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今日はスプーンでヘロインを炙る。注射器に吸わせる。既にベルトを巻いた腕を軽く叩く。静脈に注いでやる。すぐに力が抜けて横になる。瞼を下ろす。笑い出したくなる。しないけど。この状態が死ぬまで続いてほしいと思った。それか死ぬか。
どれくらいそうしていたか分からないけれどドアの開く音がした。クァンシが帰ってきた。闇の視界の中で浮遊感を感じる。ベットに下ろされた。まだわたしは気持ちよくなっている。瞼は開かない。額に一瞬のくちづけを感じて静かにドアの閉まる音が響く。わたしはようやく瞼を開いて声に出さずに笑った。
クァンシは変わったおひと。まず薬物中毒の浮浪者であるわたしを拾った。そしてタンスの中のヘアゴムで纏めた札束は欠かさないし、自宅でヘロインをやられてもベットに運んでいただけるし、ずっと使っていた黄土色から白色に変えても、浮浪者であった時は出来なかった炙ってから注射したりだとかその煙を吸っては楽しんだ。わたしの贅を尽くした。でも結局彼女は何も言わなかった。一度だけ、薄目を開けたことがある。そして悲しい顔をしていることを知った。
そしてクァンシはヘロイン漬けの馬鹿女とセックスをする。わたしがラリっていない時に、ベットにやさしく押し倒して。わたしは求められればいつでも股を開く。クァンシの頬を撫でて笑って。ベットで三回、シャワーで一回、バスタブで二回。そしてそれはとびきり気持ちいい。でも千回達してもヘロインの快感には追い付けない。破滅してもよかった。後にも先にも何も無いから。裏路地の臭い場所で死ぬか、凍えて惨めに死んだって構わなかった。どうでもよかった。ただヘロインを摂取しない一日は長過ぎた。情けだけではここまでできない。何度目かでようやくわたしはこの人は、本当にわたしを愛しているのだと分かった。分からせられた。だから、わたしも彼女を好きになってしまうのはなんらおかしなことではないでしょう。わたしを、愛してくださるのだから。でもそれは、わたしなりに愛し返さなければならないこと。


大切な人。大切な人。愛してる人よ。
あなたは、とても大切な人だから死んでほしい。損なわれてほしくないから死んでほしい。他人とわたしから人生を守るために死んでほしい。愛しているから、怖いから、愛も血も呪い、ずっと覚えているから。わたしにとって常に愛は逆説だ。でもわたしは本当に間違っている?正しいと囁いて。愛してるおひと。


窓から光が差し込んでいる。女臭いベッドルームでクァンシが横で眠っている。タオルケットの上のわたしに触れた美しい十の偶数。辿れば繊細な輪郭線と突き出た鼻。その鼻が好き。皮膚の下に形のいい骨があるなんて嘘みたい。目を覚ますと既に起きていたわたしに気付いて頭を撫でる。愛に優しいものは今朝もやさしい。捨てられるなら今がいいわ。
朝食を食べて、わたしは玄関まで見送ってクァンシは額にくちづけしてから出掛けた。今日がいいわ。パンくずが散ってドレッシングがついた白い皿、満たされた分だけ汚れたスープ皿を片付けた後も「今日がいいわ」なんて歌うように言った。タンスの中の札束を全て引っ掴んだ。
ヘアゴムだけが残った。純度が高いのを買える分だけ。わたくしの愛は異端。なら一人で完結させなければならない。このヘロインの重さは、わたくしの愛の重さ。家に帰ったらどうやって摂取しよう。これだけあれば確実に死ねる。オーバードーズでも、なんでも。汚らしく死んでもいい。死ねるなら。
迷った挙句、鼻から摂取することにした。どうせ死ぬのに注射器もスプーンもライターも勿体なく思えてしまった。でも紙ならいい。ただの紙なら。短く裂いて丸める。…一度で今までの一度とは比にならないくらい気持ちよくなる。…今度こそ笑い出したくなるのを我慢しなかった。…頭が割れるくらい笑った。……そして何故わたしは家で吸ってしまったのかと思う。ヘロインを掴んでふらふらになりながら出て行こうとしました。膝から崩れ落ちます。動けません。死にそうな感じではありません、ただ気持ちよすぎて立てなくなってる。ああどうしましょう。どうしていつも少し考えれば分かることが分からないのでしょうか。馬鹿、馬鹿、馬鹿。でも可笑しくて笑っています。

「そんなに死にたかった?」

眠っていたのか。いなかったのか。その言葉で瞼を開いた。わたしは必ずあなたの声で目を覚ます。だってあなたはわたしの愛してるおひとだから。玄関でうつ伏せで倒れていたらしく、かろうじて首を動かせば彼女の足元が見えた。靴を脱ぐとわたしを通り越す。今度こそ見捨てられたかも知れない。何故だか息を呑むのが伝わった。ヘロインでしょうか。そういえば手元にない。わたしを抱き起こすと今までにないくらい悲しい顔をしていた。

「どれくらい…摂取した?」
「……たくさん…」
「そう…」

馬鹿、と彼女は泣いた。あんなにもわたしを見放さなかったおひとが。本当に最悪な手段を選んでしまったのだと思った。でも、わたしは誰にでも相応しくありません。この愛を守るなら、わたしが死ぬしかないのです。わたくしから離れると彼女は台所に向かう。そしてその手には瓶が握られた。

「一緒に死のうか」

一気に呷るとその中身が毒であることが分かった。そんなの、いつ買ったのだろうか。動けないでいるわたしに近付いてくちづける。わたしはそれを受け取った。涙が溢れてくる。見つけた、と思う。舌を絡めてさらに飲ませ合う。瓶が空になっていく。服に手を掛けられる。
でもきっと、彼女は死なない。わたしが瞼を下ろしたのならクァンシはわたしの名前を何度か読んで確認するだろう。静かに涙を流すだろう。うっかり死体とセックスしてしまうかも知れないのに、わたしとセックスするような優しいおひとが。それを想像すると、わたしも少し泣けてきた。

少し舌が痺れてきた。恋よりも、ずっと遠いところへ導かれた気がする。

死ぬまでわたくしの目を見ていて。


パパイヤマンゴー 200814

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