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海の見える窓。白い天井と床。窓枠。全て。
わたし達は床に敷いたシーツのうえで裸だった。レゼだけが上体を起こして窓の向こうを見ている。時折瞬きをしながら、黒い海を目にしていた。その髪は柔らかく重力に従って、なにも纏わない身体も彫刻のようだった。無菌室のような内装。サナトリウム。
辺りに散らばった非常食とペットボトルを手元に引き寄せる。レゼはもう何かしら食べていたみたいだ。唇がもう湿っていたから。口の中が乾いていきそうなビスケットを水で流し込む。味気ないくらいがちょうど良くて、空っぽの胃に溶けたビスケットと水が届く。最後の一口は、一際大きく喉が鳴った。

「わたし、レゼの本当の姿、知ってみたい」

思い出したかのように口にすれば、一言ずつ切り分けたようになった。ペットボトルの蓋を閉めると同時にレゼが緩慢な動きでわたしを見る。目は伏せるような、眠たいような顔をしていた。いや面倒、というのがはっきりと出ていた。

「…別に、そんな可愛いもんじゃないよ」

少し掠れたその声は、どれくらい経過したか分かるものだった。レゼの声は少女そのものだ。わたしだってほとんど変わらないけど。きっと。

「そう?でもわたしは知ってみたい」
「…別に見せたっていいけど、死ななきゃいけなくなるよ」
「知ってるよ」

レゼは無言でわたしの頬に触れる。それから指の間で耳を挟んだ。近付いたその顔は小鼻の筋が通って睫毛がながい。一瞬だけ視線を外すと今度ははっきりとわたしの目を見た。

「言っとくけど、私と離れたらすぐに忘れるよ」
「でも、わたし達は今に生きてる」

きっとレゼは耳に触れ続けるその手で、わたしの首を締めようと思っただろう。押し倒して、苦悶の表情を浮かべながら涙するわたしを想像した。死というのはその先にあるということを。
「そうだね」その声は遠くに感じるほど小さかった。手を離して立ち上がると、ちょうど肩の位置に海が見えた。ぼんっ。魔法のような一言と首筋から伸びたピンを引き抜けばレゼの頭が爆発する。その轟音と閃光に目を閉じる。一瞬、辺りが急激に熱くなって肉の焼き切れたようなにおいがした。

「…これでいい?」

レゼの頭は黒く硬く重く変化していた。白くて鋭い歯が見えて、そこが口だと分かった。身体は変わらずに導火線を寄せ集めたような服、と呼べるものがあった。それらはうねる蛇のように複雑に何もなかった肌を覆うから妙に艶めかしかった。胸から下は、足までダイナマイトがぶら下がっていて大事なところがかろうじて隠れていた。わたしね、とようやく言葉を口にする。

「ずっとレゼの瞳って薄紫色だと思ってた」
「……なにそれ、変なこと言うね」
「今はちゃんと、緑色だって分かっているから」
「…………」

レゼは気まずそうに足の裏で自分のくるぶしを撫でつける。窓の向こうにはもう朝が来ていて遠い波濤がくっきりと見える。一日の始まり。

「そろそろいい?」
「そうだね」
「…痛いの、一瞬だけにするから」
「うん」

レゼはわたしの胸の中心に触れる。黒い導火線に覆われた細腕。顔をあげると目は見えないけど、確かにレゼと目があった。もしかしたら穏やかに笑ってくれているのかも知れない。そんな感じがしたのだ。ねえ、わたし、あの日握ってくれた手のひらのことを忘れないから。

「綺麗よ、レゼ」
「……」
「このまま世界一周しても楽しそうだけど、最後に見えたのがあなたでよかった」
「あ、そ」

レゼはひとつ、抜けるような溜め息をこぼす。

「おやすみ」
「おやすみなさい」

無菌室はそこで終わり。


さようならの窓枠 201031

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