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裸で抱き合って眠ると嘘のように満たされた。あなたの這う指と硬い歯に全てを信じていました。底知れぬ瞳は優しかった。
性行為はしたことないけれど、彼は私の肌を噛み、傷痕を作るのが好きだった。私も、彼の柔らかいペニスの温度を心地よく感じていました。……触れるたびに至るところにあなたの肌があると思った。あなたはとても体格が大きいから。
髭をなぞるとさっきまで海を見つめていた眼差しをこちらに向け、私の頭を撫でました。優しさを享受して、私は、次にあなたの声を聞くためだったらなんでもすると心のなかで誓うのです。あなたの脈の通っている手首に唇を寄せる。

「くすぐったいよ」

ジークさん、低く響く声はあなたの声。あなたは嘘つきなのに、覚悟だけは決まっている。本当は私以外に欲しいものなんて失くしてほしい。そしたらあなたは本当はここにずっと居てくれるのでしょう。私のことも。
大きな手のひらが肋骨に伸びて、太腿の付け根まで撫でられる。鳩尾にほろ苦く響くから、身震いします。私の身体の曲線は、あなたに撫でられるために生まれてきたのではないかと思ってしまう。
大人のかたちをした指先というのはとても綺麗で、あなたは眼鏡がよく似合っていました。私は、あなたの優しさでいずれ大人になるのでしょうか。そうであればいいと思う。
海を見つめていたのは明日、戦争へ向かうからなのですか。私は海が好きで、この部屋を借りた。大きな窓からよく見えて、あなたに触れられた時にふたりのものになった。だから、そんな顔をさせたくなかった。

「そろそろ出掛けようか」

私を優しく抱いて、クローゼットの前へ向かう。目を合わせると額にキスをされる。その優しさに、もしも、私が手足を失ったらどこにも行かないのだろうかと思う。なら、そうなりたい。どこにも行けない女になりたい。あなたの手によって。私の愛を望んで…………





ワンピースを濡らさないように持ち上げて、首が痛くなるほど空を見上げる。カモメが一匹飛んでいた。身に沁みるほど自由を感じる。
海は冷たく、同じように優しい言葉には価値がない。青い色は果てしない。海には海だけのにおいがあり、海だけの愛がある。私の裸はなんの意味もない。
振り返るとアイスを買ってきたジークさんが海に入った。差し出されたアイスをお礼を言って受け取り、一口舐める。頭上から声がした。

「なまえはさ、海が好きだよね。それはどうしてなの?」

舌の冷たさと曇った甘さに身震いする。私は少し考えて綺麗だから、と凡庸に答えます。ジークさんもそう、と一言だけ呟いてから、アイスを舐めながら私の頭を撫でました。次第に髪を弄ばれ、ひどく安心して、ジークさんのコーンから垂れるアイスを舐めとった。

「若い女の子の身体って綺麗だねえ」

髪に触れていた指は離れ、顎の縁をなぞる。そう言われると泣きそうな気持ちになり、あなたよりうんと遅く生まれてきてよかったと思う。あなたが欲しがらないものは、私も要らない。若い身体をあなたで燃やし尽くしたいのです。
今、ただなんとなく、あなたが私のお腹のなかに居たらどんなにしあわせだろうと思った。





ジークさんのにおいを感じるだけで、私はそれだけで本当にうっとりとする。でも、こんなに近くにいると、私はきっと誰よりも、あなたよりも、獣のようなにおいがしているのではないかと思う。
私は強く抱いてと強請る。シーツの擦れる音がして圧迫感に包まれた。もっと強くと強請る。肋骨が潰れ、みしみしと音を立てている気がした。もっとと強請ると彼は笑い出した。

「いい加減潰れるよ、なまえ」

急速に圧迫感は消えて、息がしやすくなった。ただ涙が出そうなほど名残惜しくて身を寄せる。それをどう受け取ったのか分からないけど、大きな手のひらで背中を撫でられ続けた。

「もう眠りなさい」

父親、もしくは兄のように言ったジークさんはそれからすぐに眠ってしまった。私は寝顔を見つめ、抱きしめられた腕から抜け出した。ただ離れることはせず、ベットに腰掛けます。また一晩で私の部屋はジークさんのにおいになるのだろう。塗り替えられてしまうのだ。強いあなたに、わたしは弱いのだから。
テーブルには飲みかけのコーヒーのマグカップがある。ふたりという証拠に陶酔した。指先を握る。太くて、硬い。乾いている。
わたしの欲しいものを全てくれるのにどうしてわたしは満たされないのでしょうか。あなたが与えてくれるもので全てが叶うと思っていました。愛することも愛されることもとても暴力的なことで、愛は、ただ誰かを愛していいという免罪符なだけでした。とても罪深いことだった。だから、正気が歪むほど愛しています。あなたからの優しさを全て奪い尽くさないと気が済まない。気が済まないんです。それだけが、私である証な気がして、手放せないんです。
ジークさん、ごめんなさい。嘘を吐きました。私が海が好きな本当の理由は、なにも無いからなのです。





一度だけ、こちらを振り返ると戦艦の扉の向こうに消えました。私はずっと手を振ったまま、その一点を見つめます。
あの後、もう一度横になると寝ているはずなのに抱きしめられて、ひどく泣いてしまった。心も身体もばらばらになるようだった。声を殺して泣くのは初めてじゃない。本当によく、泣くようになってしまった。嬉しい時も悲しい時も、虚しい時でも。その正体は愛おしいからだと思う。
戦艦が出港する。窓からジークさんは私を見てくれているでしょうか。遠くて高くて見えない。見ていなくてもいい。ただ無事に帰ってきてくれさえすれば。他にはなにも要らない。

小さくなる、遠くなる、小さくなる、遠くなる…………

他の人が次々と帰るなか、私はただただそこに立っていました。泣いてもいました。涙を拭ってくれるひとは海の向こうへ行ってしまった。わたしは一人泣いていた。彼からすればくだらない理由からだ。私は心底くだらなかった。ガーゼ越しに閉じた左目に触れる。海風のせいか、頬の青痣が疼いた。

意味がありません。なにひとつ、私の人生には意味がありません。私は決して、本物の幸福である、つまらなく、清らかなものは手に入らないからです。私の言葉は本物の幸福の前ではすべて嘘で、純心などひとつもないからです。私が本性で語るのは、その情けない本性によって出る言葉で、加害性のある言葉のみです。私が愛によって祝福されることは永劫なく、ただ己の快楽のみによって祝福されます。その言葉だけが私の純心で、紛れもなく、私の幸福であるからです......私の自我を、外傷で与えてください。血と肉を泡立たせ、震えさせてください。私は、私がこの思いで満たされること、あなたに非の打ち所のない暴力を振るわれること、それにしか興味がありません...........
ねえ、行かないで。

あなたは熱い鉄を飲んだ 220615

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