凄まじく天が鳴いた。真っ暗闇に眩い一閃が走った。
あれは、あの雷は、きっと名前がずっと求めていた子供だ。

見つけた!会えた!喜びに溢れた名前の心中などお構い無しに意識はブラックアウトしてしまった。

瞼の向こうから押し寄せる淡い明かり。意識がゆっくりと浮上して目を開ける。ぼんやりと白い布が見え、次いでゆっくりとそれがシーツだと認識する。ぱちりぱちりと瞼を瞬かせて意識を覚醒させる。どうやらうつ伏せにされているようで首が少し痛い。少しだけ頭を上げてみたらとんでもない痛みが背中に走って枕に突っ伏した。

「うぅ…いたいぃ」

けれど痛む傷など今はどうでもいい。あの子、あの子は今どこにいるの。絶望に塗り込められた夜を切り裂いたあの鮮烈な光の正体。ずっとずっと探していた。この世界で転生して、あの子だけを導に生きてきた。探して、探して、やっと見つけた名前の希望。

「ぜんいつ、ぜんいつっ、」
「あ、目が覚めましたか?」
「し、しのぶ、さん」

病室のドアを開けて入って来たのはこの蝶屋敷の主であり、現柱の胡蝶しのぶさん。ベッドに傍寄ってくれた彼女の腕にしがみついた名前に「落ち着いてください」と優しいけれど有無を言わせぬ圧を感じて名前は青ざめながらベッドに戻った。

「大丈夫ですか?ずいぶん顔色が悪いですけど、怪我はちゃんと縫ってありますから心配しないでくださいね」
「はい…」

いえ、怪我とかじゃなくて顔色悪いのはしのぶさんの圧がすごいからなんです、なんて言える筈も無い。言える人がいるならその方はきっと勇者だと思いますけども。

「あ、あのぅ、」
「はいなんでしょう?」

にっこりと笑う顔は美しく、とても同じ女性とは思えない。強いばかりでなく美人で頭良いとか、天は二物を与えずとかそんなの嘘でしょ。神様不公平すぎやしませんか?いや、まあ、そんな事言ったら罰が当たりますよね。だって私はその神様の気まぐれか何かでここにいるんですから。

「体制がキツいですか?縫った皮膚とお肉がくっつくまではうつ伏せでお願いします。歪にくっついちゃうとひきつれてしまい体を動かすのに違和感を感じますので。まあでも体を動かせるなら横向きになるぐらいならいいですよ。あとは呼吸で治癒力を上げてください、それが一番手っ取り早いんで。」
「あ、はい、」

この方の励ましてくれる言動の中にやる気を削ぐセリフがちらほら入るのは気の所為だろうか。そうだ私はちょっと疲れてるだけだよね、心が荒んでるからそう受け止めちゃうんですよね。だってめっちゃ頑張って夜通し駆けて鬼を何体か倒したのに不意を突かれて背中をバリッとやられたんだもの。

「では、しばらくは安静にしていてください。傷が塞がったら機能回復訓練ですからね。出来れば3日後位から始めたいと思ってますので」
「はい、」

安静の意味。3日で傷を塞げとプレッシャーを頂きました。それでは失礼しますね、と退室しそうになったしのぶさんに一番重要な事を聞けてない!蝶の羽模様の羽織をむんずと掴んだらまたまた傷が傷んで「い"っ!」と唸ったら振り返ったしのぶさんの顔の圧よ。

「安静に、と言った筈ですが?」
「す、すすすみません!一つだけ!あの、私を助けてくれた隊士の方の名前を知りたいんですが!」

ドキドキと(美人の笑顔の)恐怖と緊張で強ばる私を他所に爽やかに「ああ、善逸くんですね」と言われた言葉に体の力が抜けてベッドにまたまた突っ伏した。
善逸くん、ですね。胸の内で復唱する。目を瞑れば私を追い越し金色の光が瞼に映って、次いで過去の善逸が名前の名前を呼んでイヒヒと笑ってる。

「ぜんいつ、」
「そうです。我妻善逸くん。雷の呼吸の使い手で、少しうるさいけど、優しくて強い子ですよ。」

いた、いた、善逸だ、善逸がいた!私、ちゃんと善逸と同じ世界にいるんだ。

「うっ、ふ、うぅぅぅ、」

目が熱くなり涙がボロボロ零れた。喉が引き絞られて嗚咽混じりな呼吸は息苦しいばっかりで。苦しい、しんどい、寂しかった、辛かった、いきなり放り込まれた世界で無我夢中で生きて来た。他人の体を奪いながらそれを大事に出来ず、足が折れようが、消えない傷跡が出来ようがもう絶対死んでやるものかと歯を食いしばって、足掻いてきた。
名前の希望。

「お知り合い、でしたか?」
「…っ、わ、私は知ってます、けど、向こうは覚えて、ないかも、です」
「まあ、」

たかだか夢の中での邂逅。最期の時に忘れて欲しいとも思ったし忘れないで欲しいとも願った。そして、自分も忘れたくなかった優しくて寂しい子。

「あ、あい、会いたかったんです、ずっと、」
「そうですか、それは僥倖…なんですね」
「はい…」
「残念ですが彼は、その場ですぐに次の任務に向かいました。隠の方のお話ではあなたの怪我の事を大変気にしていたようですよ。」

またもや涙がダバダバと溢れてきて、さらに鼻が詰まって苦しい。シーツにそれら全てを吸い込んで貰いながら私はただ泣き続ける。この感情は何だろう。嬉しさと喜びと、そして。

「恐らく、今の任務が終わったらここに顔を出すと思います。彼の仲間が今、入院中なので」
「……」

暗に会わせてあげられると申し出てくれたしのぶさんに曖昧に返事を返すと今度こそ「安静ですよ」と言葉を残し部屋を後にした。
会いたかった、すごく会いたかったのに、今の名前の頭の中には負の予感が押し寄せている。もし、もし、覚えていなかったら?俺の事を突き放しておいてと恨まれていたら?傲慢に幸せにしてあげたい、なんてとんだ上から目線な想いに今更、と言われたら?名前が居なくても十分幸せだ。あなたは俺に必要無い、なんて言葉を聞かされたら?
きっと名前の息は止まってしまうだろう。
でも有り得るんだ。名前にとって善逸が全てであっても善逸には善逸の今までの道があり、取り囲む環境だって変わっている。現にしのぶさんは仲間が居ると言ってた。常日頃その体調を気遣う程に大切な仲間だろう。

「わ、私、…」

とてつもなく恐ろしくなった。不要だと突きつけられた自分はこの世界で生きる意味を無くしてしまう。
ガタガタと震え出した体を縮めて布団に潜り込み真っ暗な暗がりの中、耳を塞ぎ音も視界も遮断する。そうして己を省みた時にこの世界に私と繋がる人はただの一人も居ないんだと今更ながら思い知る。

「孤独(ひとり)なんだ…」

冷たい涙が瞬きと共に零れてシーツに落ちる。
明日が来るのが怖い。

しのぶが次に病室に顔を出した時に重傷患者のベッドは既にもぬけの殻となっていたのだった。



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