東京異端var.序章


「おい!待てっ!!」

空高い晴天の日。
平穏な空気の街で緊迫した怒声が響く。
複数の足音を引き連れて、若い男は必死で細い路地を蹴っていた。

「いい加減に止まりなさいっ!!」

背後からまた怒声が上がる。
首だけで後ろを振り返ると大勢の警官たちがこちらを十数メートル後ろから追っているのが見えていた。
苦々しく顔を歪めながらも、若い男は足を緩めずに後ろの警官たちへと右腕を突き出す。

「なっ!うわぁあぁぁ?!!」

突き出された右腕にふっと風がなびいたかと思うと、次の瞬間、後方の警官たちが嵐のような突風に煽られ、紙人形のように散り散りに吹き飛ばされた。
突然の出来事に追跡を中断させられた警官たちを見とめ、時間稼ぎが出来たことに軽く口角を上げると、男はまた前を向き速度を上げようと足に力をかけた。
しかし、

「はい、ストップ」

走る男の数メートル先の目前の路地に突如、漆黒の穴が開いた。
穴は若い男の行く先を立ち塞ぐように現れると中から静止をかける声が響く。
間髪いれず、真っ暗な穴からぬっとスーツをまとった左腕が姿を現すと若い男は穴の少し手前で数度たたらを踏んで停止した。
現れた左腕が穴の縁を掴むと思うと穴からゆっくりとスーツの男が姿を現す。
穴から完全にスーツの男が現れるとその背後で瞬く間に漆黒の穴は消えた。
残ったのは息を上げる若い男と今しがたこの路地に姿を見せたスーツの男だけだった。

「たっく、手こずらせやがって」

スーツの男から不機嫌な低い声が上がる。
剣呑な声音と視線を浴びて、若い男は焦燥と冷や汗を顔に浮かべた。
しかし、ぎっと奥歯を食いしばると若い男はスーツの男へとばっと右腕を掲げた。
刹那、その右腕から嵐のような突風が巻き起こる。
突風は容赦なくスーツの男へと渦を巻き特攻してくる。
が、

「残念」

スーツの男の足元から『黒い壁』が突如として突風との間に立ちふさがった。
突風は壁に阻まれ、ついにスーツの男に当たることなく霧散する。
風が止むと壁はスーツの男の足元、『男の影』に姿を戻した。
若い男から引きつった声が上がる。
緊張で喉が渇くのか張り付くような声で震える指をスーツの男に向けつつ声を出す。

「ぉ、おま、おまえは……っ!!」

「悪いが、こっちも色々立て込んでるんだ。大人しく捕まってもらうぞ」

「ぁ、い、いやだ……ぅ、わあぁぁあぁぁぁ!!!」

若い男の声を遮り、スーツの男は左手を若い男に向けた。
途端、若い男の影がゆらりと揺れる。
するとその影から無数の黒い触手が伸び出した。
それは若い男の体をぎちりと絡め取ると路地の地面に押さえつけるように拘束する。
若い男は尚も抵抗の意思を見せるが、それが無意味な行為であることは瞭然だった。

「目標の確保及び拘束完了。以上、任務終了」

路地の向こうから蹴散らされた警官たちが駆けてくる音を聞きながら、スーツの男は小さく息を吐き出した。



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