complex | ナノ
私は生まれながらにして病弱でした。病床に伏すばかりの日々で私の兩足は横たわらせるばかりです。外で遊ぶ兄弟たちを羨ましく思つても、申し譯なささうに甲斐甲斐しく世話をする父と母を見たら何も云へなくなるのでした。
その日は夢を見ました。内容はよく覺えてゐないけれど、なんだかとても滿たされた氣分で良い夢を見たなと思いました。次の日も、またその次の日も夢を見て、眠れば必ず夢を見るやうになりました。そしていつからか、青年が現れるやうになつたのです。中性的な顏立ちをしてゐたから初めは女の子だと思つたけれど話してみたら男性だと氣付いて、それ以來手の大きさや首の太さ、洋裝の下に隱れる體格の良さばかりちらつくやうになりました。今思へばあの時から戀に近しかつたのだと思います。家族以外に知つてゐる男性が彼だけだつたとしても、確かに戀だつたのです。
初めて出會つたのは汽車の中。窓には魚たちが泳いで車内は海水でてらてらと反射して、青白く搖れてゐました。夢に相應しい、美しい光景でした。その色が彼の瞳と同じ色だつたからか、その時ばかりは瞳が光つてゐるやうに見えたのです。初めて見る洋裝、初めての家族以外との會話、全てが新鮮で鮮やかで父と母に最近元氣だねと云はれるやうになりました。彼のおかげでした。でも彼は夢の中でしか會へない。それが焦れつたくもあり、どうにも甘酸つぱくて、戀をさらに募らせるには充分だつたのでせう。どうしてだかその時から、貴方が實在すると確信めいたものを抱いておりました。
彼は素敵な人でした。何とも洋裝の似合う、ハイカラな人で物腰が穩やかで肌の白い人でした。布團で意識を手放すまでの間、夜が深まつて夢で出會つて、もう眠ること以外生きる意味なんてありませんでした。だつて夢の中では私は普通に歩けるのよ、空の下で足を動かして、横たわる私なんて何處にも居ない。そして彼が居るのよ。彼は私をあはれんだりはしない……
だけれども、いつしか夢は歪み始めました。彼は私を崖から突き落としました。彼は私を錐で刺しました。彼は私の首を絞めました。その時決まつて彼は、戀人でも見るかのやうな眼差しで私を見るのです。そんな夢ばかり見るので、怖くてどんなに頬を叩こうがいつの間にか眠りに落ちてゐるので、何處にも逃げ場なんてありませんでした。
彼はいきなり覆ひかぶさつてきました。また首を絞められるのだと抵抗しようとしたら着物に觸れられました。ぞつとして、何かよくないこと、もしかしたら首を絞められるよりも恐ろしいことが起きるのではないか、でもそれは一體なんなのだらうと未知に身體が強張つてゐると、彼は露わになつた鎖骨を噛んできました。皮膚越しから屆いた鋭い齒に、頭が眞つ白になりました。されるがままでいたら肩、首、胸も噛まれて、これ以上はだめと思つても何故か身體に力が入りませんでした。そして彼は私の股を撫で始めました。なんでそんな所、と思いましたが此の行爲では正しいことのやうに思へました。人差し指と藥指で肉を分け、間に中指を押し當てられると、ぴちゃりと水音がしました。何がなんだかまるで分かつていないのにそれだけは恥づかしいと思えて顏を背けました。でも、彼になら何をされたつて嫌ぢやない、きつと。中指が上下に搖れて、それだけなのに何故だか身體が輕く仰け反りました。此の行爲の意味も、理由も、何も分かつてないのに、それなのにとても愛のある行爲のやうに思えて段々と、私が私でなくなるやうな氣がして怖くてやめてと云おうとしたら戀人でも見るかのやうな目で私を見るから、何も云へなくなつてしまひました。どんどん身體が熱くなつて、さらに氣持ち良くなつて、でもどうしたらいいか分からないから吐息だけをずつと漏らしてゐたら、思ひ切り身體が仰け反りました。反射的、かも知れません。またとろりと何かが漏れ出てお尻まで傳ひました。
いつの間にか、彼は服を脱いでゐました。いえ、夢だからいつの間にかだとかないのかも知れません。やつぱりがつしりとた身體付きをしてゐて、さらに密着してきて、あゝ、今度は彼が氣持ち良くなる番なのだと思ひました。私は戀人のやうに背中に手を囘して、來たる快樂に身を委ねやうとしました。けれども來たのは引き裂かれるやうな激痛で、本當は私を憎んでゐたのかと思ふほど無理矢理に何かが私の中に入って來ました。痛くて痛くて罰のやうに思へてきてごめんなさいと云ひ續けたら彼はより一層、唇を歪めました。身體が悲鳴を上げてゐるのが分かりました。痛くて、涙が溢れて、譯が分からなくて、しがみつく背に爪を立てても彼は笑つたまゝでした。皮膚と皮膚が觸れて、やうやく全て入つたのだと、終わつたのだと、安心して息を吐いたらずるりと引き拔かれました。その生々しさに聲すら上げられないのにすぐにさつきと同じやうに奧まで入つてきて、今まで聞いたことのない私の聲が聞こえてきました。ずつと痛くて痛くて堪らないのに、何度も容易く貫かれて、逃げ道なんて何處にもなくて、涙が流れました。永遠とも思へる時間の中、私は一瞬、快樂を感じました。そしてその一瞬で身體は生まれ變はります。惑ふ暇もなく、次々に快樂が襲つてきて、更に私ぢやなくなつていくのを感じて恐ろしくなりました。怖い。だめ。拔いて。何もしないで。ごめんなさい。拔いて。何これ、怖いよ。助けて。お父さんお母さん。何で、何でそんな顏するの、やめて見ないで。をかしくなる。頭をかしくなつちやうから。嬉しくなつちやうから。

ぢやあ、もつと駄目にならうね。

私の首を兩手で包んだあと、ぎゅうと絞めました。血の氣が引いて何とか引き剥がさうと躍起になつて彼の手を掴みますがまるで叶わず、足をじたはださせるだけでした。息が出來なくて意識が遠のきさうになります。いや。やめて。殺さないで。ごめんなさい。それは聲にならなくて口をはくはく動かすだけでした。
さうして私は死にました。構わず彼はひたすら腰を動かして首を絞め續けました。しばらくしたら腰の動きが止まつて、強く握り過ぎて私の首はもげて私から離れました。ふうふうと淺い呼吸をして背筋をぶるりと震わせたあと、ゆつくりと引き拔きました。そこからは白い液が傳つて、私からも溢れ出てゐました。彼は事切れた私を見て微笑んでゐました。さうして、私を食べました。

叫んで起き上がりました。荒く息をして自分の部屋であることにひどく安堵しました。涙が溢れてきて拭ひながら泣き續けてゐました。怖い。一體どこから此の夢は歪み始めてしまつたの。どうして私にあんなことをするの。もういや。怖い。もう見たくない。だつて、あれを見てゐたら。
股から濡れた音が響きました。泣くのを止めて、生唾を呑み込みました。そこに手を觸れたら、私はもう本當に戻れなくなつてしまう。けれども次の瞬間には、觸れてゐました。さうしたら一瞬の閃光が走つて、手が止まらなくなりました。何故だか泣いてゐました。もう片方の手で食ひ破られた腹を皮膚越しになぞつて、容易く肉の中に侵入したきらりと光る二つの牙を思ひ出して、引き摺り出された腸を思ひ出して、抉り出された眼球に觸れて。想像するの、痛みを。彼の名を呼ばうとして、知らないことに氣付いて好きだと呼んで、重ねるやうに口にして、兎みたいに身體が跳ねたら彼と一つになつた氣がした。
兩親と兄弟が居ない間、寢靜まつた間、私はずつと耽けるやうになつてしまひました。枕に顏を押し付けて聲を殺して、好きを彼の名に重ねながら何度も呼んで指を動かし續けました。此の行爲の意味も名前も、何も知らないのに。彼と同じやうに指を中に插れても、ちつともあの時と同じやうにはならなくてすればするほど、滿たされなくて身體が燻るだけで、それなのにあの日を境にどんなに眠つても夢が見れなくて氣が狂つてしまひさうでした。會ひたい、彼に會ひたい。たまらなく會ひたい。今度こそ、全部食べてもらひたい。餘すことなく、血一滴も、あなたのものだから。

目蓋を開いたら彼が居ました。やうやく會へたことが嬉しくて口元が緩んでしまつて驅け寄つて戀人でもないのに胸に顏を押し付けてしまひました。でも彼は、許してくれると思ひます。
夢だ、夢だ夢だ夢だ。紛れもなく。私、いつの間に眠つてしまつたのかしら。觸れてもらへるのを待つてゐたら彼は顎を掴んで上を向かせて唇を舐めてきました。柔らかく熱い舌に口周りをなぞられて、夢の中であるのに夢心地でゐると不意に舌で唇を叩いてきました。口を開けろといふ意味でせうか。要求されるがまゝに口を開けたら舌が入つてきて私のと絡みたいかのやうに舐めてきました。應へるやうに合わせて動かして、舌と舌が觸れ合ひました。等しく柔らかくて熱くて、たゞ舌が絡むだけなのに目尻と股が濡れていきました。これはなんだらう、痛くないのにすごく氣持ちいい。いつも彼は知らないことばかり教へてくれる。あゝ、私、これからまう夢から覺められなくなるくらい酷いことされるんだと豫感しました。

また目蓋を開いたら見知つた天井で、夢から覺めたことを意味しました。でも久しぶりに見れたから幸せで、また眠らうとしたら不意に布團の上の翳に氣付きました。月に照らされた翳は不自然に伸びて人の形をしてゐました。誰だらうと身體を向けたらそこには彼が居ました。障子を開けて、私を見下ろす彼が。息が止まります。夢にまで見た彼。本當に實在してゐました。いや、これも夢なのでせうか。
一瞬迷ひましたが震へる手で紐を解きました。布擦れの音がすると妙に現実味を帶びてきて身體中に熱が集まつて恥づかしくなりました。でもそれ以上に。寢卷きに手を掛けて、全てを晒したら、鼓動がさらに速くなりました。隣に綺麗に疊んで、彼を見上げます。月に照らされる彼は初めて出會つたあの夢の、海に沈む電車の中の彼とそつくりでした。私は嬉しさのあまり涙を流してしまひました。被食者としての本能が喜んでゐます。正座をして、手と手を重ねるやうに突き出して頭を下げます。

「貴方樣に食べられることをずつと待ち望んでおりました。どうか私の身體をお食べになつてください」

すぐさま布團に押し倒されて視線がかち合つた瞬間に、私は全てに感謝しました。私が病弱であつたこと、ずつと屋敷に居たこと、外に出なかつたこと、彼に見つかつたこと、夢を見せてもらつたこと、今から食べてもらへること、ぜんぶ、ぜんぶぜんぶ。背にしがみ付いて、足を腰に囘して、あの時のやうに。もう眞似事なんかぢやない、本當になる。
肩に齧り付かれて想像以上の痛みに叫んでしまひました。死んでしまつた夢の中では感じなかつた痛みが、今現実になつてゐる。そして滴る血を一滴も零さぬやうに彼は力強く吸ひついてきました。身體が逃げてと叫んでゐるのに、どうしやうもなく嬉しくて逃げる氣など無くて、もう私はとっくの昔に壞れてゐました。責任取つて、全部食べてもらわなくちや。
私はこれから彼に與へられる牙で身體を痙攣させ、痛みに喘ぎ、愛に喘ぎ、死んでいくのでせう。あゝ、あゝ、私きつと、兩腕を食べられるまでは、兩足を食べられるまでは、貴方にずつとしがみ付いてゐるわ。


私の夢を食べるひと 200220

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