(長いです暗いです/1頁)
「ごめんね御剣、」
執務室のソファに座り、俯いたまま成歩堂は一言だけ言い放った。
「僕が、僕が傍にいることが、お前にとって負担になっているよね」
そう言っている成歩堂の声は掠れて震えているように聞こえた。きっと今にも泣き出しそうなのだろう。
今までもこのような言葉は成歩堂から再三聞いていた。私はその度にそのようなことはない、と否定してきたため、今回も何時ものように否定してやるつもりだった。最も、今までの状況は現在のように深刻ではなかったが。
「……何度言ったら、」 「そもそも、優秀な御剣とハッタリだけの僕が釣り合うはずなんて、なかったんだよ」 「成歩堂!」
何度言ったらわかるのだ!と、私が声を荒げた瞬間、成歩堂はばっと伏せていた顔を上げた。思っていた通り成歩堂の瞳には涙が、今にも零れそうなほどに溜まっている。
(なにか、様子がおかしい?)
「僕だって、御剣のことは好きだ」 「な、ならばそれで」 「でもそれじゃあ駄目なんだよ!!」
私を遮るように大きく発した成歩堂の声に、しん、と執務室は静まり返る。 その刹那、成歩堂の丸い瞳からぼろぼろと涙が落ちていった。
「ただ僕が御剣を好きなだけじゃ、駄目なんだよ」 「……どういうことなのか、説明してみたまえ」
再び成歩堂は俯く。そして、ぽつりぽつりと、言葉を噛み締めるように話し始めた。
「僕は御剣が大好きなんだ」 「………うむ」 「大好きすぎて、辛かった」 「………」 「苦しくなっちゃったんだよ」 「……苦しい、だと?」
見ると、未だ成歩堂は俯いたまま涙を零していた。
「御剣はそんなことないって、いつも言ってくれるけど、言われる度に僕は疑ってしまう」 「成歩堂、」 「僕はもう嫌になっちゃったんだ、こんな自分が 御剣を好きになればなっていくほど、醜い自分が顔を出す。釣り合うはずがないと誰かが囁いているような気がする 御剣が本当は僕と離れたくて仕方がないんじゃないかって思う」
呼吸も置かず急くように言うと、成歩堂は顔を上げて乱暴にごしごしと涙を拭い、力なく笑った。
「好きな人を疑うことしかできないだなんて、最低だろう?」
そのとき、私はなんて馬鹿なのだろうと思った。 最低なのは私の方だったのだ。好きな人がここまで苦しんでいるのを見抜けなかった、私が一番最低だったのだ。
「だから離れることに決めたんだ 醜い僕が御剣に嫌われてしまう前に、醜い僕が御剣を嫌いになってしまう前に、」
成歩堂は、更に溢れてくる涙を拭いながらゆっくりと立ち上がる。 私は成歩堂を引き留めようと手を伸ばしたが、一瞬の躊躇いのせいでその手は空を切った。
「思い出は綺麗なままでいたいんだ」
立ち上がった成歩堂はこれまでにないくらい辛そうに笑っていた。そしてそのまま出口へとゆっくり足を進める。私はまるで椅子に貼り付けられたように体が動かなかった。
「それじゃあ、また」
部屋を出る間際、一瞬見えた成歩堂の赤く腫れた瞼だけが、その後も脳裏に焼き付いて離れなかった。
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