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そして今年が衰退するにつれ、わたしたちの会う頻度はゆるやかに減っていった。線にするのなら、それはあなたの背中の曲線によく似ていると思う。
わたしはさむさを誤魔化すためにカフェモカのカップを両手で包んで、ひと口ずつ舌に馴染ませながらクァンシを見ている。クァンシは熱いブラックコーヒーをひと口飲んだきりでカップの表面をいつもの眠たげな目で見下ろしていた。黒いロングコートのポケットに両手を突っ込んで時折白い息を吐いている。わたしはきょうも自分の黒髪を持て余す。クァンシはどうやら不変を好んでいるようだったから。
わたしのすきな言葉はみっつあって、ララバイキス・枯れた百合のはな・ニルギリ。笑っていなくとも天使と言ってくれたのはクァンシ唯ひと人だけ。わたしはいつだってわらわなかった。けどその言葉を言われる度にわたしはすこし微笑んだ。
親の愛だなんて全て欺瞞よね。そんなこと誰にも言えないのだけど。わたしをさがし求めていたわけではないのに、どうしてそんな簡単に愛してるって言えるのだろう。わたしはちゃんと、あいについて探したい。どうしてわたしをそんなかんたんに愛せるの。どうして良い子なら愛されるの。愛はそんなに簡単なものなの。愛があったら、わたしをつくらなかったのではないの。生きているものは生きている方が良いのは分かっているけれど。今もそう。
ずっと、タンスとかクローゼットとかトイレのタンクとか冷蔵庫の上とかにわたしのこころを小分けにして隠してた。わたしはたぶん、わたしのいびつさをクァンシに反映させて共感している。たぶん、そこが好き。気持ち悪い。最初から全て手に入っていないのならわたしはもうなにも要らない。でもわたしはあいしているはずなの。迷子みたいに、愛しているはずなの。生み出したならあとは死んでいくだけなの。今もそう。

「海に行きたいな」

カフェモカを置いて、同時に言うとクァンシはコーヒーをひと口ずつで飲み干してお会計を済ませた。冷たいアスファルトを踏みながらクァンシの腕に自分の腕を絡める。クァンシの身長は高くて、スタイルが良い。クァンシのシルバーネックレスが冷たくなっていく音と、わたしのイヤリングがかすかに揺れる音を、一緒に聞くのが、好き。



クァンシ。わたしとくらげになっちゃいましょうよ。骨すら生まれてないまま居なくなって、消えて、海の一部に還って、魂が同じ場所で溶けるの。なのにわたしたちが死んだら骨になって土に還るだけだなんてとても虚しい。クァンシ、あなたはとてもうつくしいのに死んだら骨になるだなんて悲しすぎる。風と同じだわ。何もない。クァンシ、わたしをあいしていないけど心中しましょう。
海が薄暗くて綺麗で憎たらしい。今見ている景色はまったく同じなのに、感じ方はどこまでも見え方もまったく違うのだろう。寂しい。一体化してしまいたい。わたしの義眼にはそう見えます。海はここが全てのように思うけど、たくさんの場所にあって、ある海では泳いでいるひとがいて、ある海では釣りをしているひとがいて、ある海ではこれから死のうとしている人がいるかも知れなくて、ある海の砂浜ではきっと貝を拾おうとしているひとがいる。わたしのようにふたりきりでも寂しい気持ちになるような少女も。
横を見るとクァンシの美しい目鼻立ちがあって、特に喉の曲線が美しいのだから、美しい声を編み出すその喉を喰い千切ったら、どうなるのだろうと考える。わたしはほんとうに可愛らしいものだと思う。わたしがクァンシにとってぬるくて必要で在れるのかいつだって知りたい。心のねじれが解けない。成れの果ての強いひとよ、あなたは何を考えている?あなたの背中に耳を寄せると心臓が揺れる。わたしはクァンシの曖昧さに傷付いてばかりなのに、わたしははなれることすらできない。

「また連れてきてくれる?」

クァンシは「ん……」と小さく呟くから、わたしは幼い少女の声で「待ってるね」と言った。わたしのおでこに触れて、頬を撫でる。いつか死ぬのにわたしたちって何をしているのだろうと思った。クァンシは曖昧なくせして、わたしのなきそうな気配は察知する。きっと他の女にもそう。目頭から目尻まで拭われる。手を繋いで街へ戻った。
別れ際、頬にキスを落とされた。そのまま背中を向けてそのままさよならをした。愛の終わりは頬へのキスで終わるのかも知れないと、そこを撫でた。今すぐ何もかもが滅茶苦茶になって欲しい。 あの時ちゃんとわたしを、死にたいと思ったわたしを殺せばよかった。愚かで粗末で可愛い。結局、わたしにたいしての現実なんて何処にもないのだ。
わたし、あなたとは、わたしたちは恋人関係だけでなく、負担でもあることも願っている。あなたには迷惑を掛けたいの。わたしのきたない本性を果たさせて。あるがままのわたしを受け入れて欲しいの、迷惑を掛けても。わたしのどの感情はどれもが答えじゃない。正しくない。恋をするにも愛するにも理由は必要だ。恋をしてもらうにも愛してもらうのにも理由は必要だ。欲情というものに快感を伴うのが汚い要素であるならば、汚ければ汚いほど、快感を得られるに決まっている。
欲しいものも、あなたに誓えることもなんにもなかったね。



命は短いほど美しい




あの後、泣く度に記憶のなかのクァンシの幻想が薄くなって、輪郭が歪んでいくのを、こうやって神様は生まれていったんだろうなと思った。それはわたしがえいえんに欲しがった暴力に似ていて、無痛の愛で、どこまでも、痛くなかった。痛くなんて、なかった。結局、痛くなかった。処女の針はわたしをつらぬかなかった。
大きなショーウィンドウを背にしてクァンシのことを待っている。たくさんの人が目の前で行き来する。いつか心中するためのカウント・ダウンをポケットのなかで指折り数えている。しばらくすると人混みのひとたちの目線が違うところへいき始める。クァンシがそろそろ来るのかも知れない。

「お待たせ……」

クァンシはわたしのうつくしいひとだ。白い髪をして、気怠げな黒い目で、眼帯をしていて、唇が薄くて、身体の輪郭ですら曖昧で繊細で、氷のようなひとだった。クァンシはわたしをみ下ろして、瞬きをひとつする。黒くて太いまつ毛が上下した。まつ毛だね。折れない。鋏を入れて。甘いひれを刺して。
クァンシに近付いて抱き締めてもらう。うんと細い身体は華奢なのに、しっかりと鍛えあげられているのがわかる。職業について何も喋りたがらなかったけど、身体を使う仕事に就いているのかも知れない。

「クァンシ。わたしをもういち度海へ連れていって」

異臭を放ちながら愛してると言う。クァンシには初めて嘘を吐いた。
今はもう、何も怖がることはない。今度こそ、ちゃんと理由はできた。わたしへ、わたしとさよならしてください。

「さよなら」

わたしはあいに対して冷静でいたくない。あなたのなかで巣食っていたいよ、どんな怪物になっても。
極楽色の目眩のなかで、浜辺の終わりで白波にのまれたわたしを想像した。一弾で特別になり、死に成り、ユーフォリアにはアーモンドグリーンの色がした。わたしのこころは、いま、いちばんきれいだ。ポケットに入れてずっと握っていたせいか、拳銃は温かかった。キス・マイ・スカー。あなたがわたしのあなの空いたあたまにキスすることを望んでいる。


220107

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