(時系列は蘇る逆転の後くらいです)
休日の夕方の静かな電車は、ガタン、ガタンと心地よいリズムで規則的に揺れていた。
夕陽に染まって赤く光る街が目の前をゆっくりと横切っていくのを見ながら、僕は隣に座り資料に目を通す御剣に話しかける。
「なあ、あとどのくらいかなあ」 「む、まだまだ先だから、40分くらいだろうか」 「うわあ… そんなにあるのか、」 「仕方ないだろう、座れているだけましだと思いたまえ」
時折差し込む斜陽に、眩しそうに目を細めながら御剣は答えた。
普段電車に乗らなさそうな(乗れなさそうな)御剣が、今僕の隣に座っているのは些か珍しい光景ではあるが、別段一緒に出掛けたという訳ではない。
元々は僕も御剣も、お互い別件の事件の捜査に出掛けていたはずだった。 しかし、どういう偶然か同じ時間に同じ車両に乗り合わせたらしく、たまたま空いていた僕の隣に「失礼する」と言って腰掛けてきたのが御剣だったのだ。
「それにしても、お前が電車に乗っているなんて妙な光景だよ」 「致し方なかろう、私の車は先日の事件で使われてしまったのだから」 「ああ、確かにあれはびっくりしたな」 「まさか、私の車を使うとは思わなかったのでな…」
資料を読む目を外の景色に向けながら、御剣はため息をつく。
「誰も自分の車が事件に使われるなんて思わないよ……ふあ、あ」
話の途中で堪えきれずに欠伸をすると、御剣は小さくと笑い声を漏らした。
「大きな欠伸だな……」 「うるさいなあ、こっちは昨日資料整理してて寝ていないんだぞ!」 「自業自得なのではないだろうか?」 「しっ、知ってるよ!僕だって好きで資料を散らかしたわけじゃないんだ…」
確かに資料整理していなかった僕も悪い。しかし、膨大な資料を必要とせざるを得なくさせた事件を起こした真犯人が一番悪いんじゃなかろうか、なんて言ったら、きっと御剣は怒るだろうか。
ふと、御剣は時計を見た。
「……駅に着くまであと30分はある」 「?」 「眠いのだろう?幸い私は先ほど資料に目を通し終わったのだ、私の肩を使って眠るといい」
気がつくと視界をちらついていた斜陽は消え、赤く光っていた街はいつの間にかぼんやりとした夕闇に包まれつつあった。乗っていた乗客は次第に減っていたようで、僕たちの会話だけが車内に響いている。
「み、御剣…!!」 「ただし起きなかった場合は、置いていくので覚悟したまえ」 「異議あり!置いていくなんてひどいぞ」
僕は御剣に人差し指を軽く突きつけた。御剣はその手を握り、ゆるゆると自分の膝に誘導する。
「いいから、早く寝るのだよ 時間がなくなってしまうだろう?」
そう言って今度は僕の頭を肩に乗せさせた。電車の心地よい揺れと御剣のにおいが、僕を一気に夢の世界に引っ張っていく。
「……ありがとう、おやすみ」 「うむ、これも今回だけ、だろうがな」 「はは それでも嬉しい、やあ」
───……
「寝たようだな さて、続きを読むことにしよう」
静かな車内には、資料の捲られる音と安らかな寝息だけが聞こえていた。
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