鬼殺隊の仕事は鬼を倒す事、鬼から人を守る事。
んな事ぁ分かってるよ、分かってんですよ!だけどさぁ、ちょっと働かせ過ぎじゃない!?
今日でちょうど1週間、立て続けにあちらの町、こちらの山と任務任務任務任務!どうなってんの!?どういう事よこれぇえええ!!

「うぅぅ、たぁんじろうぉ、いのすけぇ、ねぇずこちゃあああん…」

ひぐひぐと袖を涙で濡らしながら今日も今日とて任務地を目指して歩く善逸の足はとても重い。仲間の二人に会えてないのはもちろんそうだが癒しの禰豆子の顔が見れてないので善逸の心は荒む一方である。

「禰豆子ちゃんに会いたいよォ、まだ炭治郎も伊之助も目、覚めてないのかなぁ。だったら禰豆子ちゃん寂しがってるよねぇ。」

鬼になった女の子、炭治郎の妹の禰豆子も吉原で闘った。しばらく体力回復の為に眠っていたが、木箱に寄り添い独り言のように語りかけ、彼女の体力が戻ってからは夜に花畑や河原を散歩したりと、兄の目覚めを健気に待つ禰豆子の無聊を慰めつつ善逸も可愛い子と過ごせる暖かな日々を過ごしていた。それだけに治療が終わり朝に夕に鬼殺に走り回る日々はひたすらに辛い。それでも、己が駆け回って鬼を討つことで救われている命があることや、感謝の言葉に僅かな喜びを見出して足を前に進めているのだ。

「はー寒い!さすがに夜は冷えるなぁ。チュン太郎寒くない?」

己の頭の上に乗る雀の相棒は羽毛を膨らませ自分にはこれがあると言うようにチュンと鳴く。心なしか少し頭のてっぺんが温い。優しい相棒の気遣いに伊之助では無いがほわほわする心情のまま、いひひと頬を綻ばせる。茹だるような暑さも徐々に下がり夏から秋に移ろうとしていた時季。夕暮れ刻に通りすがった田んぼには黄金色の稲穂が重そうに頭を垂れていたっけ。実りの秋は冬ごもりの準備でもある。そう、冬がやってくる。

冬は嫌いだ。育手に引き取られるまでの年月、善逸は奉公先を転々として過ごしていたが冬が1番辛かった。皹の手指は治ることを知らず何時でも裂けてじくじくとした痛みと滲む血。与えられた薄い布団の下に藁を敷いて寒さを凌ぐ夜。冷えきった賄いは口に入れても芯から温めてはくれない。それでも与えられるだけマシだった。酷い所では暴力を振るわれたし、ご飯抜きなんて奉公先もあった。そんな辛い事を思い出してしまう冬が嫌いだ。
だが桑島に引き取られてからは飢えを凌ぐ為ではなく、体を作る為の食事を口にした善逸は、その温かさがとても尊いものだと知った。けれど、それでもあのキンと氷が張ったような、足先から冷たさが這い上がるような冬を忘れさせてはくれなかった。

「でも、今度の冬は、きっとあったかいんだよ。だって、炭治郎達がいるからさ」

もちろんお前もだよチュン太郎。頭の上でふくら雀になった相棒にも声をかけると嬉しそうに返事があった。
炭治郎がいる、伊之助も、禰豆子ちゃんもチュン太郎も。蝶屋敷には綺麗なしのぶさんにちょっと厳しいアオイちゃん。妹みたいに可愛い3人の看護婦達、なんだかんだと善逸達に心を砕いてくれるのが、やっぱり嬉しい。それから、今はもう居ないあの人。あの人が1番暖かくて、優しくて、拠り所だ。
既に夢の中の世界から消えてもう何年も経つのに善逸の真ん中に存在する人。女々しいなぁと思う数は百を越えて数えるのを止めた。だって、仕方なくない?すごく大切な人だったんだもの。

「チュン太郎や、みんなにも会わせたかったなぁ。色んな事話したんだよ、あの人の世界のことなんかもさ。」

ほんとに色んな話をした。善逸のこと彼女のこと。この世界のこと、あっちの世界のこと。忘れたくないのにさ、少しずつ少しずつ氷が溶けてくように消えてく気がするんだ。名前が語ってくれた世界の話は自分には未知なる物で溢れていすごくドキドキしたのに、今では「けいたい」「せんたくき」と名称は覚えてても何に使う物だったのかうろ覚えで「便利な物」という括りでしか善逸の中に残っていない。
それが辛い。大切な人との時間が自分の意思と関わりなく消えてく事実は善逸の胸を締め上げる。だから善逸はいつも、何時でも名前を瞼の裏に描いて、チュン太郎に彼女の話する。忘れたくないから、記憶の確認をするように何度も、何度も。

「でさ、名前さんがいっつも言うんだよ、善逸は可愛いねぇって、ういひひ!」

嬉しかった、楽しかった、忘れないように、だけど何でかな寂しくなるよ。あの時どう笑ったっけ?どんな風に触れてくれてその時の温度はどうだった?

「…忘れたくなんか、ないのにさ」

冬の辛い記憶なんか要らないのに。消えるならそっちがいいのに、柔い記憶から失くなるなんて。己の手のひらを広げて見下ろす。刀を握る手はあの頃よりずっと固く分厚い。この手を頑張ってる手だと包んだ体温はもう思い出せない。

「ぐすっ、」
「(もう、泣き虫さんだねぇ善逸は)」
「だってさ、寂しいんだもん」
「(じゃあ今日は特別、抱っこしてあげる、おいで)」
「…もうそんな子供じゃないよ」
「(私が抱っこしたいの、ほらおいで)」

そうだ記憶の中のあの人はいつも"こう"だった。大丈夫、まだちゃんと善逸の中にいる。ゴシゴシと腕で目を擦って滲んだ涙を散らし、ぐっと奥歯を噛んで前を向く。

「行こう、」

この先は、鬼の領域。さっきから何人かの人間の音とそれ以外の音が聞こえる。近場に沢でもがあるのか足音が水を跳ねあげている。近場の隊士は応援をと要請があり善逸もそこに向かっていた。

「…行きたくないよ、でもさ、こんな俺でも、誰かの助けになるなら」

行かなきゃ、

冷えた空気を震わせた己の吐く息。漆黒の夜空に瞬く星達の下、善逸は足に力を込めた。

鬼の音、人の音。何人かの人の音はか細い、きっと怪我をしている、隠は到着していないようだ。烏が頭上で隊士の名前と死亡を告げていく声に善逸は唇を噛んだ。血の匂いが濃くなり金属を擦り合わせる耳障りな音がどんどん近くなる。間に合え、走れ、走れ!ようやっと視界に入ってきた光景に血の気が引く。鬼の爪で背中を抉られる隊士、長い髪、細い体、女の子、女の子が水際に倒れていく。ごめん、ごめん、間に合わなくて、だけど鬼は倒すよ

「雷の呼吸、壱の型、霹靂一閃!」

水面を轟かせた雷鳴の中で、何故かあの人の己を呼ぶ声が聞こえた気がした。



ひとすじに、思い馳せて