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浴室に小さく漏れる私のうめき声。言語にもならないその音は一瞬だけ反響して裸である私の肌を滑った。後ろから脇腹にぐっと爪が食い込んでつぷと皮膚の中に侵入すれば爪を引かれて鋭い熱から血液が溢れる。音もなく静かに皮膚の上を滴り、その生暖かさに安堵のため息が漏れる。グソクムシャは血が滴る二本の腕を納めてもう四本の細い腕で覆い被さるようにして抱きしめてきた。乳房がぎゅうと柔らかく潰されて私はその腕に手を添える。
以前、私には自傷癖があった。あの時はチャンピオンになったばかりで何かと気苦労が絶えず、プレッシャーで精神的に不安定だった。ぼうとしながら剃刀でむだ毛を剃っているとうっかり脇腹を切ってしまい、とろりと出血したその赤に安心することに気が付いてしまった。バレないように浴室で脇腹を傷付けては血を見て、生の一部が正しく機能しているのが分かると生きているのだと安心してしまうのだ。けどある日、深く切り過ぎてしまって思わず声を上げたらグソクムシャに見つかってしまった。剃刀を握り締めて自らを傷付けている私を、小さな頃から一緒に居るグソクムシャには一体どう映っていたのだろうか。
それ以来、シャワーを浴びる時はグソクムシャが必ず付いて来て自傷行為はやめざるを得なくなった。傷は徐々に塞がっていってもう自傷はしなくてもいいのかもと頬を緩めてその傷を撫でたらグソクムシャの爪が意思を持って傷口を掠めたのだ。痛みはない。ただ燃えるように熱くて、呆然として触れると指先にぬるりと絡んで鮮やかな赤色をしていることにまた安心してしまった。グソクムシャは瞳を潤ませて頭を抱えるようにして巨体を縮こませた。明らかに後悔している。私は血に濡れた手でグソクムシャのその手を取って、新たな傷に押し当ててキスをした。いいよ、という合図だった。
傷が塞がっては裂かれていつしか反対側にも傷ができていた。終わった後は必ず抱き締めてくれて細くて硬い腕が肌に食い込むとさらに安心して身を委ねて眠ってしまいたくなる。グソクムシャの表情は見えないけど毎回固く瞼を瞑っているのは分かる。 小さく息を吐くのも。シャワーの時、もしかして私の傷をじっと見ていたのだろうか。そしてゆっくりと傷が塞がっていくのを見ていたのだろうか。だとしたら責任を取らなくては。もう私も、傷が塞がりそうになると疼いてしまうのだから。
その鋭い爪先で私の肋骨に触れて脇腹を撫ぜて。愛撫かのようなそれはどんなに歪だと分かっていてもかつて自分でつけた傷をあなたに裂いてもらえるとどうしようもなく嬉しいの。血が流れて爪に血液が付着するこの行為を私は愛と呼んで何度もなぞるように上書きされるこの傷はもう一生治らないし、痕にもなるだろう。それでいい。

もう何も怖くないよ。


ただやさしく翅をもいで 190903

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