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「優しいね、リーリエって」

それは優しい言葉のはずなのに、あまりにもなまえさんが寂しそうな苦しそうな、痛いみたいな顔をするからわたしはじっと見つめてしまいました。

「………わたし、リーリエの人生めちゃくちゃにしてるのに…」

わたしが何も言えないままでいると、なまえさんは寂しげに笑って、キスをしてから帰って行きました。わたしもお家に帰って、ベットに寝転んでピッピにんぎょうを抱きしめました。使い古された、優しい手触りがします。
わたし、別にそんなこと思っていないのに。なまえさんと出会えてどれほど幸せか。なまえさんに出会うまでどう過ごしていたか忘れてしまうほど幸せで、寂しかった幼少期が嘘みたいなのに。ぎゅっとピッピにんぎょうを強く抱きしめます。抱きしめる回数も、減っていきました。もうわたしはずっとなまえさんのことしか考えていない。
わたしは、なまえさんが好き。誰にも邪魔されたくないくらい、好き。明日も明後日も会いたいくらい、好き。触れたいくらい、好き。わたしのためだけに感情を動かしてくれるのが、好き。わたしにだけ向ける表情をわたしだけが知っていたいと思うくらい、好き。すごく、好き。だから、あの瞬間に居合わせて良かったのでしょう。お風呂場で二人で肉を削ぎ落としてからミキサーにかけて少しずつ海へ流した。きっとポケモン達が食べてくれると信じて。髪はトイレに流して骨はハンマーで砕いて、なまえさんが辛そうにしていたから途中からはわたし一人でやって、また海へ流しました。砕けなかった骨は深く深くに埋めました。裸で行っていたから、最後にはシャワーを浴びて壁に飛び散った血も流しました。でもいつかはバレると思います。食べ切れなかった肉片か、トイレに流したはずの髪か、砕いた骨か……どれで明らかになるかは分からないけれど、所詮は素人がやったことですから。見てしまった時、なまえさんは驚いていました。だから反撃されそうになってわたしが急いでなまえさんの手から奪い取って刺したから、わたしが殺したようなものなのに。なまえさんが罪悪感を感じることなど、何もないのに。
こんなことでなまえさんを不安にしてはだめ。強くそう思いました。

二人で船に乗りませんかと誘った。あれからなまえさんは周りからの目を気にするようになりました。いつも何かに怯えているような、そんな顔。なまえさんはもちろん頷いて、わたしの手を取りました。
モーター音が響いています。アローラの透き通った海を滑るようにして進んで、青空に吸い込まれそうでした。本日は晴天なり。なまえさんから貸してもらった本の一文を口遊みます。モーター音に掻き消されましたが。なまえさんは辺りを見渡しています。今更肉片が浮かんでいないか探しているのでしょうか。ここから反対の海ですし、あそこは海遊禁止で獰猛なポケモンも多いですからもうとっくのとうに食べられたと思いますが、あとは髪か骨くらいでしょうか。
船外機の付いた船。二人でどこまでも行ける船。

「……なまえさん。わたし、かあさまとにいさまを捨ててしまったらわたしにはもうなんにも無いんですよ」

なまえさんが振り返る。座っているから、目線は同じでした。なまえさんの髪が揺れています。瞳と同じように。太陽が急に雲に隠され、辺りは薄暗くなりました。しばらく瞳だけが交差していました。

「…いいよ、どこまで行こうか」

わたしは駆け寄ってキスをしました。船が少しだけぐらつきます。雨が降り始めても構わずにキスしていたらしょっぱい味がしました。髪も身体も服も濡れて、……船にも少しずつ雨が溜まっていきます。ひとしきり笑って、疲れたようになまえさんはわたしの首筋に顔を埋めました。

「……私ね、ずっと言えなかったことがあるの」

なまあたたかい息が少しだけくすぐったかった。

「リーリエに出会う前、わたし、今までお母さんからの愛しか知らなかった。別の生き物だって、分かり合えないって思ってた」

風に吹かれる濡れた髪が首に当たって、ぞくぞくした。

「でもキスしたり、触れたりしたら全て分かり合えた気になれてしまうの。わたし達、どんなにお互いを好きでも分かり合えっこないのに。わたし達がわたし達でいる限り」

なまえさんが顔を上げて、鼻と鼻が触れ合った。

「リーリエのせいよ」

視界に広がるなまえさんの前髪、甘いにおい、細い眉、長い睫毛、紅潮した頬、滴る雨。唇が離れてからなまえさんは両手でわたしの頬に触れながら、笑っているのです。
遠くで雷が鳴り始めます。雨も激しさを増して叩かれるようにして体温が奪われていきます。

「愛って、差別だね」

こんなにも素敵な人が本当にわたしを選んでくれた。わたしは泣いてしまって、雨と共に流れて分からないかも知れませんが、なまえさんも泣いているような顔をしていました。
なまえさん。わたしのうつくしいひと。嵐みたいなひと。暴かれてはいけないひと。わたしの、すきなひと。

そうして海が雨が雷がわたし達の愛を飾る指輪になる。胸の中の愛したい愛してほしいという気持ちが理性を捨て世を捨ててわたし達の中で築かれていって、錯覚して、愛し抜いていくのでしょう。二人の胸に灯るこれが、どうかわたし達を傷付けあってくれますように。
ああ、あの瞬間に居合わせて、本当に良かった。


ふたり嵐 200304

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