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なまえは綺麗な顔の女だ。身体付きもほっそりとしているくせに胸が大きかった。それは裸のなまえを見て初めて知ったんだけど。侍女だからパパに顔で採用されたんだろうなって思ってた。実際、それはそうでなまえははやくもパパに抱かれてた。嫌なもの見ちゃったなあとその場を離れようとしたら、なまえと目があった。でもわからない。一瞬だけだったから。あれは今でも、もしかしたら勘違いだったんじゃないかと思う。その日からあたしはなまえを目で追いかけるようになった。あたしってわりとパパに似ているのかも知れないと思った。
たっぷりお湯をいれたバスタブに身を委ねる。左腕は放り出して、なまえは跪いてその腕にマッサージをしていた。顔がすこし下向いて、長い睫毛が目立つ。無芸で無趣味の女。だけど指先までうつくしい。

「ねーなまえも入ったら?」
「いえ……そういうわけにはいきません」
「…あっそう」

イラついて腕を振り払った。それから立ち上がってシャワーを頭から思いっきり掛けてやった。なまえはされるがままだ。いつだって嫌な顔ひとつしない。驚いた顔すらしない。それでも濡れていくなまえを見下ろすのは気持ちがよかった。きゅっと蛇口を閉めたら雫がぽつぽつと前髪から落ちていた。なまえはなにも言わない。

「これで入るしかなくなったね」
「………………」

なまえは静かに着物の帯をほどく。あたしはバスタブの縁に腕をのせて眺める。露わになっていく肌は鳥肌が立っていて、脱ぎ落とされた着物は足元でくしゃくしゃになる。さらしを外すと大きな胸が揺れた。着物も拾うとすこし迷うように視線をさまよわせてから、洗面台に掛けるようにして置いた。それからシャワーを軽く浴びると失礼しますとあたしの目の前に座った。あたしの左腕を取ろうとしたから軽く振り払った。なまえは顔を伏せた。
なまえとはいつも目があわない。伏せるようにしていつも遠くを見ている。それでもうつくしい。ただの女のくせに。
お湯に浮かぶほどの立派な胸は片方しかない。ふたつあったら、それは壮観だったのかしら。たまらなくなって縁に腰掛ける。足を開いて、なまえに見せつけた。

「ねえ、なまえ。舐めて」

なまえははいと返事をすると足の間に顔を近づけてきた。なまえの股には毛が生えているけど、あたしにはまだ生えていない。

「あたしが落ちないようにしてね」
「はい」

手を握られる。濡れた皮膚同士が気持ちいい。
柔らかい、なまえらしい舌に舐められる。テクニックも何もない、ただずっと犬のように上下に舐めるだけ。だけど何度なまえの舌で気持ちよくなっただろう。
もうパパは新しい侍女に夢中だ。パパに揉まれてしゃぶりつかれて、歯形のない胸はもうあたしだけのものになった。不思議と昔から嫉妬はない。ただ、あたしってパパに似てるんだなと思っただけで。いつか、あたしもその胸に歯形をつけようか。
そういえばどうして乳房にしたんだろう。腕でもなく足でもなく臓物でもなく。男の手でもあまるほどの胸を。欲しい、と言ったとき、なまえは三日ほど時間をくださいと言った。あたしは待った。三日後になまえは構いませんと言った。あまりにもあっさりとしているから、今は二日前なんじゃないかと思うくらいだった。摘出手術はガラス越しで眺めていた。眠って身体を開かれるなまえは死体のようで綺麗だった。思わずため息を吐いてしまったことを覚えている。そうしてホルマリン漬けとなった胸を渡されたときは言葉にならなかった。
なまえはどこまで従順なのだろう。でも、ここまで従順だとそろそろ次はどこにしようなんて思う。足の指を失ったなまえを想像する。可愛いわ、なまえ。口にでた。
この所有欲こそがあたしの理性を剥ぎ取り異形にする。だって、魔物があたしにキスするのよ。恋慕だとは言い切れない征服が、あたしを。ねえ、誰もさわれないあたし達だけの国があったらそれって幸せなのかな。その国ってきっと、ホルマリン漬けのあなたの胸だね。なまえに会えればこの世の誰とも会えなくなってもいい。本当はあたし、どんなに苛めても、あたし、なまえの腕のなかで死んでしまいたいと思う。
なまえはただただあたしの股の間を舐める。もう愛液と唾液でぐちゃぐちゃで、セックスをしているみたいだった。初体験は、なまえだけど。なまえの言葉を詩のように思い出す。なにも喋らないくせに。いつも、頷くだけで目もあわせないままで……綺麗よ。なまえ、ただ見ているだけでも…………
身体がかすかに痙攣する。前のめりになって、声が漏れた。口を離したなまえの舌から粘液の糸がぷつりと途切れる。唇を舐めるとあたしの太腿の内側にキスをした。ああ、あたしってなまえを珍しい生き物にしたくて取り上げたのかな。

あたしは、殺されるならなまえがいい。
あたしは、愛されるならなまえがいい。
ねえ、わかってる?あなたがあたしの魂を見つけたのよ。

乳房/クレープ 210531

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