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あたしが初めて人間の中身を見たのはまだ十歳のとき。ファーストキスもなくなった。多分、暑くない日だった。


パパから何度ももうあんなところに行くのはやめなさいと言われたけど、あたしは何度もなまえに会いに行った。なまえと遊ぶことがあの時のあたしのすべてだった。危険なスラム街だったとしても。でも今思えば、なまえと遊ぶことよりもその姿を目に焼き付けることだけが目的だったように思う。
なまえ、綺麗な目をしていた。なまえ、よく殴られた痕があった。なまえ、痩せぎすの、なまえだけの身体を持っていた。なまえ、よく笑っていた。なまえ、あなたの味を知った。なまえ、みすぼらしかった。なまえ、うつくしかった。そう、まるでスラム街とは無縁の花園で生まれてきたかのようだった。
路地裏でよく遊んでいたけど、拐われなかったのは本当に奇跡だと思う。人も滅多に来なかったのに。ボールを蹴ったり、地面に丸を描いてその上を跳んだりして遊んでいた。その時にはもう占いに興味があったから、なまえを占ったりした。どうみても子供っぽくて拙いものだったけど、なまえは真剣に聞いてくれた。嬉しかった。こっそりとあたしとなまえとのことを占ったりもした。
ある日のことだった。なまえがバイクに跳ねられた。なまえは数メートル飛んで、壁に強く打ち付けられた。たったそれだけなのに、なまえの腹から腸が飛び出していた。それを見たバイクの運転手はひっと声を上げるとさっさと逃げてしまった。あたしはゆっくりとなまえに近付いた。どう見ても、こんなの助からない。でもまだ息があるようだった。あたしに助けを求めるように見上げた瞬間、目の光を失った。初めての感覚だけど、きゅうんと胸が疼くのを感じた。
親に臓器を売られたらしい。元々そんな身体じゃ手術に耐えられるはずもなかったのだ。そしてきっとヤブ医者。雑な縫合だったのだろう。じゃないとこんなので傷口が開くわけない。
その美しさに息が止まる。名前の死の匂いを嗅ぐために深く息を吸い込んだ。どちらかと言えば鉄の匂いがして、死の匂いなんて分かるはずもなかったけど胸の奥底まで満たされた。
騒ぎは聞こえない。まだ誰にも気付かれてない。もしかしたらこんな路地裏じゃ、誰にも見つけてもらえないかも。

「なまえ、キスしていい?」

返事が来ないことなんて分かってる。でもせっかくのファーストキスだから、ちゃんとなまえに確認を取りたかったの。
膝を突いて、小さく空いた唇と重ねる。吐いた血がまだ温かい。舌を出したら唾液もあって、すぐなら死体も生きたままに近いんだなあと思った。映画でディープキスのことを知っててよかったと思う。
今日はなまえにとって一番最悪な日で、あたしにとって一番最高な日だと占いに出た。気になったのだ。どうなるのか。ううん、薄々分かっていたかも知れない。でもこんなにも上手くいくなんて思いもしなかった。そして地面に転がった腸にもキスするために顔を近付けた。グロテスクの味がした。あたしだけの。なまえにもう一度キスして、あたしはその場を離れた。そしてもう二度とあのスラム街には行かなかった。パパは安心したようで、何も言わなかった。
人体をコレクションするたびになまえを思い出すの。目の光を失った瞬間を思い出す。舌の上を通り過ぎた鉄錆の味を思い出す。キスの味を思い出す。生温さを思い出す。きっと、暑くない日だった。でもどんなものを手にしたって結局、なまえには敵わない。だから、あたしは今もなまえが好きよ。


あたしの天使ちゃん 210327

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