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元々、仏壇には祖父の遺影だけがあった。おりんを鳴らして手を合わせた後に顔を上げると四人と目が合う。祖父は生まれた時から居なかった。祖母はわたしが小学生辺りから認知症気味になって遺影では厳しい顔をしている。生前も厳しいひとだった。わたしには女らしく、と口を酸っぱく言っていたけど兄にはものすごく甘かった。長男ということが関係しているかも知れない。母と父は仲が良くて遺影ではやさしい顔で写っている。父、母、祖母、兄、わたしの五人で温泉旅行に行った帰りに、後ろからトラックに突っ込まれて兄とわたしだけが奇跡的に助かった。もう一年くらい前になる。遺影におはようございますと言って台所に向かう。
最近、兄の朝は早い。わたしが七時に起きてももう居なくてテーブルには朝食が用意されている。トースト、スクランブルエッグ、サラダ、コーンスープ。時間が経っているからトーストは裏が湿っていたり、他のも冷めていることが多いのだけど、あんまり食事に興味がないから気にしたことはない。トーストにマーガリンを塗って齧る。横には茶封筒に包まれた月に一度のお小遣いがある。いつものように大事に使えよとボールペンで手書きされていた。厚みのあるそれに、学費と生活が維持できる謎が解ける。賠償金も関係しているとは思うけど。でもまたタンス貯金行きだろうな。どうしたらいいか、分からないから。使い終わった食器をスポンジで泡立てて洗う。水切りラックに置くと兄が使った食器があった。兄はわたしよりも遅く眠り、わたしよりも早く起きていることになる。ちゃんと眠れているだろうか、と思う。
部屋に戻って制服に着替える。大きなベットとクローゼットと化粧台と本棚。多分どこにでもある基本的な部屋、だと思う。この家は部屋数が少ない。三つだけあって、物置きと祖母の部屋と夫婦の部屋だった。わたしと兄には部屋が無かったからいつもリビングに布団を敷いて眠っていた。今はわたし達が夫婦の部屋を使っている。学校指定の鞄を持って通り過ぎるようにいってきますと言って戸締りをちゃんとした。



「おかえり」

家に帰ってきたら意外にも兄が居た。エプロン姿でちょうど夕食の準備をしている。ただいまと返す。こちらに顔を向けた兄の耳を見て驚いた。

「今日は何?」

そう言いながら冷蔵庫に眠る作り置きのかぼちゃの煮物のことを思った。今夜の夕食には出されないだろう。兄は自分がいる時は新しく作ってやりたいと思うから。

「んー焼き魚」

グリル扉を引き出すとこんがりと焼けていた。鮭であるらしい。

「食べよっか。手洗ってきな」
「うん」

手を洗ってテーブルにつく。ずらりと並ぶご飯と焼き魚と大根の味噌汁とひじきとお豆腐。健康的な食卓。両親が生きていた頃、兄は包丁を握ったことは無かったのだけど最初から美味しかった。兄は昔から器用だ。

「着替えないの?」
「いいの。あったかい内に食べたい」
「そう。いただきます」
「いただきます」

父からも母からも祖母からも食事中は静かであることを望まれてきたから終わるまで一言も発しない。なんとなく、わたしはそれを他者にも強要するだろうと思った。たとえば、お嫁さんになった時。



「お前ほくろ増えたね」

狭い浴室に兄の声が反響する。浴槽も小さいから向かい合った膝と膝が時折摺り合う。このまま何も答えずにいたら兄が口元に手を伸ばすような気がした。

「口元の?」
「そう。やっぱり俺たち兄妹だね」

頬杖をつきながら兄は妙に嬉しそうに言う。分からなかったから、わたしは兄の濡れた黒髪を見ていた。



「………」
「………」

背中に無数のキスをされる。さっきまでわたしと舌を絡ませていた唇は濡れていて、唾液がわたしの肌を少しずつ冷ましていくから刻印を押されているようだった。兄は後ろからするのが好きだ。途中からキスの回数を数えているとだんだんと母もこんな気持ちだったのだろうかと思えてくる。生きていた頃、わたし達が眠っている間に父と母はこのベットで度々息を潜めたことはあるのだろうか。

「綺麗な色のブラジャーだね」

薄暗い部屋の中で背中を撫でながら言われる。ミント色のそれはノートを買って帰ろうとした時に目に付いたものだ。

「わたしも、綺麗な色だなって思ったから」
「はは、やっぱり兄妹だね俺たち」

片手であっさりと外して脱がされると、後ろから胸を包み込まれる。未発達でまだ充分に血の通っていないそれはぷっくりと膨らんでいて、その愛撫は揉まれるというより撫でられる方に近い。自分でも薄べったい胸だと思う。でも、兄は好きであるらしい。骨ばったその手はなぞったり、引っ掻いたり、摘んだり、持ち上げるようにして掴んだりする。柔かったり、鋭かったりする刺激にわたしは息を荒げながら自分の胸を見さげて腰をひくつかせる。つぷ、と中に指が入ってきてよく馴染んだその指先に、身体が瞬時に意識するのが分かる。その手は、わたしのことをどこまでも知っているから。指を曲げられるとあっと声が漏れた。次第に掻き出すように指を前後するから仰け反ってしまって、そしたら兄にキスをされた。目を見開いたけど、耐え切れなくてやがてわたしは全身を震わせた。
身体を抱えられて仏壇の前に移動する。わたしを下ろすと横向きにして片足を持ち上げ、一思いに挿入した。攻撃的な鋭い快楽にわたしの背骨は痺れる。兄は、何故だか仏壇の前でのセックスは少しだけ乱暴になる。欲望をぶつけるだけのように腰を打ち付け、わたしを見下ろしている。小学生の頃から度々身体を重ねていた。兄は当時中学生だった。わたし達の方が、親に隠れて息を潜めていたのである。兄は知っているだろうか。まだわたしに初潮が来ていないことを。同級生達の隠すようにポーチを抱えてトイレに駆け込む姿が浮かんだ。いきなり髪を掴まれると遺影の方に顔を向けさせた。無理な体勢だからしばらくしたら首が痛くなるだろう。あ。目が合った。
目覚めたら兄は居なくなっていた。身体を抱き締められていた感触だけが残って、テーブルには朝食が用意されていた。そしていつもの倍以上の厚さのある茶封筒がいくつかあった。



「ん…」

化粧台の前でファーストピアスを外す。学校帰りに施術してもらった耳朶の穴はくっきりと小さくて、一瞬だけ痛かった。引き出しを開けて母の形見、ということになるピアスをねじ込んでみる。耳を向けるとゆらりと揺れた。鏡に映るわたしは案外、母に似ていた。そろそろ親の遺伝子が出る頃合いかも知れない。ピアスを外して引き出しにしまう。多分、わたしはもう開けることはないだろう。
コンビニのおにぎりを二つ頬張る。すぐにシャワーを浴びてベットに横になった。家は少しずつ、少しずつ荒れていっている。兄はあれから全く帰って来なくなった。帰って来たら兄は驚くだろうか。それとも怒るだろうか。
目が覚める。身支度を整えて学生鞄を持つ。いってきますと通り過ぎるように言って戸締りをちゃんとした。



「ねえ、あのさ…」

帰り道に宮部くんと手を繋いで歩いていると言いにくそうに目を伏せた。緊張しているように、少し強く手を握られた。宮部くんとは何ヶ月か前に告白されてお付き合いをしている。

「たまに校門に来て一緒に帰ってた男の人って、誰…?」

一瞬誰だっけ、と思った。

「ああ、わたしの兄だよ」
「……うわ〜良かったあ…だよな、だよなあ。似てると思ったし」
「……え?どこが?」
「ほくろとか…雰囲気とか」

ほくろ。兄に似ていると言われるのは初めて。そしてまさかほくろだなんて。なんだかおかしくなって笑ってしまいそうになる。

「変なこと聞いてごめんな」
「ううん。いいのよ」

笑って手を握り返す。途端に宮部くんも笑顔になって私の手を強く握った。かわいい、と思う。犬みたいなひと。



「はっはっはっ」

宮部くんがわたしに腰を打ち付けている。へこへこ。これも犬みたい。宮部くんは抱き締めてするのが好きだ。背中に手を回されるのも好き。短い髪の毛をくすぐったく感じながら白い天井を見ていた。それからベットの横の勉強机と本棚に目をやる。教科書と漫画と辞書と英単語帳がある。そしてどこかのバンドのポスター。いつもこっそりまじまじと見てしまう。三回目くらいで、人の部屋に興味があるのだと分かった。
宮部くんは呻き声を上げるとぴたっと動きを止めた。荒く呼吸しながら腰を引くとコンドームの端を縛ってゴミ箱に器用に投げ捨てた。わたしを見て頬にキスをする。そしたら何かに気付いたように耳朶に触れた。

「あれ、いつの間にピアスなんて開けてたの?なんで?」

そう言われると、なんでだろう。口からついて出たのは興味があったから、だった。

「俺も開けてみようかなあ」

耳を撫でながら言われる。宮部くんは髪短いからバレちゃうんじゃないかなと言えばそれもそうだよなあと笑った。

「じゃあ、ゲームやろうぜ」

がばっと起き上がるとパンツだけ履いてわたしにコントローラーを差し出した。ブラジャーとパンツを履いてゆっくりとコントローラーを受け取ると宮部くんはテレビの電源をつけた。多分今日もゾンビゲームだ。

「なまえって最初から俺よりゲーム上手いよなあ……なんでだろう」

少し考えてみる。分からなかったから、なんでだろうね、と笑った。



「お前はお兄ちゃんが居ないと本当だめだね」

家に帰ると嘘みたいに綺麗になっていた。兄は帰ってきたわたしに近付いて立ったまま頭を撫でた。

「全然帰って来れなくてごめんな」
「ううん。いいのよ」
「全然金に手付けてなかったね。ちゃんと食べてた?」
「お小遣いでご飯食べてたの」
「小遣い?そんなもん自分の欲しい物とかに使えばよかったのに」

使ったよ、ピアス代とか。そう言おうとしたら兄はわたしを抱き締めた。すごく疲れていることが伝わってわたしも抱き締め返す。そういえば、兄は一体何の仕事をしているのだろう。

「晩御飯は?食べた?」
「うん。誘われてハンバーガーっていうの食べてきた」
「美味しかった?」
「うん」
「ふうん……」

兄はわたしの首筋に顔を埋める。すう、とにおいを吸い込んでわたしはほんの少しだけ熱くなるのを感じた。

「今ここでもいい?」
「セックスが?」
「うん」
「いいよ」

髪を後ろに流して首筋を舐められる。頬に髪が当たってくすぐったかった。でも兄のその舌にずっと欲しかった、と思う。そのまま押し倒されると目が合ってわたしと同じ色なのに妙な気分になった。

「いつの間にピアスなんて開けてたんだ」

こめかみにキスをされる。

「なんで?」

答えずにいると兄は急かすようにまゆげをなぞった。

「わたしも気になって開けてみたの」
「ふうん…じゃあお兄ちゃんからプレゼント。一つ分けてあげる」

自身の黒いピアスを外すとわたしにつけた。多分、開けて間もないことに兄は気付いた。似合うね、と耳を撫でる。笑ってねだるように舌を出したら兄はわたしの口をあいした。蛇を連想させるその舌が好きだ。背中に手を回して押し倒されたら、もう幸福であることを隠せなかった。さっきからずっと、胸の内で兄の名前を呼んでいる。制服をめくられて唇が離れると胸元にキスをされた。僅かな膨らみなのに夢中になられるとなんだか変になる。ブラジャーを半ば引きちぎるように乱暴にあげると胸を吸われた。あっと頭に閃光が走る。もう片方の胸も摘まれるのだから仰け反って、差し出しているようになってしまう。

「お兄ちゃんのせいで胸、好きだもんな」

指で弾かれるともう何も言えなくなる。兄は舌を這わしながらくつくつと喉を鳴らして笑った。スカートもまさぐられて下着越しになぞられる。

「制服…皺になる」
「あとでアイロンしてあげるから」

嘘。言ってみただけ。それを隠すように目だけで笑った。下着を脱がされて太ももを掴んで引き寄せられる。久しぶりのせいか中々入ってこなくて少しずつ少しずつ割り開かれていくから、お腹の底がくうくうした。奥まで届くとじいんと痺れるような甘痛い感覚がおこる。それに少しだけ浸ると両足を抱き締めるように一纏めにされて腰を打ち付けられた。さっきまでのが嘘のように簡単に出入りするから久しぶりに兄の形で満たされるお腹に、涙がこめかみに伝った。冷たかった。兄に脹ら脛を舐められる。その舌がかたく尖って熱い。柔さを自覚させられる。ずっと触って欲しかったのよ、お兄ちゃん。
兄が呻くような声を上げるから歯を立てられる気がしたけど、すぐに口を離した。二、三度腰を打ち付けてそのまま一番奥まで刺して動かなくなった。お互いしばらく荒っぽく呼吸をしていると兄からまたキスをされた。舌を出して絡めてその音が頭に響くから焚き付けられる。兄の腰に足を回したらまた奥まで満たされた。
リビングでも、仏壇の前でも、ベットでも散々セックスをしたから身体はもう汗みどろだった。兄はわたしを引き寄せて腕枕をすると、わたしの前髪を指の間で挟むようにして撫で続けた。

「あのね、彼氏できたの」
「へえ、名前は?」
「宮部くんっていうの」
「ふうん。良かったな」

何故だか宮部くんと居るとずっと兄のことを思い出していた。だからずっと、触れてもらいたかった。兄のやさしい顔を見る。ようやく、安心して眠れそうだった。



「もうここで大丈夫」

触れた手をそっと離す。当たり前のように差し出されるその手は、兄よりも大きくて肉付きが良い。

「あそこがわたしの家だけど別にどこにでもあるアパートでしょう?」

アパートを見やる。部屋にはやっぱり明かりがついていない。今日も帰って来ないみたいだ。

「てっきりお嬢様かと…」
「まだ言ってる」
「だってなんか浮世離れしてるような雰囲気があるだろ」
「あはは、なにそれ。今日はありがとう、楽しかった。また明日ね」
「うん。また明日……ねえ、いい?」

あ、キスされると思った。

「なまえ」

肩に手を置かれるとその声がして、横を見ると少し先に兄が立っていた。宮部くんは兄の存在に気が付くと慌てたように手を離した。兄が近付いてくる。

「探してたよ。全然連絡くれないからさ」
「ごめんなさい。今日も帰って来ないかと思ったから」
「あ…お兄さんですか?」
「はい。お友達ですか?いつもなまえがお世話になってます」
「あ、どうもこんばんは……お付き合いさせてもらってる宮部です」
「…ああいつも言ってる…兄のヒロフミです。よろしくね」

? 確かわたしは宮部くんとお付き合いを始めたことしか言っていないけど…

「今日は遅くまで連れ回してすみません。俺はもう帰りますね。おやすみなさい」
「おやすみ。気を付けてね」

宮部くんは頭を下げると駅の方へ走って、兄の横を通り過ぎた。兄は帰ろっかと言うとわたしの肩に手を回した。

「ひどいなあ…なまえ。お兄ちゃん冗談かと思ってたのに」

家に着いてすぐにベットに押し倒された。両手を腹の上で一纏めにされて、兄が伸し掛かってくる。

「なにが?」
「彼氏。冗談かと思ってたのに」
「冗談?どうして?」
「………」

兄は腕を離すと乱暴にスカートを剥いて下着も脱がすと顔を近付けた。まだお風呂に入っていないことを思い出していや、と言った。

「大丈夫。お風呂入ってないことくらい、お兄ちゃんは気にしないよ」

指で広げられると途端に羞恥心に襲われる。こんなこと、いつもならしないのに。顔を埋める兄になんで、と言うと軽く舐められてぴくっと腰が跳ねてしまう。それから舌でぐいぐいと押し付けるように強く全体を舐められて、悪戯のようにひだを口に含まれたり、皮膚の薄い足の付け根にまで舌を這わされるから兄の頭を押すけど、叶わない。そんなことをしたせいか陰核を執拗に吸われてそして時折吐息を漏らしたり、ごくりと喉を鳴らすからもう羞恥心に殺されてしまいそうだった。兄の鼻息や髪の毛が足に当たってくすぐったいのがどこか遠い。やがて全体を覆うようにじゅうっと吸われると現実に引き戻される。あ、いやだ。いくのがもうすぐだと、分かってそんなことするんだ。やめて、と言ってしまう。でも声にならない。
自身の制服を掴みながら絶頂する。兄は変わらずそこに吸い付いて、次第に喉を鳴らすのを止めると口を離した。物言えぬままベルトの外した音が響くと足を掴まれる。肉に柔く爪が食い込んだ。

「お兄ちゃんと一つになろうな」

抵抗なく入ってきた兄のそれに、わたしはまた絶頂してしまう。ぎゅうぎゅう締め付けるのが分かって、兄がようやく笑った気がした。お互い服を着たまま、暗くて、兄のピアスが見える。一つ足りない、それ。わたしがピアスを開けたのは兄が開けていたからだと思っていた。でも本当は、分けて欲しかったのかも知れない。そんな思考は一突きで霧散する。あっと漏れる声が仕留められて絶叫する兎みたいだった。
兄に身体中を甘噛みされていく。柔く当たる歯に、本気で噛まれないことに安堵してそんな息が漏れると鋭い痛みが走って仰け反った。そこを爪でなぞられると窪んでいて、歯形が出来ていることが分かった。兄はさらにあ、と口を開けた。痛みと下半身の感覚の曖昧さに身体が痙攣し出す。本当に、仕留められているかのようだった。他に誰も居ないのに、兄から無理矢理犯されているというのに兄に助けて、と言ってしまいそうになる。死ぬ、死んじゃうが口をついて出そうになる。兄が、何に対して怒っているのか分からない。でもその怒りをぶつけられるから受け止めるしかなくて、何度もいっているのにまたいかせられるからもう何もかもが茹っていて、震える身体が汗みどろだった。突然舌を掴まれてぐいと伸ばすと、顔を近付けた兄から唾液を飲まされる。口を離したらその絡んだ唾液が途切れて下顎に伝う。飲み込んだら、兄は満足げに笑ってまた噛んだところを吸った。その痛みと、脇腹を掴む強さが鮮明になる。

「た、たすけてえ……おにいちゃぁん…」

とうとうわたしは兄に助けを求めてしまった。わたし、その兄から無理矢理犯されているというのに。でもだって、いつも、わたしは兄にしか助けを求められなかった。兄は驚いたように息を飲んで、それから嗜虐的に唇が弧を描くと腰の動きを速くした。容赦のない突きに身体は仰け反り、シーツを引っ掻いて喉の奥から濁音に濡れた汚い声を溢れさせてしまう。兄はまた、わたしの至る所に歯形をつけた。やがて引き抜かれると精液をわたしの腹に掛けた。そのなまあたたかい液体をぼんやりと感じて、見ていた。

「食べて」

時間が掛かったけど、言われるがままに指ですくって口に含んだ。

「そう」

ぞわり、と胸の内が逆立った。

「いい子」

ああそうだ。どうしてわたしは今まで忘れていたのだろう。兄からのいい子、に救われてきたのに。

「ごめんなさい。お兄ちゃん……」

横でわたしを抱き締めて眠る兄の髪を耳にかける。まつげが長くて、ずっと見詰めていたらなんだかその目尻から今にも涙が溢れてしまいそうで胸が締め付けられるのを感じた。いつも倒れ込むようにして眠るのに必ずわたしのもとで眠ることを思い出す。いつかわたしのことを窓、目なんだよ、左手で、右手でもあると告白してくれたことを思い出す。かわいい顔して眠っていたことを思い出して、わたしも抱き締め返した。わたし、全部分かったよ。



「あのね、宮部くん。別れたいの」
「え!?そんな急に……俺昨日、何か失礼なことしちゃった…?」
「ううん、 違うの。宮部くんなら、わたしよりももっと素敵な彼女ができるよ」

いつか見たことのある恋愛ドラマのセリフをなぞる。確か、こんな風に帰り道で言っていた。

「そんな…でも理由くらい聞かせてほしいよ…」
「ないよ」
「え?」
「ないよ」

ほくろが似ている、と言われた時のようになんだかおかしくなる。大声で笑ってしまいそうだったからさよなら、と駆け出した。昨日知ったけど、わたしはどうやら兄以外を求めていないらしい。家に帰ったら兄はテレビを見ていた。わたしに気が付くとおかえりと微笑む。

「お兄ちゃん、好きよ」

胡座をかくその足に猫のようにお腹を見せて寝転ぶ。見上げながら好きよ、とまた言う。

「一ばん好き」

驚いた顔をした後に知ってるよ、とキスをされた。くすぐったくて笑う。そのまま舌を絡めればやがて唾液がわたしの胃に届く。胃というのはわたし以外のいきものの墓場だ。わたしはずっと、兄といういきものだけをあいしていた。わたしを赦すひとは兄。兄なのだ。わたしの原型をあいすのは兄。兄、そのひと。わたしは兄を兄たらしめる、そのひと。わたしは、妹。
血の中にある本能は強い。血縁者から与えられたものは血脈に流るることになる。言葉でも他者でももう変えられることは出来ない。

制服に手を掛けられる。これからわたしを愛撫する兄の舌にだいすき、と指で書いてみる。


兄妹 201004

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