仕事がテレワークになったので恋人がパソコンと何日か分の着替えを持って部屋にやって来た。それはいい、、こちら側は全くもって何の問題なんて無い。半同棲みたいだったから二人分の食器や何やかやはあるし、彼女のお気に入りの抱き枕だって自宅ではなくこの部屋のソファーに鎮座しているぐらいで。

ただ、気になることが1個だけある。彼女は同じ会社で働いてる。部署は違うが善逸より先輩で責任あるリーダーに就いていて、同期や後輩の中には憧れている者もいるらしいとかいないとか。当然善逸よりも仕事量は多いので画面に向かう時間も比例する。そんな彼女の背景が自分の部屋で良いのか?いや、良くないんじゃない?
だってさぁ、俺と彼女じゃ釣り合わんと思うのよ。じゃあなんで恋人やってんだって聞かれたらなんか凄いアプローチ受けたんだ。入社して教育係に就いてくれたのが名前さんなんだけど半年の教育期間を終え、その後、彼女とは違う部署に配属になり仕事をすること1年経った頃「我妻くん、良かったら恋人になってくれませんか」って。密かに恋心を寄せていた俺としては願ったり叶ったりでその場の勢いで「ぜ、ぜぜぜぜ是非お願いします!」と顔から火を出しながらお受けした。初めこそ浮かれていたけど次第に冷静になった俺は遅まきながら気づいたんだよ。

仕事をテキパキこなして人間関係も円滑で、信頼されてる彼女。料理も上手で気遣い上手な彼女だけどたまに抜けてるとこは可愛いと思う。女性として素晴らしい人だ。だから、そんな素敵な女性の相手が俺じゃ役不足じゃない?って。
俺は昔も今も自分に自信なんかない。仕事は遅いしミスもする。残業してもなかなか終わらない俺に舌打ちする上司。こんな俺が彼女と付き合ってるなんて知られたら彼女の評価が下がるのではないか。そんな俺が恋人として隣に立つ事の申し訳無さに、付き合ってるって内緒にしてとお願いしたのは交際が始まって僅か1ヶ月も経ってない頃。
なぜ?と聞かれたから彼女には「色々聞かれたり言われるの、恥ずかしいから」と答えたら「ふーん、わかったよ」と返して貰えてホッとしたのを覚えてる。

プライベートでは世間一般の恋人同士がする甘い時間を二人で過ごす。ただ、職場恋愛な事を秘密にしてるだけ。

だからこの状況はあんまり良くないんじゃないかと思うわけで。俺だってテレワークでグループ会議やミーティングがある。さすがに背景が同じなのはいかんと彼女はリビング、自分の仕事は寝室ですることにした。

ピコン。と携帯のトークアプリにお知らせが入る。緑のアイコンをタップすると相手は名前で「善逸のコーヒーが飲みたい」と、それから可愛いうさぎのお願いと言うスタンプ。クスッと思わず笑みが零れた。今日は二人各々打ち合わせと会議なので別々の部屋でバソコンを覗いていたのだが、善逸の方は同期との書類の擦り合わせだけなので早々に画面は切り替わっていた。彼女が会議があるというので善逸は寝室に引っ込んでいたのだが飲み物を強請るならひと段落ついたのだろうと考え腰をあげる。
寝室から出ればパソコンに向かいながらお砂糖ミルク多めにしてーとリクエストあり。会社ではブラックなのにと言えば本当は甘いのが好きだけどカフェイン取らないとやってられない、そうだ。今は善逸がいるからストレス貯まらないの、格好付ける必要もないし、あーでも太っちゃうかなぁ。と女性らしい悩みを口にしていたけど。そんな愚痴を嬉しいと思いながら、それを俺は彼女の隣にいることの免罪符にしているんだ。

いつかこの劣等感みたいな物が消えて愛する人を支えるに足る堂々たる人間になれるんだろうか?己に自信が着いて隣りに立つに相応しい男となれるんだろうか。備え付けの小さなキッチンでお湯を沸かしながら、ジメジメと下がる気分を持て余す。ああ。ダメダメ、美味しいと言って貰えるコーヒーにしなきゃと無理やり気持ちを上げて彼女と自分のマグにコーヒーを注ぐ。そして彼女のにお砂糖とミルクを忘れずに。

「はい、お待たせ」
「ありがとう」

にぱっと笑い両手を差し出す彼女のサイドに回り熱いから気をつけてよとマグを渡し「一区切り着いた?」とひょこっと画面を覗いた。そしてピシッと固まった。

「今休憩中なの、後は詰めるだけだから」
「ソ、ソウナンダ」

善逸の視線は画面に釘付けだがディスプレイに映っているあちら側も様々な表情をしていた。だってさ、係長、主任クラスの方々に、こう言った噂話が大好きな同期の女の子、あ、あいつはいつぞや名前さんをランチに誘おうとした一個上の(いけ好かない)先輩。

「どうしたの?善逸」

いや、どうしたもこうしたもないよこれええええ!!しかも下の名前呼び捨てとかまずいじゃないよ!!こ、これはなんて言い逃れたらいいんだ?ちょっと仕事で分からない所があったから教えを乞いにとか?無理やりすぎるわ!いや、まず部署が違うじゃない俺と名前さん!でも教育係だった事もあるからそこを何とか持ってくれば

「名前くんは我妻青年と付き合っているのか!?」

煉獄主任!?辞めてもらえますか核心突いてくんの!そんな大声で!しかもあなた当番で会社にいますね!後ろになんかニヤニヤしてる宇髄主任とかそれぞれ部署毎の当番の方々が煉獄主任の後ろに見えるんですけど!?

「はい、もうアタックしまくって捕まえた彼氏なんですけど、いかんせんシャイで」

いやぁアアアアアア!!名前さんまで!お、俺の努力が数分で無かった事になった。数分前まで悩んでた俺の時間の意味って!
画面の向こうで女の子はスマホ画面をものすごい速さでタップしてる、これは会社のおおよその人間に広まってるだろう。一個上の先輩はあからさまに沈んでいる、これはざまあみろとか思ったよごめんなさいね!煉獄主任は「うむ!見る目があるな名前くん!いい先物取引だ!」とか。それどう言う意味よ!係長の胡蝶カナエさんが「名前さんが乙女してるわ、可愛いわねぇ」と微笑む。

「我妻青年!いい報告を待っているぞ!」
「あらあらぁ、それは楽しみだわぁ」

マジですか!?ちょ、みんなに報告しなきゃ!とか言うそこの女子止めて!?いや、そうなるといいなって思ってたけど飛躍しすぎじゃない!?
妬ましげに見てくる先輩の視線が痛い!ごめんなさいね憧れの人取っちゃって!

「係長、主任、すみません!ちょっと休憩ください!」


とりあえず画面を閉じて名前にどうしてこんな騙し討ちみたいな事をと問おうとしたら件の彼女は頬を膨らませていた。

「え、あ、あの」
「もう、いいでしょ」
「な、なにが」
「私、善逸と恋人なの、自慢したい」
「そう、なの?」

知らないかもだけど善逸モテるのよ。新人の頃ならいざ知らず今じゃ人当たりもいいし、仕事も早くは無いけど丁寧で、分かりやすく仕上げるから評価は良い。少し煩いかもだが顔は整ってるし女性には優しい。いつか他の可愛い女の子達から告白されて、ごめん、別れて。なんて言われるんじゃないかっていつもビクビクしてる私の気持ち分かる?

「その「いつか」の為に内緒にしたいのかなって、」
「…そ、そんなつもりない!俺は、名前さんが、」
「私が、と、年上だから、恥ずかしいのかなっとか」
「気にしたことないよ!」

ギュッと唇を噛み締めて俯く名前に善逸は、はたと気づいた。まるでさっきまでの自分じゃないかと。自分に自信が無くて、周りの視線を気にして、好きなのに遠慮して踏み込めない。相手の立場とか、人間関係とか、そんなのを言い訳にしてさ、二人共何やってんだろうね。

「…ごめんね、俺さ、すんごい自信無かったんだよ。名前さん素敵な人だから、俺が隣に居たら名前さんが変に思われるんじゃないかって」
「過大評価が凄い…」
「まぁ、うん、それはお互い様って分かったから」
「…そうだね」

名前の体を抱き寄せれば腕が背中に回る。善逸と同じシャンプーなのに名前が使うとなぜこうもいい香りになるんだろう。その香りを肺に行き渡らせるとじわじわと何とも言えないくすぐったい感情が湧いてくる。それを形にしたいな、と思えて、でもどうしたらいいか分からないから。

「…とりあえず俺、頑張るよ」
「え、何を?」
「そーだね、なんか色々。そしたら自信になりそう」
「ふふ、じゃあ、私も色々頑張る」

けど、まずはそうだなぁ、

「今度出社する時、手繋いで出勤してみる?」

彼女はすごく嬉しそうに笑ってくれる。
ホントはさ、お揃いの指輪、なんて言えば良かったんだろうけど、それは、うん、も少し待って?その時にはあなたにふさわしい人になって、とびっきりのプロポーズをするからさ。




彼と彼女の思惑