とある兄弟の場合




麗らかな午後。
木漏れ日の溢れる朗らかな公園。
快活な子供たちの声を聞くともなしに、少年は1人ぼーっとベンチに腰掛け、木々の間から漏れる落ちる光陽に眩しげに目を細めていた。
待ち人風に見えるその少年は、先刻、ベンチに腰掛けてからついぞピクリとも動かない。
秀麗な顔立ちも伴い、まるで何かの像のようだった。
しかし、その少年が作り物ではなく生きた人間であることは、一定に浅く上下する肩と胸が証明してくれていた。

「あっ……」

ふと、少年から数歩離れた木の袂で、漏れるような小さな声が聞こえた。
少女のものらしきその声は、小さな不安を孕んだ響きに聞こえる。
すると、今まで身じろぎもしなかった少年が、ゆっくり首を傾けるようにして声のした方へと視線を動かした。
視線の先には、幼い一組の兄妹が空をあおぐようにして木の袂に立っている姿が見えた。
先程声をあげたのは妹の方のようで、2、3歳の離れていそうな兄の手と、自身の頭の上に乗る真っ白な唾広帽子の端をぎゅっと掴んで不安そうに上を見上げている。
その視線を追えば、そこには青々と茂る新緑群に半ば埋もれるようにして枝に掛かった水色の小さなビニールボールがあった。
どうやら二人で遊んでいるウチに、高く上がったボールを引っかけてしまったようで、幼いこの兄妹はなす統べなく往生しているようだった。
時折、兄が幹を蹴ったりなどしながらボールを落とそうと必死になるが、その成果はいまいち芳しくはない。
しばらくその様子をじっと見つめていた少年だったが、ふと左手を宙に浮かべたかと思うとスッと枝に掛かるボールへ向けて、人差し指を真っ直ぐ伸ばした。

「あ!落ちてきたぁ!」
「やった!よかったぁ……!!」

少年が指を向けたその瞬間、まるで何かに押されるようにして青のビニールボールは枝から落ち、兄妹の前に転がった。
安堵して喜ぶ兄妹を横目に、伸ばした左手を下ろしながら少年はうっすらと口端に笑みをうかべる。
と、

「いったぁ……っ!!」
「……無闇に力使うんじゃねぇって言ってんだろ」
「類!!」

少年の後頭部に一発の鉄拳が入ると共に、低い青年の声が続いて少年の頭部に降ってきた。
慌てて後ろを振り返れば、いつの間に現れたのか、少年の待ち人であった兄――吉谷類がしかめっ面でそこに立っているのが視界に入った。

「人がいる場所で無闇に『能力』使うなっていつも言ってるだろ。久遠」

眉間の皺を深めつつ、困り顔で類は弟――吉谷久遠に再度忠告の言葉を送った。
対する久遠は唇を尖らせて不服そうに声をあげる。

「別に、大丈夫だよ。まったく類は心配性だなぁ……!!」
「誰かに気づかれたらどうすんだ」
「だから、大丈夫だって!!バレないようにやってるし、現に、周りもあの兄妹も誰も気づいてなし」

類の心配もよそに、久遠はまったくもって態度改善を試みる様子がない。
これも久遠の『能力』の性質のためか。
類は大きく息を吐いた。

「お前なぁ……」
「大丈夫だって!!」

類のため息も露知らず、久遠は上機嫌にベンチから立ち上がり、類の数歩先をどんどん進んでいく。
数歩進んだところで、「それに」と久遠が大きな動作で後ろの類を振り返った。

「類とオレの能力があれば、何があったって無敵だよ」

そう言ってまた先を進みだした弟の後ろ姿を見つめながら、しかし、もう一度ため息を吐くだけで類はその後を追うように歩きだした。

時は『異能狩り』の時代。
異能を隠し、平穏を装うように生きる異能持ちである兄弟。
今日と言う日もまた平穏無事に終わるものと、この時の二人は疑いもせず思っていた。

あの白衣の男に会うまでは


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