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時折、一瞬鋭くなるのは知っていた。黒いサングラスから覗く浅瀬色をした特別な瞳が。私は屋敷に閉じ込められていても、悟は呪術高専へ行っても、十七歳となった身体は急速に女と男へ近付いていっている。鋭さの濃度、頻度は増していく。それに晒されて目の付近に刺すような痛みがしても、私はずっと気付いていないふりをして無害に笑う。子供じゃない今、処世術はそれくらいしかない。もう気付いていないふりくらいしか出来ないのだ。味わえない青春の被覆に少しずつ亀裂が入る。いつかびりびりに破くのは、悟なんでしょう。私はただ、無害であるしかない。




「悟」

屋敷に来た悟を出迎える。離れてしまっても、月に一度はこちらへ来てくれた。無価値の私は指折り数えて、まだ息抜きの選択として選ばれることに安堵していた。

「おう」

幼馴染の背はいつの間にか随分と高く。私の与り知らぬところで身体は急速に男に近付き、喉仏も果物が実っているかのように丸く突き出ている。私は微笑む。私はここ以外どこにも行けない。それでも身体は箱庭のようなここで女へと近付く。顔付きも亡くなった母に似てきて、最近、乳房が重たくなった。着物では、ほとんど分かりようがないけれど。

「寒かったでしょう。上がって」




悟は持参した菓子をほとんど飲むような勢いで口にした。机は菓子で埋め尽くされ、今日はマカロン、ロールケーキ、一口サイズのタルト、缶に入ったクッキー、フルーツ大福で、私はロールケーキをちびちびと食べていた。
悟の話す内容は上層部の愚痴ばかりで、相槌を打ちながら上品な甘さに舌が痺れる。普段は質素な食事しか与えられないから生クリームの甘さは剣呑で、ゆっくりと飲み込む。
フォークで小さく切り分け、口に運ぶと下唇に生クリームが付いてしまった。舌を少し出したのに、舐めると途端に目付きが鋭くなる。私はそうなることを知っている。私はもしかしたら、本当はわざとしているのかも知れない。

「そういえばお前さ、縁談の話持ち上がったんだって?」
「うん…私もそろそろ十八になるから」
「ふうん。嫌じゃねえの?」
「私がこの家で出来ることはそれくらいしかないもの」

私は呪力も術式も大したことはなく、くわえて女に生まれた。どこかの家へ嫁いで子供を産むことくらいしか用がない。かといって私のような女を積極的に欲しがる家があるわけでもない。この先、私がどうなるかは相手や相手の家によって全てが決まる。
悟はそれきり黙ってしまって、ただフルーツ大福を齧っていた。




「写真を見た時から思っていたけど、なまえさんはとても綺麗だね」
「恐れ入ります」
「ああ、大丈夫だよ。顔を上げて」

顔を上げると聖さんという方は優しく笑って、私を見つめた。髪を整え、顔に化粧を。一張羅を着込んだ私は、誰かに気に入られるための私だった。
聖さんは将来有望な方で、一級術師の推薦の話も出ているらしい。こうして対面しているのもほとんど奇跡に近いのかも知れない。
聖さんは話もそこそこに、庭の花が自慢なのだと私を連れ出した。私の肩を抱いて、楽しそうに話す言葉に相打ちを打つ。 少し歩くと立派な白い水仙が咲いていた。綺麗ですねと言えば聖さんはそうだろうと言った。

「なまえさんは水仙のことは知ってるかな?」
「すみません、勉強不足なもので……」
「あ、ううん。気にしないで。水仙の全般的な花言葉は自惚れ、自己愛なんだけど、黄色だともう一度愛してほしい、私のもとへ帰ってとか悲しい花言葉で、白色だと神秘だったりするんだよね」
「勉強になります」
「そうだ、なまえさん。少しそこに立ってて」

言われた通りに立つと聖さんは後ろに下がる。そして私と水仙を見つめて、眩しいものでも見るように目を細めた。

「うん、なまえさんにぴったりだ」

近付いて両手を取られる。聖さんの手は体温が高く、硬い皮に覆われている印象を受けた。

「なまえさんさえ良ければ、僕と一緒になってくれないだろうか。どうだろうか……なまえさん」

こんなに短い時間で、人に気に入られることもあるのかと思った。聖さんは照れ隠しのように笑っている。

「はい、私でよければ。聖さん」

いつか、この人が私を抱いて、子供を産むことになるのだと、そういう決まり事のある婚姻は変な気分にさせられた。父は優秀な聖さんと縁談がまとまったことに大層喜んでその日は上機嫌だった。けれどそれから聖さんが不審死を遂げるのは、一週間も経たなかった。




「残念だったな。まさか相手が死ぬなんて」

悟はずんだ餅を食べながら、そうは思ってなさそうな顔と声音で言った。私はバウムクーヘンを切り分ける手を止めてしまい、少し考えてしまった。そう言われると私は残念とは思わなかった。ただ驚いて、それから……何も言わずにいると悟は苛立ったように身を乗り出した。

「何?好きだったわけ?」
「ううん、まだ一度しかお会いしたことなかったし……でも優しそうな人でよかったと思った」
「あっそ」

悟は次のずんだ餅に手を伸ばして大きく口を開けた。私はバウムクーヘンを切り分けて口に運ぶ。丁寧に粉砂糖を振りかけられた表面は、本当は優しい甘さをしているのだろう。目の覚める甘さをしている。

「ねえ悟。手を貸して」
「いきなりなんだよ」
「私の手を包み込むように握って欲しいの」
「意味分かんねーな」

手を拭くとそっと壊れ物に触るかのように、私の手を包み込んだ。聖さんとは似て非なるものだった。指は細長く、綺麗な爪のかたちをしていて、私よりも随分と大きい。それから悟の瞳を見て安心した。

「ありがとう」
「…おう」

数秒後、手が離れて悟はお茶を含み、思い出したかのように口を開いた。

「お前ん家っていつもお茶上手いよな」
「そりゃあ…あの五条悟だもの。下手なものは出せないよ。でも悟の方が家でいいもの飲んでるでしょう?」
「まあな」
「ふふ」

それから何度縁談が成立しても、相手が不審死や事故死で亡くなることが続いた。悪い噂が立ち、私は誰からも貰われなくなってしまった。父に殴られる日々が続いている。




夕焼け、頬を叩かれて倒れた私の影が畳に映る。後ろから罵声を浴びせられ、背中を踏まれた。衝撃で押し出された息を吐く。今日の父は随分と酔っていた。

「お前はあの女そっくりだな!」

肋骨が潰されそうなほど、足に強く力を込めてぐりぐりと回される。おそらく鬼のような形相をしているのだろう。圧迫感に眉を顰めても、父の不機嫌の前では何をしても無意味だ。受け入れるしか、やり過ごす方法を知らない。

「ああ、この家が狂ったのはあの女のせいだ!アイツと出会わなければお前を産まずに済んだ!あの女、首なんぞ吊りおって…!おかげで恥を掻くことになった!」

父は私に、あわよくばどこか優秀な家に嫁いで子を貰うことしか用はない。元々、母が自殺したことで他の家から敬遠されていたのにさらに噂のせいで完全に孤立してしまった。父は毎日酒を呷り、苛立っていない日は無かった。今も酒瓶を抱えてげっぷをしながら私を罵倒し続ける。唇を噛んで心を殺すと、頭に酒瓶をひっくり返されて酒臭さが充満した。惨めさにとうとう涙が溢れてしまった。
……助けて、悟。ここにはしばらく来ないと分かっていてもそう思ってしまう。悟がよく話していた夏油傑という友人が離反して、今呪術界ではその話題で持ちきりだった。連絡を送っても何も返ってこないから心の傷は計り知れない。私から会い行ってもいいかな、悟。もう、耐えられない。




「勝手に入ったら良いと思うよ。アイツほとんど出てこないから」

目の前の泣きぼくろが特徴的な女性は、校門で迷っていた私に声を掛けてくれた。制服を着ているから学生なのだろうけど彼女からは煙草の匂いがした。

「あの、ありがとうございます。案内してくれて」
「良いよ良いよ。なまえって名前、悟の口から聞いたことあるから」

私のことを話していたことに驚き、少し嬉しくなった。彼女はもしかしたら悟の話してくれた家入硝子という女性なのかも知れない。

「まあでも一応寮だから。バレないようにね」

それだけ言うと彼女はどこかへ行ってしまった。名前を聞きそびれてしまったけど内心適当だなあと思いつつ、扉を控えめに叩いた。

「あの……悟、居る?」

いくら待っても返事はない。一応連絡はしたけど何も返ってこなかった。ドアノブを回すと鍵も掛かっていなくて、中を窺うととても暗かった。そっと入るとベットに項垂れるようにして悟が座っていた。今気付いたのか分からないけれどゆっくりと顔を上げた。

「……お前が洋服着ることとかあるんだ」
「外だと着物は目立つから……ねえ、大丈夫なの?」
「……悪いけど今は話したくない。帰ってくれよ」
「……ケーキ、買ってみたんだけど…要らない?」

返事はなかった。置いておくから食べてねって帰った方がいいのかも知れない。だけど今の悟を見ているととても放っておけなかった。靴を脱いでゆっくりと近付く。警戒した動物を前にするような歩みで、机にケーキの箱を置いた。隣に座り、口を開こうとしたところで押し倒された。何が起こったのか分からないままでいると悟は無表情で私を見つめていた。帰れって言ったじゃんと苦々しく放たれた言葉がどこか遠くに聞こえる。

「大体さあ、そんな格好で男の部屋に来るって警戒心なさすぎるでしょ。しかもなんでベットに座るわけ?俺たちもう十七だよ?箱入り娘だから分かんない?こんなことされたって文句言えねーってことだよ」

服を上に持ち上げられ、下着が露出した。外気に晒されただけで肌寒さを覚えた。悟は目を見開き、手も怖気付いたように止まって私の胸ばかりを凝視していた。息を飲んだのが伝わった。

「……私って、悟が傷付いたら乱暴にしてもいいような女の子なの?」
「……ッ」

その手も身体も離れる。上体を起こして服を整えると私から目を逸らした。靴を履いて、最後に振り返るとまだ目を逸らしていた。部屋から出て行く。終始、無言だった。歩いているとあのまま抱かれていたらどうなったのだろうと思った。嫌ではなかった。ただ、死ぬほど泣きたいような気持ちにさせられただけ。もう二度と、悟から連絡が来なかったらどうしよう。私はこれから先、父から殴られるだけなのだろうか。そのことの方が、ずっと不安で恐ろしかった。




食事を摂っていると急にあの甘さが恋しくなった。最後に食べたバウムクーヘンでも買おうかと考える。
あれから悟から連絡なんて来るはずもなく、ただ父に殴られる日々が続いていた。私はこのまま一人で死ぬだけなのだろうかと思うと、何度も会いに行かなければよかったと後悔した。どうして、いつも選択を間違えてしまうのだろう。自ら動いて上手くいった試しなど一つもない。なぜ忘れてしまったのか。会いに行かなければ、今頃悟がまたこちらへ来てくれたかも知れないのに。
食事を終えて着物から洋服に着替える。父はどうせ昼まで寝ている。使用人にも面倒だから何も言わなくていい。どうでもいい、全て。むしろ何も言わずに遠くへ行ってしまおうか……なんてことを考えながら外へ出た。
春は出会いと別れの季節らしい。桜の花がひらひらと散っている。私にはこれから先、出会いも別れもないのだろう。母のように、一人で死ぬのかも知れない。それもいいと思う。どうせ誰も私に用はないのだから。ただ無害に、何もせず、流されていくだけだ。その結果が一人で死ぬのならそれだけのことだ。
陽は暖かく、生温い。もう少し歩いて、それから電車に揺られたら悟がいつも買ってるお店に辿り着ける。小さなサイズも売っているだろうかと考えていると遠くから人が見えた。目を引いたのは、一目見ても分かってしまったからなのだろう。日本人離れした白い髪に遠くからでも分かる長身。私は思わず足を止めてしまった。

「……悟」

私に気が付くと悟はばつの悪そうな顔をして首を掻いた。




お茶を淹れて悟の持参した羊羹を出したけど一向に口にしなかった。しばらく待っていたけど私は羊羹を切り分けて一人で食べた。口にするたびにちりちりと手首に視線が刺さる。私は泣きたくなるほど安堵した。見せ付けるようにゆっくりと咀嚼する。甘さもかつてないほど剣呑で。悟は重たげに口を開いた。

「今更だけど……あんなことして悪かった」

私はあれからずっと考えていることがある。欲しがるから怖くなる。なら、欲しがられたら?

「……ねえ、私の肌の白さ覚えていたの?」
「は?」
「だって、今も手首ばかり見ていたから」
「な……」

顔を赤くして、羞恥に呆けてそれから歪む。

「何回、思い出した?」
「…………」
「ねえ、めちゃくちゃにしてやりたかった?」
「やめろよッ!」

そうよ、悟。あなたは私を欲しがるべきよ。

「なんなんだよお前!意味分かんねえ、なんでそんなこと聞くんだよ!」
「私は何回も思い出したよ。怖かったなあ……」
「……!」
「でもね、嫌じゃなかった」

言葉に詰まったようなその顔。掛かった。私は何もしない。何もしないよ。

「私ね、さっき悟の買ってきてくれてたバウムクーヘンを買おうとしていたの。会えなくて、寂しかった」

この愛はあなたが加害者でなければならない。




唇が震えた。心臓もかつてないほど激しく脈動して、汗を掻いた。それなのに口付けをされた時、絶望したような気持ちになった。至近距離の悟の顔は、とても睫毛が長くて綺麗だった。

「お前のこと、ずっと好きだった」

ぞっとするほど生々しい告白だ。そして服を脱がされながら剥き出しになった肌に口付けをされていく。私はまた絶望する。あんまりにも呆気なくて、簡単だ。手慣れているんだね。なんてことは言わないでおく。知っていたことだ。こんなふうに、悟は他の女性を抱いてきたんでしょう。
服を脱がしていた手が不自然に止まる。気が付いた?下着は奇しくもあの日と同じものを身に付けていた。なら、やっぱり悟はあの日のことを鮮明に覚えていたことになる。運命みたいね。何に対して?犯されるための?湧き上がる笑いを口の中で殺す。
服も下着も脱がされ、押し倒される。胸元から臍まで唇を押し付けられてむず痒く愛おしい。胸に触れられ、壊れ物を触るかのような手付きは変わらなかった。仄暗くカタルシスが混じる。今は心から私の言葉を信じて。私の世界を美化した人よ、あなたは私を求めないといけない。

「痛かったら、背中に爪立てていいから」

本当に心底絶望して、涙が溢れた。それも舌で舐め取られて私の身体はびりびりに破れるようだった。繋がる箇所を見つめたまま、割り開かれる感覚は耐え難く爪を立てる。押し込むような腰使いで、膣は鈍い痛みを発した。刺された股周辺の皮膚が持っていかれてしまいそうで、それも含めて堪え難い。殴られるよりもこちらの方が痛かった。
徐々に奥に入っていき、吐き気が込み上げる。下半身はもう、道具のように別物だった。眉を顰めながら涙を溢れさせる女を、悟はどう見えるのだろうか。 ただ、悟の、何かを我慢するようなあざとい顔は安心させてくれた。
ある一定で止まると、呼吸をするたびに下腹の中の存在を感じた。肉が絶え間なく絡み付いている。悟に私の内部を知られてしまっている。おそらく、普通の女の子は思わないのだろうけど私はとても恥ずかしく思った。そろそろ痛みも感じなくなってきて、相性という言葉が頭をよぎる。相性がいいのだろうか、これは。だとしたら嬉しい。私は、悟のものになるために産まれてきたみたいで。

「……っ、もう動かしても大丈夫か…?」

私は頷く。腰を引かれただけでも、全てが引き摺り出されそうだったのに、突き出された衝撃はさながら天啓のようで。痙攣する身体を捕らえたまま、悟は何度も腰を動かした。頭が弾け、目の奥が明滅して、芯から粟立つような感覚。腰が勝手にびくびくと上がってしまうけど、力強く腰を掴まれてもうほとんど動けない。当たる場所が定まると思考がどろりと緩み、神経が焼き切れそうだった。……痛いくらい、気持ちがいい。
亀頭が膣壁を削る刺激が重たくて、身体は逃れたいかのように跳ねるのに、腕力で征服されてほとんど動けない。さっきまであれだけ痛かったのは嘘のようで、もう私の身体は犯されるための雌に成り下がってしまった。この身体は呆気ない。貫かれていいようにされる自分の身体に憐憫を覚える。無力な女そのものだ。胸と尻だけが実っては男に食い物にされる、女。そして恍惚に溺れる。
いつの間にか背中に爪を立てていた手は、悟の首に手を回して髪を掴んでいた。視線はずっと絡んでいる。私はその瞳を舐めたい気持ちにさせられた。私を女として見ていた瞳を。……私を女にしたその瞳を。
肉のぶつかる音と快楽が重なって意識が覚束ない。もう少しでどこか、どこかへ行けそうだった。快楽が私を責め立てる。訳も分からないまま、ただずっと瞳を見ていたいと思った。

「……っ、も、でるから…っ」

勝手に足が持ち上がって腰裏に回した。どうしてそのように身体が動いたのだろう。悟も驚いたような顔をしている。子供が欲しいのだろうか。そうね、欲しい。いいでしょ?悟。ひとりにしないでよ。もっと深くまで繋がっていたい。
一際大きく腹の中で脈動する。射精された感覚は曖昧ではっきりとしなくてこんなものなのかと思ったけど、最後まで気持ちよくなってもらえたことに多幸感が生まれる。私は、もう悟の欲望を叶えることができるのだ。
悟は私に微笑み、優しく頭を撫でた。次は、とどめ。

「許さないよ」

その瞳が大きく見開かれる。頭を撫でる手が止まった。

「ちゃんと責任を取ってよ。こんな無理やり、乱暴して、ただで済むと思っているの?」
「む、無理やり……?」
「私は、何もしてないよ」

もう一度見開く。私は、無害のふりをしていただけよ。おくびにも出してやらない。

「……まだまだ私を抱いて、責任を取り続けてよ。これからは、私だけ」




月に一度、週に一度、三日に一度、二日……。どんどん逢瀬の日数が短くなっていく。
後ろから胸を掴まれ、貫かれながら舌を絡める。腹の裏側を何度も刺激されて、あの赤黒く膨れた亀頭が押し付けれているのだと思うと眩暈がした。胸のかたちも指が食い込んで歪んでただの道具みたいだ。服の裂け目が濡れていく。
父は五条悟との婚姻が決まったことで、此の所上機嫌だった。私が毎日のように出掛けても何も言わない。優しい父を見るのは初めてだった。もう殴られて罵倒される心配をしなくていいのは精神的にとても楽になった。父は機嫌がいいと私に構わない。
肉の軋む音が下半身から響いてきて、どんどん快楽にのめり込む。胸を掴む力も抑えが効かなくなってきたみたいで下腹を締め付けてしまう。子供は欲しくてたまらないけど悟のは蛍光色の避妊具に包まれている。少し物足りないけど、いつか孕ませてもらえるから我慢できる。至近距離で瞳が瞬いて頬に睫毛の影が落ちる。産毛が見えるほどで、悟の吐息が私の肺を濡らす。唾液はもう顎にまで垂れて混ざり合っている。舌の柔らかさや熱っぽさに頭が回らなくなる。
ねえ、聖さんのことを好きだったかって言われて、そんなわけないじゃないと思ったよ。誰かを慕う感情は、誰よりも知っているもの。ねえ、悟。
必死に呼吸する私に溺れながら、そのまま射精したのが伝わった。唇が離れて、枕に顔を押し付ける一瞬、窓から若葉が萌える木の枝が見えた。ここは屋敷から遠く離れているけれど母が首を吊った木はすぐに切り倒されたことを思い出した。奇妙なことに他の木は花を咲かせたことなど一度もないのに、翌年から桜の花が芽吹いたらしい。私は小さな頃から桜を見ているから本当のところはどうか分からないけれど。そんなことを考えていると仰向けにされ、いつの間にか新しい避妊具を付けた悟が私を見下ろしていた。微笑んで背中に手を回す。男の硬い肉に押し潰されそうになり、圧迫感にしあわせになる。幼馴染の肉体は剣呑の味がしている。私の中でまた白濁滴らせて。
…ねえ悟。もう辛くないでしょう。思いやりと慈愛以外、欲しいものはなんでも与えてあげる。どうか骨の髄まで尽くさせて。愛していると実感させて。私を愛して。捨てないで。私をずっと欲しがって。なんでも差し出すから私と愛で共倒れして、悟。


累卵の危うき 211029

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