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触れれば瞬時に指先が冷える。水槽の分厚いガラスで隔たれたポケモンは氷の中に閉ざされ、こちらを見ている。エーテル財団職員の服が反射して、瞳同士がかち合う。やがて指先の痕だけが残った。
いくつも、いくつもある代表のコレクション。氷の中の仮死状態のポケモンたちは嬉しそうでも悲しそうでもなく、凍った瞳には何も映らない。植物のような雰囲気を連想させる彼らが、その瞳が苦手だ。これからもコレクション、代表が愛と呼ぶものはどんどん増えていくのだろう。
代表は背を向けて熱心にウルトラビーストについて調べている。揺れる髪や忙しなく動く手は思いの強さを表していて、きっと瞳孔も開いている。私はその背を焦がれるように見つめ、終わるのを待った。

上の階の、代表の自室のベットの上で裸になる。代表は私に膝枕をして横たわった私の髪を丁寧に撫でた。何度も、何度も、しつこく、全てをさらけ出して。もう家族なのだから、隠すことはないのだと代表は昔に言った。

「おかあ、さん」

毎回声が震えてしまう。丸まって、それこそ胎児のような私を愛おしそうに聖母のように名を呼ぶ。
代表は私に少女性を見出している。実際、私は愛された子供ではなかった。聞かれた過去を話したら代表は可哀想に。わたくしが愛してあげる、と抱き締められて、全身に電流が駆け巡った。あたたかくて、気持ちが良かったのだ、強く。ならばこれは、幼少期を取り戻してるとも言えるのだろうか。
じゃあ、この感情はなんなのだろう。独り占めして、秘密を知って、満たされるこの気持ちは。けれども母親と呼んで違うと思うこの気持ちは。
柔らかな、すべすべとした質の良いシーツの上。全てを包み込んでくれそうな優しいにおい。私は目蓋を下ろす。
きっともう、終わりはすぐそこだ。この計画は、綻びがあるでも何でもなく最初から成功しない。そして代表は正気を取り戻し、私に謝罪してそれで全て無かったことにされるのだろう。私は叶わなかった恋で形成される。誰にも話すことなくひっそりと、もう恋とすら呼べない残骸のような小さな炎が燃え尽きるのを待つ。ずっと燃えているかも知れないけど。……喰い物になんてしたくない。形成されたくない。私だけのものになんてしないで。あなたも忘れないで。それが出来ないのなら昇華してほしい。

「あら、どうしたの?なまえったら」

溢れ出た涙を指で優しく拭われる。代表の太腿を濡らさないためにも泣き止みたかったのに止まらなかった。そんな私を仕方のないコ、とでも言うように優しく優しく愛する。エメラルドのように深い瞳、輝かしい瞳に、時折濁る瞳に包まれておかあさん、と馬鹿みたいに縋った。本当はどうでも良かったのに。母に愛されなかったことなど。

私がポケモンだったら氷漬けにしてくださいましたか。

その言葉を呑み込む。何度も口にしようと迷った言葉。けれども知っています。私はどんなポケモンでも貴方のお眼鏡には敵わない。言ったところで、困ったように笑うだけでしょう。中身なんて愛されたところで仕方がないのだとしても、虚しかった。私は、あなたと愛し合いたかったのです。お互いを特別だと思いたかったのです。結局満たされないのに、馬鹿みたいに縋っているのです。満たされないのに、ずっと二人きりで在りたいと思っているのです。好きだからです。
時折、下の、凍ったポケモンたちに見透かされている気がする。見ても見ていなくても。目が合っても上の階にいても。
代表は泣き止まない私にとうとう額に口づけをした。柔らかくてあたたかい感触が一瞬だけ。私はそれで満たされ、すぐに薄汚い欲望に変わる。ああ、私がポケモンで、牙があったのなら、絶対零度が使えたのなら。頭の中であなたを殺す度に熱い血潮が巡るの。冷たい脳の中で。きっと氷漬けになったポケモンたちが全てを嘲笑ってる。

「愛しているわ、なまえ」

いいえ、誓いよりも確かな破壊が欲しいのです。


私の絶対零度で永遠にしたい 200314

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