさと逃げた方がええで…」

顔の右半分が潰れ、口からは血を流し、右目と歯のほとんどを失っていた。なまえは震える手で彼の手を握った。

「お、置いてなど行けません……ど、どうしましょう…どうしたら……」
「………………」

喋る気力もないのか無言のままでいる直哉に不安に駆られる。泣きそうになりながら手を強く握り、祈るように額の前に寄せた。

「死なないで、直哉さま……」















寂れた場所でもカモメが飛び交っている。海の音は遠く近く、磯の匂いが風に乗って届いた。深い青は流れ着きたいかのように何度も押し寄せては浜辺を濡らす。海を見渡すように眺めるよりもそこばかりを見つめ、なまえは家路に沿って歩いていた。雲は拒絶するように厚く、日はもう沈みかけている時間だがまだ灰色に薄暗い。
カモメは浜辺に打ち上がった魚を食らっていた。ここではよく魚の死骸が打ち上がる。すぐに骨だけになるので臭いこそはしないものの、だからこそ誰も寄り付かない場所だった。ここは島の一端で、彼女は最低限雨風のしのげる小屋で暮らしていた。
両手に荷物を抱えながら少々疲れ気味の小さな息を吐く。風に攫われるほどか細く、カモメも海も空も何も気付かない。秋の終わり、そろそろ冬が来ようとしていた。カモメは冬でもここへ来るだろうか。もし来なくとも、凍土のおかげで腐臭はしないのかも知れない。

「なまえ」

その声に顔を上げると少し先に直哉が立っていた。なまえははっとして駆け寄る。

「直哉さま、お身体は大丈夫なのですか」
「ああ、今日は調子ええわ」

なまえの抱えていた荷物を奪い取るように持つ。そのまま先を歩いてしまい、彼女は三歩後ろを歩いた。

「あまり無理をなさらず……」
「調子ええって言ったやろ」

彼は全ての荷物を片手で持つと左腕を差し出した。なまえは腕を絡ませて寄り添いながら歩いた。

「今日もぎょうさん貰ったな」
「ええ、今日もたくさんお裾分けをいただきました。ここの方たちはとても親切ですね」

なまえはこの島で魚の仕分けをしたり、捌いたりして生計を立てていた。島の者たちもどこか訳ありなのは察しつつも表立って聞くようなことはなく、むしろ若くて美しくよく働くのでなまえを可愛がっていた。
直哉は顔半分を大きな眼帯で覆い、それでも破れたような皮膚は隠し切れなかった。右目は潰れ、右の方の歯もほとんどない。背中の刺し傷も残ることとなった。身体の方もまだ本調子ではない。

「直哉さま。ここは海が近いですから、魚が美味しいですね」

二人は子供の頃の話をよくするようになった。なまえは両親を早くに亡くし、それからあまり覚えておらず、ぽつりぽつりとしか話せなかったが、嫁に出せるように日常のほとんどを所作や習い事や花嫁修行を叩き込まれていた。彼女は家の中では無価値だった。ただ初めて対面した時に彼はその所作の美しさを気に入ったのだ。彼の子供の頃の話は、ほとんど周囲の人間を馬鹿にするような話だったが、なまえは微笑みながら楽しげに耳を傾けた。
禪院家の屋敷では未だ直哉となまえは消息不明となっている。彼女はどこかで跡を追ったのではないかと、二人とも生き延びているとは考えられておらずそれほど捜査には及んでいないが、彼らには知る由もない。

「……なまえ、幸せか?」
「ええ、ここはつまらなくて清らかに思います」

なまえは笑った。はにかむような、小さな花のような笑みだった。










夜も深まり、二人はすでに食事も風呂も済ませていた。直哉の身の回りの世話はほとんどなまえが行い、今も後ろから濡れた髪を乾かしていた。彼はなまえに稼がせ、世話までしてもらっていることに情けなく思っていたがどうすることも出来ず、ただしおらしく「情けないなあ」と呟くように言った。なまえは手を止める。

「そんなことありません。直哉さまは……とても男らしい方です…」

するりと白蛇のように股座に触れる。服の上からいやらしく撫で、唇を合わせると彼女の方から舌を入れた。ぬちゅ、くちゃと音を響かせて舌を絡め、上顎をなぞった。陰茎は徐々に張り詰めていき、彼女は器用に片手で取り出すと、しゅにしゅにと皮膚の擦れる音をさせながら上下に擦った。白い指は魚のように踊り、その手は少し荒れていた。亀頭から溢れ出した先走り汁を指を絡めてゆっくりと塗り広げる。なまえの手はべたつき、男の欲望の汁で汚れていく。丹念に奉仕すると腹に付きそうなほど反り返り、彼女は口を離した。

「わたし、…欲しいです…直哉さま……」

返事を持たずに服もほとんど脱がないまま、膣に宛てがい腰を落とした。根元まで入ると背中を丸めてふるふると震えていたが、やがて腰を動かし始めた。首に手を回して愛おしそうに直哉を見つめる。乳房も喜ぶように大袈裟に揺らした。彼はなまえに何をされても怒ることはなかった。ふふと笑いながら彼を見つめるその顔は、番の雌そのものだった。二人は、連日のように身体を重ねていた。
彼女は金色が抜けてほとんど黒になった直哉の髪に触れた。そして眼帯の外れた顔にまで辿り着き、そっとなぞる。なまえは潰れた皮膚を愛しんでいる節があった。

「わたし…わたしも、直哉さまに傷を付けたいのです。いけませんか?」

なまえはうっとりとした目付きをしているが、どこからんらんと輝く狂気を潜ませていた。

「……ええで。お前は俺のモンなんやから」

なんでも許したるわ。
なまえは鼻を噛み、頬に歯を立て、顎に歯型を付ける。背中の刺し傷を撫でながら唇を重ねて、彼の歯を噛んでごりごりと音を鳴らした。そして耳朶に噛み付いて、熱い吐息を漏らすと直哉の耳を震わせた。それはどこまでも満たされた吐息だった。

「……はい。わたしは直哉さまの物でございます」

その瞳に(魔性の女や。男を食い潰す女や)と彼は思った。
贅沢は出来ないが、幸い食事には困っていない。だが二人は肋骨が浮き始めている。これから見る見るうちに痩せ細っていくだろう。二人は何も言わない。分かりきっていることだからだ。これは呪いだ。

そうして直哉となまえは溶けるように、海の音に寄せるように身体を重ねた。その音は二人をどこかに連れて行ってしまいそうだった。それほどに切実で、儚げだった。小屋に二人分のひとの匂いが立ち込める。この先、生きることは出来なくとも、二人で死ぬことを望んでいる。


心中 211012

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