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「なまえちゃん」
「はい」
「袋にね、クーリッシュが二つあるんだ。買ったばかりで、冷たいの」
「はい」
「だから、なまえちゃんの太腿でちょうどいい柔らかさにします」
「…はい?」

報告書を書いているとそんなことを言われるものだから思わず顔を上げて、手を止めてしまう。…ああまた何を考えているのか全く分からない顔をしている。他の皆は出払っていて、マキマさんはついさっきに訪れた。また見計らったようなタイミングだ。

「…あの、冗談ですよね?そもそも全く意味が分からないのですが」
「ふふ」
「意味ありげに笑わないでください。冗談ですよね?」
「私、なまえちゃんに冗談なんて言ったことないよ」

冗談など、何回も言われたことあるのに。コンビニ袋を持って近付いてくると、目の前でそのアイスを手に取る。座っているから見上げるようなかたちになった。正直、マキマさんに見下ろされるのは居心地が悪いし、少し、怖い。それを知ってか知らずかマキマさんは背後に回った。

「ほら、足、開いて」

わざとらしく耳元で囁かれる。思い通りになんてなりたくないし、こんな意味の分からないことに付き合わされるのは御免だ。固く足を閉じていると頭の後ろに急に柔らかいものが押し当てられて、胸だと分かるとそのまま前に倒される。自分の太腿と近くなった視界にマキマさんが指の間で挟んだクーリッシュがある。どっちもバニラだ。
思い通りになんてなりたくない。でも、好きなようにされるのも嫌だ。…………仕方なく、アイスが入れるくらいの隙間を開ける。マキマさんが笑った気がして少し腹が立つ。差し込まれて足を閉じると思ってた以上の冷たさに肩が強張った。クーラーの効いたこの部屋で、一体あとどれくらいこうしていればいいのか。

「ぎゅうってしてみて」
「は?な、何を言って……」
「いいの?はやく柔らかくしないとずっとそのままだよ」
「……………」

ぐっと力を込める。さらに押し当てられるその冷たさに身震いする。デビルハンター用のスーツだとしても、冷たいものは冷たい。足で揉み続けると、何故だか息が上がってきて、喉の渇きを覚えた。

「そう」

両肩に手を置かれ、その囁き声に胸の内側が震える。

「そのまま、ぎゅう、ぎゅうって………あ、落としたらだめだよ。私、落ちたものは食べたくはないかな」

足を動かす度に、ドライアイスに匹敵する冷たさに襲われる。もう、太腿がかなり冷たい。彼女の所望する"柔らかくなるまで"もつだろうか。椅子を強く掴んでしまって、踵から靴がずり落ちた。冷たいのに、熱い。はやく、はやくおわって。

「なまえちゃん。身体が熱いね」

気が付けば左から覗き込むようにして私を見ていた。生唾を呑み込む「どれくらい熱い?」「し、しらな」「ちなみにね、これくらいだよ」
胸元に手を突っ込まれる。その冷たさに驚いて声を漏らしてしまう。指先は不穏な動きはしつつ決して芯に触ったりはしない。下着の柄をなぞられる「ふふ、心臓が速いね」「も、もういや…やめてください」「どうして?汗ばんでるから?」「そうじゃなくて……」
顔を上げると目が合う。あんまりにも近いから、びっくりした。唇が触れそう。名前を呼んでしまいそうになる。

「そろそろ良い感じかな」

ぱっと顔を離すと太腿の間のアイスを抜き取られる。口に含むとん、おいしと呟くように言う。自分のデスクに戻ってジャケットを羽織るとこちらに向いた。

「私これから会議があるの。じゃあね、なまえちゃん」

あ、熱中症には気を付けてねとおまけのように言い、手に持ったまま出て行った。クーラーがごうごうと、いやに響く。嵐のように去っていったことに呆然として、やがて脱力して天を仰ぐと太腿からぽとりと落下する。馬鹿らしくなって死にたくなった。
溜息を吐いた後、足元のそれを拾う。柔らかいのだから悲しくなる。埃を払うと、無駄に上昇した体温を下げるために、自分の太腿で溶かしたアイスを吸った。


夏の魔物 200823

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